あとはまかせてドレスチェンジ

 邸内になだれ込んだ完全武装の兵士たちは、磨かれた胸当てと兜を付け、二股に分かれた槍をからげて持ち、腰には両刃短剣を提げている。そんな兵士たちは邸内にたむろするジャーダイ伯爵の三下私兵らとは比べものにならないほど、きびきびとした動きで邸内の人々を捕らえていった。

 そこにマントを羽織り、細作りの剣を携えた、明らかに貴族と分かる格好の男性が入ってきて、言った。

「本官は、トゥールーズ大公家麾下、特別機動騎士団隊長、ユーガ・リヴァーデンである! マリンカ・ジャーダイ伯爵は・・・・・・やや!」

 ユーガ隊長はロビーの正面にせり出す廊下の下で、柱に手足を縛られて立つ全裸の女を見るや、大声で言った。

「そこにいるのはマリンカ・ジャーダイ! かような乱稚気騒ぎに耽っているとは、臣民を導き率先垂範たるべき貴族の風上にも置けぬぞ!」

「だ、誰が乱稚気騒ぎに耽っているというのよ!」

「なにを言うか。男の部下ばかりを集めた部屋で、怪しげな匂いの薬を焚きながら、手足を戒めた裸体を見せびらかせている。明らかな乱行の形跡ではないか」

「これは違うのよ! あの魔女が! ウラーラがやったのよ! あの、ワーディンの娘が」

 それを聞いたとたん、ユーガ隊長の角張った顔に開いた目が一層に開き、眉がぐぐっとつり上がった。

「たわけもの! 魔女などいるものか! あまつさえ、アンリ殿下の婚約者にしてスプリングガルド候の息女であるウラーラ嬢の名を汚すが如き言い草。いよいよアンリ殿下誘拐に関わっていたことを白状したも同然と見た。引っ立てろ。邸内を徹底的に洗って証拠を集めた後、本官自ら尋問してくれる」

 ユーガ隊長の号令で、兵士たちが顔色変えずマリンカ女史を捕縛して連れ出していく。あの様子じゃ服に着替えさせてくれそうにもないわね。

 などと私が階下のロビーを伺える陰から見ている間にも、どんどんと隊長の部下たちが屋敷の中を制圧して、階を上ってくるのが聞こえるわ。このままじゃ、マリンカの格好をしている私も見つかってしまう。

 私は急いで変装術を施している顔を拭い、鬘を脱ぎ捨て、あらかじめ切れ込みを入れて脱ぎやすくしておいたマリンカのドレスを破って脱ぎ捨てた。かなりいい仕立てのドレスで、勿体ない気もするけど、彼女のせいで私もドレスを一着台無しにされているのだから、これで帳消しにしてもらわなきゃね。

 全裸に戻った私の体に素早さが戻る。私は廊下を伝わってくる兵士の足音から遠ざかり、身を隠すために床に隠された戸口を開いて潜り込む。タッチの差で私が隠れた直後、すぐ上を兵士たちの堅いブーツが踏みならしながら通り過ぎた。

 ふぅ、と一息つくところだけど、問題は解決してないわ。むしろ、増えてしまったと言っていいでしょう。

 私はてっきり、アンリ殿下の号令で私の捜索がされているものだと思っていたけど、ユーガ隊長の様子だとそうではないみたい。どうやら私が攫われたのと時を同じくして、アンリ殿下も何者かに拐かされてしまったらしい。アンリ殿下のご実家であるトゥールーズ大公家としては、やはりそっちの捜索が優先されるでしょうね。

 でもどうしてユーガ隊長は犯人がマリンカ女史だと断定したのかしら。ユーガ・リヴァーデン隊長は優秀な騎士で、大公国の治安を守る機動騎士団を預かっているわ。多分、どこかで証拠になるものを手に入れたのでしょう。それを伝って、ジャーダイ伯国に押し入った。それをどうやらルオキーノ師は大公の行幸に参られたと勘違いした・・・・・・。

 私は推理を進めながら、状況を把握するためにふたたび屋敷の隠し通路を這い進んで、ロビーに立っている柱の一本にたどり着いた。この柱は中が空洞になっており、私はそこからロビーに陣取ったユーガ隊長とその部下たちのやりとりを聞く事ができた。


「隊長。邸内にいる人物の身柄を全て捕らえました。ただ、ほとんどは屋敷の使用人でして、聞き取りをしましても過去一ヶ月の間に領外へ出たことがあるものはいない模様です」

「家庭教師のルオキーノはどうだ。あの者なら伯爵の名代として領の外へ出歩けるのではないか」

「それが・・・・・・ルオキーノらしき人物が見あたりません。邸内の私室ももぬけの殻です」

「なんだと! どこかに隠れているのかもしれん。徹底的に洗え! いいな」

 敬礼して部下が屋敷の中に消えていくのを、柱に開いた細い隙間から私はのぞき見ていた。

「もしや、何か証拠を持って逃亡する腹か・・・・・・いや、しかし・・・・・・」


 ぶつぶつとつぶやきながら、ユーガ隊長はロビーをうろうろしているわ。

 ルオキーノ師はどこへいったのかしら。私が眠りの毒霧で眠らせてそのまま転がしておいたのだけど、起きて逃げ出してしまったのかしら。でもおかしいわね。屋敷の出入り口は全て封鎖されたままでユーガ隊長たちが外から破るまで、この屋敷は密室だったのよ。

 ルオキーノ師の行方も気になるけど、このままだと私も外に出られないわ。

 やっぱりユーガ隊長はなんらかの物的証拠を探しているみたい。今私の手元には、人攫いの盗賊にお金を渡して私を襲うよう指示し、見返りに手配書を握り潰したことを示す証拠があるわ。これを渡せば、ユーガ隊長にもマリンカ女史の事件関与が伝わるかしら?

 私は一旦、ロビーから離れることにし、そのかわり部屋を回って捜索している、ユーガ隊長の部下たちに当たることにした。といっても、面と向かって誰何するわけにはいかないから、工夫する必要があるわね。

 柱の中から天井裏に、そして壁を伝い、部屋の一つに至って中を覗く。そこはマリンカ女史の多彩で豪奢なドレスを管理する衣装部屋で、大小のトルソに掛けられたドレスや帽子など小物が所狭しと並んでいる。そんな中を、二人の兵士が荷物の中身を改めたり、ドレスの襞や裏地に何かを隠していないか確かめたりして、懸命に作業しているわ。


「何か見つかったか?」

「まだなにも。しかし、贅沢な着物だな、通ってきた領内がそれほど潤ってるようには見えなかったが」

「無駄口を叩くな。いずれにせよアンリ殿下の誘拐現場でこの領で発行された金貨が見つかったのは間違いないことなんだ。人を遣わした証拠になる物を探せとの隊長命令だからな、この辺の衣装になにか、それらしい物があってもおかしくないだろう。手を抜いて仕事してると隊長の怒りが俺たちに飛ぶぞ」

「まったく、大公家第一の超堅物だからな、隊長は。まぁ、アンリ殿下を子供の頃からお守りしてきたというから、気持ちに入りようも一入だろうが・・・・・・」


 首を振り振り、二人は再び衣装の山と格闘し始める。確かにユーガ隊長って、全然融通の利かない人で、私とアンリ殿下が二人きりでお話するような時でも、見えない位置に陣取って護衛についているの。もう少しロマンスに理解をもってほしいものだわ。

 とはいえ、今の話でおおよその状況は掴めた。

 やはり私の持っている証拠書類はユーガ隊長に渡さなければならないわ。それに、行方不明になっているアンリ殿下や、行方をなぜか眩ませたルオキーノ師も気になる。

 ここは屋敷を脱出し、自由な行動を確保することを優先しましょう。

 私は天井裏から衣装部屋に続く控えの間へと降りた。控えの間には裸のトルソが立ち並んでいて、私はその中に紛れるように立ち、腕に巻かれたリボンを解いて構える。

 控えの間に開いた戸口の先で、ドレスの山と格闘している兵士の一人が見えるわ。私はそこから見える兵士の背中に向かってリボンを放った。

 音もなく兵士の首筋に巻き付いたリボンが兵士の首筋を締め上げる。

「ぐっ・・・・・・」

 かすかな呻き声を上げたきり、自分の背後に伸びるリボンに引っ張られ、兵士はこちらへと後退りに入ってきたわ。私は兵士が控えの間の陰に入ったところで素早く近づき、当て身を決める。

「キエェイ!」

「かはっ」

 当て身を受けぐったりと倒れた兵士をトルソの陰に引きこむ。ごめんなさいね。この兵士の姿を借りることにするわ。


 

「隊長! ご報告がございます」

「言ってみろ」

「はっ! 先ほど衣装部屋にあったドレスの裏から、このようなものが見つかりました」

 細く折り畳まれた紙片をユーガ隊長に渡すと、彼はそれを広げてしげしげと読む。すると一瞬、くわっと目を見開くや、「む、む・・・・・・」と唸った。

「本官はこの男を知っている。この男はかつてイェホ・ウンディに組みした、さる公爵の配下として、奴隷狩りを初めとした数々の悪行でその名を轟かせた邪神騎士である。イェホ・ウンディ去りし後はその他の生き残りたちと同じく、ノーランドー中で指名手配され、各国の領主たちには討伐の義務が課されていたはず」

 普段でさえ迫力たっぷりのユーガ隊長の顔がさらに厳しく歪んで、周りに視線を放った。

「ジャーダイ伯国はノーランドー諸侯の取り決めたる邪神との戦いを放棄し、あまつさえ邪神騎士の一人を懐柔して大公家を害する企てを謀った! 急ぎ大公閣下にこの件を報告せねばならん。よし、お前は大公閣下のもとへ一足先に帰還せよ。本官はこの領内に留まり、領民に触れを出さねばならん」

「承知いたしました。・・・・・・ジャーダイ伯国はいかがなりましょうか」

「閣下の沙汰次第、といいたいが、恐らくはジャーダイ伯家は廃嫡、領地は大公家預かりとなるだろうな」

 私は兵士の格好で平然を装い、一礼してユーガ隊長から離れる。マリンカ女史はつくづくとんでもない賭けにでたものね。でもその賭けは終わり、ジャーダイ家も彼女が末代となって破滅だわ。

 せめてリュー少年や罪のない民人らに非がおよばなければいいけれど。

 私はそのまま屋敷を出るべく正門へ向かって歩く。その時。

「待て」

「・・・・・・なんでありましょうか。隊長」

 きびきびと振り返り、私は隊長に向き合う。変装が見破られてはいないはず。

「お前、ずいぶん鎧が窮屈そうだな。この任務が終わり次第仕立て直せ。身動きがとれぬといざというとき命を落とすぞ。これは命令だ、いいな」

「はっ。お心遣いに感謝いたします。では」

 敬礼して、私は振り向き、正門から屋敷を出た。

 部下には優しいのね、ユーガ隊長。


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