こうして私は裸になった

「何をする!」

「うるさい! 黙って歩きな!」

 ここに来るまで数え切れないくらい繰り返したやりとりを一回増やしながら、私は汚い袋を頭に被せられ、小突かれながら歩いていた。

 私はスプリングガルド侯爵の娘ウラーラ。市井の方々から侯爵令嬢と呼ばれる貴族の娘ね。

 今を去ること数時間前。私は王都にある自家のタウンハウスから侍女を伴って出発したわ。行き先は私の許嫁であられるトゥルース大公令息アンリ殿下の待つ、彼のタウンハウス。

 一介の侯爵令嬢にすぎない私が遙かに格上の大公令息とよしみを結べたのは、父が救国の英雄だったからに他ならない。

 私の父スプリングガルドは20年前の邪神教団との戦争において東国生まれの流浪の剣士ながら抜群の功績を上げ、その功により爵位を賜ったという。そんな英雄を引き留めるべく娶らせた娘との間に生まれた私を相手に、国の独身貴族の方々は大層な口説き文句の嵐をよこしてくれたものね。

 そんな中で父が選んだのが、領地も近く、生まれの違いによる差別をせず分け隔てなく他の領民に接することで知られた大公家だったというわけね。

 アンリ殿下は軍人貴族の家の出ながら生来病弱なために不遇を託っていたそうなのだけど、天才的な画才をお持ちで、お若いながら国で五指にはいる画家として名望を集めているの。

 今日は私の肖像を描いてくださると仰るのでしっかり身体を磨いて、うるさくない程度に綺麗なドレスを選んだり、それはもう心から楽しみにして馬車に乗り込んだわ。

 事件が起きたのは街道へ出て森の中を通る参道へ入り込んだ時のこと。突然馬車が停車したかと思うと馬車のドアが外から破られて、明らかに堅気の者と思われない男達に引っ張り出された。

「何をする!」

「うるさい!」

 その場で頭に袋を被せられ、手足を縛られて担ぎ上げられた私は叫び声をあげるもむなしく、どこかへと運ばれてしまったの。

 

 今、私は足の戒めだけ飛かれた格好で石の段を登らされている。

 だいたいの段数を数えてみると、どうやらどこかの塔を登っているみたい。

 段の数が両手両足の指を超えたころ、私を小突く男の手が止まった。

「うっ」

 被せられた袋が外されて外光が目に刺さる。そこは高い壁に囲まれた、小さな部屋だった。天井に近いところに格子のはまった窓があって、そこからしっかりと外の光が射し込んでいるのね。

「まるで地下牢ね」

「あいにく地下は埋まっててな。ここがお前さんがこれから暮らす部屋だぜ・・・・・・へへへ」

 振り返って私は自分をここまで連れてきた男達を、改めて見た。頭の中で想像していた通りの、汚らしくて、厭らしい目で私の身体を舐めるように見ているのだ。

「あなた達、一体何者? 私をスプリングガルド候の娘と知らずの狼藉なら、今すぐ罪を悔いて解放しなさい」

「アッハッハ! ここに連れてこられた娘にしちゃ、元気がいいじゃないか・・・・・・お前等、このお嬢さんのお召し物を没収したれや!」

 そういうや、男の背後で同じようにニヤニヤしていた部下らしき男達が、ナイフを抜いて近よってくる。

「離れなさい! 下賤の者!」

「ふひゃひゃ、げせん、だってよ」

「いかにも俺たちゃ下賤だろうよ、俺たちはな、お前さんみたいな小娘を数え切れないくらい捕まえて売っ払ってきたのよ。こうして、礼儀を仕込んでな!」

 狭い部屋の中では逃げることも出来ずに、私は捕まってナイフを突きつけられ、ドレスを結んでいる革紐を裂かれ、裾を切り裂かれた。

「やめて! ひどいことしないで!」

「はははは! いいぞ! もっと叫べ! 泣きわめいてくれた方が楽しいからな!」

「まったくですぜ、着飾ってお高く止まってる女を自由にできるんだから女泥棒はやめられねぇ」

 笑いながら男達は手慣れた手つきで私のドレスを切り裂き、つかみ取り、布をはぎ取っていく。私はこの日のために用意した大切なドレスを無惨な姿にされながら失った。

 勿論ドレスばかりじゃない。ドレスの下に着ていたコルセットやドロワースにまで、男達の魔手が及ぶに至り、この男達が何を意図しているのか理解してしまった。彼らは先ほどいっていたではないか、礼儀を教えてやる、と。

「へへ、その顔じゃ何をするか分かってきたみてぇだな。ええ? へへへへ」

「くっ・・・・・・」

 今、私の身体を覆う布は何も残されてなかった。

 頭の先から爪先まで、糸のひとかけらもなく奪い去られた裸体が露わにされててしまった。

「うほほほ、こいつぁ上玉、特上の上玉じゃねぇか」

 喜色の声を男達が上げていた。私は彼らに見られまいと腕を胸に巻き付けていた。きっとそのせいで胸が盛り上がって、一層そこに視線が集まっていた。

「ふほほほほ。も、もぅ我慢できねぇや。兄者、先に味見させてもらいますぜ」

「しかたねぇな。やりすぎて傷つけるんじゃねぇぞ」

 音頭を取っている男を兄と呼んで、手下の一人が私に触れようと手を伸ばしてきた。

 涎を垂らしてだらしなく開いた口から、どうしたらこんなと思うようなおぞましい臭いの息が吐きかけられるほど、その者は私に近づいた。

 その瞬間。

「キエェイ!」

 私の胸を隠すように引き絞っていた腕から繰り出した裏拳バック・ナックルが不用心に近づいた男の顎を粉砕した。

「ぐへぇ!」

 卑しい様に相応しい汚い悲鳴を上げて男が倒れた。口から血の泡を吐く様子だと、喉までつぶれてしまったかもしれない。

「このアマ!」

 控えていた別の男が、先ほど私のドレスを切り刻んだナイフを掲げて迫ってきた。私は手刀ナイフ・ハンドでナイフの切っ先を叩き折り、返す動作で男の喉笛を貫き手ハンド・スピアで突き潰す。

「こはっ!」

 呼吸を潰されて倒れ、喉を抑えて悶え苦しみながら、やがて痙攣を起こして静かになる様子を横目に見て、手下の後ろで構えていた兄貴分の男も、ただならぬ状況だと理解したらしい。強ばった表情で腰のナイフを抜いて私を睨みつけた。

「てめぇ、一体・・・・・・それ以上、動くんじゃねぇ」

 そういうやじりじりと男は私を睨みつけながら、閉じられた戸口に向かって近寄っていった。 私はすかさず、髪を纏めているリボンを解き抜く。はらりと広がるお父様譲りの赤銅色の髪から外されたリボンの先を握り、相手の手が探っている戸口に向かって突き出した。

 振り出されたリボンはピンと張りつめて伸び、先端が男の目の前で戸口の壁に突き刺さる。びっくり驚いた男はナイフを振りかぶってリボンを切りつけるけど、リボンはナイフの刃を弾く。跳ね返された男は訳が分からず何度も切りつけるも、逆にナイフをボロボロと刃こぼれさせていた。

「ちくしょう! なんだこの布っきれは!」

「鋼より固くて羽より軽い、聖霊銀の糸を縫い込んであるのよ」

 男は戸口を強引に開こうとガタガタ取っ手を揺さぶっていたけれど、リボンで私が戸口を抑えていたからどう足掻いても戸口が開くことはなかったわ。

「さぁ、尋問の時間よ。ここはどこ? 私を誘拐したのは何故? 私を狙うように命じた人間はいるの? すべて答えて貰いたいわ」

「うるせえ! すっぱだかで偉そうな口きくんじゃねぇや!」

 なるほど。確かに私は全裸だわ。

 でも全裸になったお陰で私は彼らに対抗できるのだから、身を縮めているわけにはいかないわ。

 逆にドレスを着たままでは本当に辱めを受けるところだったから、危ういところだったわね。

「ちくしょう、ちくしょう! 話が違うじゃねぇか、こうなったら覚悟しろやぁ!」

 逆上した男がナイフを構えて私に飛びかかる。私は突き出していたリボンを手元に引き戻し、素早く振り抜く。聖霊銀で編まれたリボンのエッジが鋭い刃になって、迫った男の首筋を切りつける!

「キエェイ!」

 リボンの鋭利なエッジは、男の太い首をケーキのように容易く切断する。すかさず私は返り血を浴びないように身を翻し、残心アフター・ムーブを取る。

 そこで胴と別れて飛んだ首と視線がかち合った。男は自分が死んだことに辛うじて思い当たったらしい。

「何で・・・・・・どうして」

 床に転がった首に遅れて数歩進んだ胴体が崩れるように倒れる。私は身体にうっすらと浮いた汗に絡まる赤銅色の髪をかきあげる。

「どうしてって、私、“ニンジャ”ですもの。・・・・・・あら、どうしましょう。尋問する相手を殺してしまったわ」

 悩んでいる私の耳に階下から複数の男の足音がこちらへ近づいてくるのが聞こえてくる。この様子じゃまた私に逆上して襲いかかってくることは間違いなかった。何せ私の足下には無惨な死体が複数転がっているのだから。

 そうとなれば、一刻も早くこの場を去るに限るわね。

 私は聖霊銀のリボンの端を掴み、天井近くに開けられた明かり取りの窓に向けて投げる。リボンは特殊な編み込みになっていて、特定の箇所を掴むと数倍の長さまで伸ばすことができるの。

 リボンの先が窓にはまっている格子に絡んだのを認めた私は、すかさずリボンの長さを戻す。聖霊銀の編み込みは私一人の体重を難なく引き上げて余りある強度で私を天井まで運んでくれた。

 天井の格子は思ったより広く、リボンで切断しなくても身を乗り出すことが出来た。外を覗いてびっくりした。視界に見えるのは一面の森で、見下ろせば地面は遙かに下、ここは一体どこなのかしら?

「おい、何かあったのか? おい、聞こえてるのか」

 室内を見下ろすと、戸口に侵入者が迫っていた。私は格子から身を踊らせて外に出る。

 もちろん、全裸で。

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