第8話

寝室のドアを開けると、まだ弥生は起きていなかった

珍しく起きるのが遅い。普段は夜斗より早く起きて朝食を作っているというのに



(幸せそうに寝てるな。起こすのが申し訳なくなる)



弥生のすぐそこに腰を下ろし、髪に手を触れる夜斗

艶のある髪は引っかかることなく、するすると指を通り抜けていく



(願わくばずっとこうしていたいところだが、もうそろそろ起きるかな)



しばらく髪を触っていると、少し試してみたいことを思いついた

夜斗は人差し指で弥生の頬をつついてみたり、手を握ってみたりと普段はやらないくらいスキンシップを取る



(お、起きねぇ…!なんでだ?昨日天音に酒盛られたのか?いやでもそんな様子はなかったし、帰ってきたときは素面だったよな…?いやまぁ寝付きが良すぎるのかもわからんが…)



弥生を仰向けに寝かせてみた

覆いかぶさり、ゆっくり頬を撫でる



「ん…。っ!!!?」


「おはよう。遅かったな」


「なな、なな…何をしてるの…?」


「起きるの遅かったからイタズラしてた。撫でたりつついたりしても起きないからどこまでしたら起きるかなぁと。ああ、流石に性的なことはするつもりないぞ。同意の上でやるのが一番いいからな」


「…とりあえず、どいて」


「どかねぇぞー、どかしてみろー」



夜斗はそのまま弥生に少しだけ体重を預けた



「んっ…。朝からそんな…」


「しませんよ?」



思わず敬語が出てしまった夜斗を小さく笑う弥生

表情の変化はごく僅かなものだが、夜斗レベルになると見なくてもわかる



「全く冗談が通じねぇ…」


「お互い様。どうしたの?早起きだけど」


「なんか目が覚めた。暇だったし飯作ってからもっかい来たら起きてなかったから」


「私そんなに熟睡してた?」


「ああ。なんかいい夢でも見たか?恍惚とした顔してたが」


「み、見てない…!」


(あれ、図星…?)



顔を赤らめて目をそらす弥生

最近ではある程度の感情表現が表に出てくるようになった

が、それを少し寂しく思う夜斗は変人なのか…



「なんの夢見たら顔赤くするんだよ。まさか…」


「うぅ…」


「温泉だな!」


「なんで…?」


「俺が好きだからな、温泉」



わかっていてやってるんじゃないかというほど露骨に言い放つ夜斗

弥生が珍しくため息をついた



「…とりあえず着替える」


「そうするといい。俺も流石に寝巻きのままだしな」



躊躇いもなく服を脱ぐ二人

もはや恥ずかしいから部屋を出ようという域は既に抜け出した



「…夜斗、脱げない」


「またか。お前そろそろボタン付きの寝巻き買えよ」


「寝てるとき痛いからやだ」


「子供か」



弥生は寝巻きを脱ぐときに何故か引っかかって脱げなくなることがある

そのおかげで夜斗は弥生を脱がすことに躊躇いがなくなり、結果直視することに慣れた



「ほれ」


「ありがとう」


「不器用だな相変わらず。料理は上手いのに」


「なんでだろう」


「知らんがな…。本人にわかんなきゃ俺にもわかるはずがない」



弥生は用意していた外行きの服をベッドに置いた

そして少し何かを考えている



「どうした?」


「…買い物にいくのにこの服装はちょっと派手かな…」


「弥生なら何でも似合うからいいんじゃね。派手ってほど派手じゃねぇし」


「さらっとタラシ。私が着る中では派手だと思うけど」



そこでようやくその服に視線を向けた夜斗は硬直した

それは肩出しのよくある服だ。黒を貴重としたワンピースのように上から下まで一体化されたもの

これを着ている弥生を想像して結論づける



「よしそれは俺がいるときだけにしてくれ」


「…?なんで?」


「そんな色っぽい服着てたら弥生がナンパされてしまう。という想像にかられて今日事故る可能性が出てくる」


「…嫉妬的なこと?」


「妻が言い寄られてたら温厚な俺でも仕留めに行くぞ」


「温厚の意味を広辞苑で調べた方がいい」


「よく言われる」



この男、実は中学時代に一度だけ大暴走を引き起こしたことがある

理由は大したことではない。夜斗が嫌いな女に勝手にラブレターを出されたというものだ

しかしその時は、夜斗が珍しく本気でキレたため、当時同じクラスにいた霊斗と天音が死ぬ気で止めに入ったのだ



「…でも、夜斗がいやならやめる」


「ありがとう」



服をクローゼットに戻し選び直す弥生を見ていた夜斗は、言いようのない衝動に駆られた



「…?どうしたの?」


「…なんだろうな。衝動的な行動」


「そう…」



後ろから抱きしめてきた夜斗の手に自分の手を重ねる弥生

ごく僅かに口端を上げて目を閉じる



「よし、落ち着いた」


「あ…」


「早く着替えてこいよ、飯冷める。いやもう冷めてるか…温め直してくるわ」


「了解。早めに向かう」



夜斗は半ば逃げるように階段を降りて、一度机に出したものを回収しフライパンに叩き込んだ

そして再度IHの電源を入れて加熱を始める

思っていた通り作った野菜炒めは冷めきっていた。しかし



(対象的に俺が熱くなってやがるな。危うく押し倒すところだったぜ…)



夜斗は内心それどころではなかった

温め直した野菜炒めを皿に戻し、机に並べ直す



(…うん。いい匂いだ)



果たしてそれは野菜炒めのことか弥生のことか、本人もわからなくなっていた

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