第2話

バイクに乗りながら、シールドに表示された情報を確認する



(電話…霊斗からか)



バイクのハンドルについたボタンで着信に応答する



「俺だ」


『お前だったのか』


「なんだよ、暇じゃねぇんだぞ」


『とか言いつつ運転してるだけだろ。祝儀を取りに』


「さすがだな」


『まぁ用意してるから来いよ。飯食いがてらな』


「ああ。1時間程度だ」


『ういよ』



ヘルメットの側面を撫でて通話を終了させる

夜斗は道程100キロまでは休憩を取らないため、1時間といいつつ少し早めに着く

霊斗の家は駅から徒歩15分という割といいところにあるため、国道から少し離れているのが玉に瑕だ



(よく考えたら多分今日飲むよな?下手すりゃ弥生が徹夜しかねん)



弥生は夜斗が帰宅するまでは意地でも起きてることが多い

以前泊まりの出張のときは3日間寝ずに過ごしていたようだ



(…とはいえ、先に寝ろと言って寝た試しがないか。仕方がない、後で天音あたりに頼んどくか)



自宅付近で寮生活を送る大学院生の名前を思い出し少し笑う

そして夜斗はアクセルを回し加速した





霊斗の自宅に到着した夜斗は、霊斗の妻であり自身の後輩である雪菜ゆきなに渡された紅茶を飲みながら一息ついていた



「来るなら先に言ってくださいよ。お茶菓子何もないんですから」


「霊斗用のがあるだろ」


「さっき『夜斗がくる!』って言って全部食べてましたよ」


「チッ…予想してやがったか。んであいつは?」


「祝儀下ろしに行きました。家に置いといたものはプラモデル買うのに使ったらしいので」


「あいつらしい…。そういや、お前らは普通結婚だっけか」


「はい。私が20になったその日に婚姻届を出しました」


(なんかそんな自慢をかつて聞いた気もする)



こんな時でもアールグレイの香りは夜斗を落ち着ける

実は結婚したことを知ったのは届け出が出された翌月の最終日のことなのだ

急遽用意した祝儀は31415円。円周率を意識したと言って投げつけたのが昨日のことのようだ



「契約結婚との違いってなんかあんの?」


「そうですね…。育児費用免除というのは変わりませんが、税金面では殆ど免除がありません。補助金も、5年目から20年目までは出ますが、それまでは何も」


「明らかに優遇されてるわけか…。けどなんでお前らは普通結婚にしたんだ?」


「これ言うと怒られそうですけど、普通結婚による届出提出から半年後に国から300万円が支給されて、結婚式に使えるんです。要するに、私が結婚式やりたいからという理由ですね」


「どーせそれだけじゃねぇだろ、狡猾魔女」



狡猾魔女というのは雪菜のあだ名だ

かつて競争率の高かった霊斗を手に入れるため、あらゆるものを利用した狡猾さから夜斗が名付けた

結果、夜斗と霊斗の友人は全員その名をしっている



「もちろんです。普通結婚の場合国からの補助がありません。ですが、地方自治体からの補助があるというのがほとんどです。具体的には契約結婚では免除されない固定資産税が80%返ってきたり、住民税が扶養主一人分で済むというメリットがあります。ただ、これは10年以内に離婚すると返還を求められることになってますね」


「ふむ。そういやそんな話を学生時代に聞いたような気がする」



夜斗の母校では、この政策が施行となるときに説明会が行われた

そして学校での代表を決め、隣接する女子校の生徒と見合いをさせるという政治的パフォーマンスが行われたのだ

その結果、何故か夜斗が選ばれて弥生と見合いさせられ、特にこだわりがないがゆえにそのまま同棲し、今に至る



「結婚式か。懐かしい…もう3年は前か」


「厳密には2年と256日ですけど」


「細っ。そんなどうでもいいこと覚えてんのか」


「男の人っていつもそうですよね。記念日をなんだと思ってるんですか」


「あいつ忘れそうだなぁ…」



霊斗はかなり記念日を忘れやすい

なんなら自分の誕生日すら忘れることがあるくらいだ



「ただいまー!!」


「帰ったみたいだな」


「ですね。おかえりなさい」



玄関口まで駆け寄り抱きつく雪菜を見て、おおよそ後輩に向けるものではない――親のような目で、フッと笑った

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