第14話

指輪をつけた夜斗と弥生が席に座り直す

周りの客は今から何が起きるのかとチラチラ視線を向けていた



(や、やりづれぇ…。マトモに味わえんのかこの飯…。いや一応高いコース料理だし味わないともったいねぇぞ…)



とはいえ夜斗は食通ではない。弥生以外が作った料理に価値を感じていない

だからこそここを予約するときは断腸の思いだったのだ。わざわざ遠いところにある、高級レストランなるものを予約してまでやることなのかと

しかしこれはだ。記憶に残ることをしたいと思ったのだ



「…あれが夜斗にとってのメインイベント?」


「まぁ、そうだな」


「そのために、いいレストランを取ったの?」


「ああ。それが一番記憶に残るだろ」


「…ここじゃなくても、仮に公園でもコンビニの駐車場でも、私にとっては一番の思い出になる」


「ムードってもんがあるだろ。俺が言うのもあれだが」



気恥ずかしさからかまたワイングラスを手に取る夜斗

大して酒に強いわけでは無い…というより、かなり弱い部類に入るのだが、雰囲気に押されてか飲み続けている



「それに、これを最高の思い出で終わらせる気もない。あくまで複数ある思い出の1つでしかねぇよ」


「…これからも、このレベルの思い出作りがあるということ?」


「まぁこのレベルってわけにはいかねぇが、相応には努力する気だ」


「けどそれだと、夜斗は頑張るだけだと思わない?」


「…何が言いたい」



怪訝そうな顔で弥生を見る



「夜斗が作った舞台で私が踊るのもいいけど、たまには裏方だって華を持つべき」


「…お前の言葉は詩的過ぎてわからん。理系にわかるようにいってくれ」


「つまり、私だけが最高の思い出を残すのはもったいない。夜斗にとっても、最高の思い出であってほしい」


「…お前のために…というか、俺が納得できるプロポーズの仕方を考えたつもりだぜ?相応に記憶に残るさ、こんなの。多分毎日思い出して悶絶する」


「それはそれで楽しみ。けど、私たちは今日から夫婦。お互いが同じようなこと考えてるとしても、おかしくないでしょ?」


「…へ?」



間の抜けた声を上げる夜斗

クスッと笑ってから、弥生はカバンを取り出した

とはいえそれはこの店から貸し出されたブランド物。弥生はブランド物に興味がないことは夜斗も知っている



「これは、私から夜斗への想いの形」



弥生が取り出したのは指輪を入れる箱と同じようなものだ

しかしそれはふた周りほど大きいサイズで、夜斗のが青かったのに対しこちらは黒い



「これは…時計、か?」


「そう。私とのお揃い。いわゆる、ペアウォッチ」


「…まさか今日の買い物ってのは…」


「うん。これを買いに行った…というか注文してたのができたから取りに行ったの。まさかテロに巻き込まれるとは思わなかったけど」



時計という単語が出た瞬間周囲がザワつきだした

夜斗にはその理由がわからない。黒い金属製の時計を眺めるだけだ

文字盤も黒く、ベルトも全てが黒い。しかし黒い文字盤の数字が書かれるところに小さなダイヤのようなものが埋め込まれている

中央には夜斗と弥生の名前がローマ字で刻印されていた



「…強化ガラス…いや、アルミナか…?」


「正解。すごいね、さすが」


「強化ガラスよりは硬度が高い酸化アルミニウムの人工結晶…だったかな。通称はサファイアガラスだ」


「見ただけでわかるの?」


「…まぁ、ガラスかどうかはな。ガラスじゃないならアルミナ――サファイアガラスだろうと思っただけで」


「これは私の覚悟でもある。値段は教えないけど、現場でも使えるはず。仮にぶつけても傷つかない」


「モース硬度は9だったか。傷つけられるのはダイアモンドだけだ。特性から察するに、サファイアガラスのように傷つかないけど、ダイアモンドのように1点からの圧には弱い…つまり」


「夜斗からの愛には弱い、私を表してるつもり」


「…十分だ」


「それと、想い人に時計を送ることには意味があるの」



またしてもざわつく店内

そしてまたしても意味が分からず首を傾げる夜斗



「それは、『貴方と同じ時を刻みたい』という意味。つまり、ずっと一緒にいたい」


「!!!?」


「久しぶりに夜斗が動揺したのを見た気がする」



夜斗といえども多少文学的表現には覚えがあった

とはいっても一番有名なものだけだ

それを使って、夜斗に想いを告げる。というそのままでは夜斗が一生気づかない手段を用いたということになる



「夜斗は知らないとわかってたから、あえて今言ってみた。ちょっとくらい、ドキッとした?」


「……ちょっとどころじゃねぇよ。全く俺の嫁は遠回りが好きなようだ」


「夜斗ほどじゃないと思うけど」



腕につけるとサイズがピッタリあっている

ということは、何かしらの手段で測っていたということになる



「天音か」


「正解。天音に頼んで、ざっくり腕の大きさを測ってもらった。寝てる間に測ろうと思ったけど、多分夜斗は測る間に起きるから」


「賢明な判断だな。逆に、弥生は一度寝ると規定時刻まで起きないからやりやすかったが」



夜斗が弥生の指のサイズを知っていたのは自分で測ったからだ

寝ている間に測るというのは、同棲中であればなんの問題なくできる

しかし夜斗は眠りが浅く弥生は深い

そのためそれぞれでやり方に差ができた



「…つかよく測ったなあいつ…どうやったんだろう」


「腕掴まれたでしょ。1ヶ月くらい前に」


「あ、ああ…。なんだっけな、買い物かなんかのときに…けど振り払ったぞ、すぐに」


「その時に、自分の手の大きさとの比率で求めた…って言ってた。理系の言うことは難しい」


(俺が教えた技術使ってるなあのタコ!)



それはかつて夜斗がまだ中学生だった頃

距離やモノの大きさを測るときに使えると言って霊斗と天音に教えた技術だ

自分の手の大きさや歩幅などを覚えておくと、暫定の計測ができる…というだけなのだが



「ある程度の大きさがわかれば、あとは見た目で把握できる」


「…なるほど、俺の腕を一番見てるのは弥生だもんな」



測った暫定の太さを紙かなにかで作り、調整して見た目で合わせる

簡単に言っているがなかなか難しいことだ



「夜斗はむしろどうやったの?」


「…寝てる間にリングゲージ使った」



リングゲージは指の太さを測るための道具だ

種類はいくつがあるが、夜斗が使用したのはサイズ別のリングが大量についてるもの

1つずつ測る必要がある代わりに、かなり正確に測ることができる



「…やってることは同じだったな」


「うん。お互いの愛が伝わったところで、ディナーの続き」


「待て待て。伝わってないぞ」


「え…?」



不安そうな顔になる弥生にむけて笑う夜斗



「これしきで伝わる程度の愛ではない。覚悟しておけ」


「…!当然。私も、こんなものじゃないから」



店内では何故かすすり泣く声が聞こえた

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