第7話 何ができるかな(タコさん:クラーケ・ミニマ)

第一章 はじまりの島(7)



7. 何ができるかな(タコさん:クラーケ・ミニマ)



(いただきます。)


白いお皿に向かって両手を合わせる。

いや、正確には三角の白い物体に対して手を合わせる。

目の前に現れたものは「おにぎり」のはずだ。

「おにぎりに限りなく似たもの」という可能性もあるが、それは無視する。

僕は手を伸ばし、少しの躊躇もなくその物体にかじりついた。

お腹が空いてたからね。

しょうがないよね。


しっかりと噛み締めると、それは間違いなく「おにぎり」だった。

しかも中に具が入っていた。

単純に塩おにぎりだと思っていたので、ちょっと驚いてしまった。

具は昆布の佃煮。

特に願ったりしてないんだけどね。

「中のヒト」の忖度だろうか?


休むことなく一気におにぎりを食べた。

自己認識より体は空腹だったんだと思う。

おにぎりが載っていたお皿は、おにぎりを持ち上げると消えてしまった。

予想していたので特に驚かなかったけどね。


おにぎりを食べた後、砂浜に並べてあった水を飲んだ。

水を飲み干すとやっぱりグラスは消えてしまう。

「グラスが欲しい」と試しに呟いてみたけど、クエストは成立しなかった。

そんなに都合良くはいかないね。


(システムが同じだといいんだけど。)


水のクエストと同様に「NO NEED」になる事を狙って、おにぎりのクエストにも10回連続で挑戦してみる。

腹筋10回は簡単にできたけど100回はどうなんだろう?

もしかすると休憩が必要かなと思いながら挑戦してみると、楽に最後まで続けることができた。


(この体、触った感じは細いんだけど、かなり筋力あるかも。)


「NO NEED」を期待して視界の中のクエスト表示を確認してみる。



○クエスト : RICE

 報酬   : おにぎり(1個)

 達成目標 : NO NEED



(よし!)


無事におにぎりのクエストも「NO NEED」表示に変化していた。

これで最低限の食糧が確保できた。

飢え死にの心配は無くなったと思っていいかな。

まだお腹が空いてるので、もうちょっと食べておこう。


2個目のおにぎりを食べてみると、中の具は梅干しだった。

梅肉ではなく梅干しが丸々一個入っていた。


(これはもしかすると・・・)


少し期待しつつ次のおにぎりに手を伸ばすと、3個目には鮭、4個目には明太子が入っていた。


(さすがにお腹いっぱい。ご馳走様です、中のヒト。)


僕の中で「中のヒト」の株が急上昇中。

これでクエストのことも詳しく教えてくれると滅茶苦茶感謝するんだけどね。


目の前にはまだ6個のおにぎりが残されている。

とりあえず空腹は満たされたけど、どうしても確認してみたいことがあった。


(おにぎりの中の具を全部知りたい。)


それは行儀としては完全にアウトな行為だと思う。

食べ物は粗末に扱ってはいけないと、幼い頃から言われていた気がする(記憶はないけど)。

それでも好奇心は、簡単に言い訳を見つける。


(誰も見てないし、いいかな。)


早速おにぎりの具を順番に確認しようとして、ひとつの問題に直面する。

おにぎりをお皿から離すとお皿が消えてしまうという問題だ。

お皿が消えてしまうと、具を確認した後のおにぎりを置いておくものがなくなってしまう。


(お皿から離さなければ、大丈夫かもしれない。)


そう考えて、おにぎりがお皿から離れないように気をつけながら、

ふたつに割ってみる。

幸いこの方法だと、お皿は消えなかった。


残りのおにぎりを確認してみると、新たにツナマヨ、おかか、焼豚の具があることが判明した。

全部で7種類。

ランダムなのか、ループなのか、これで全部なのか、まだ他にあるのか、今のところは分からない。

ただ、普段の「中のヒト」の対応の素っ気なさに比べると、おにぎりに関しては非常に手が込んでいる。

何かこだわりがあるのかもしれない。


喉の乾きも空腹感も、ついでに好奇心も満たされて一息つく。

水とおにぎりのストックもあるし(砂浜に置いたままだけど)、クエストで追加も確保できる。

使用回数の上限?

あったらしょうがないってことで。


砂浜に腰を下ろし海を見ながら、そろそろ他のジャンルの検証もしようかなと考え始める。

「検証のない人生に価値はない。」

誰が言ったのか覚えていないし、違う意味だったかもしれないけど、

その辺はどうでもいい。

とにかく情報を溜めていかないと、この状況じゃ生き残れないからね。


浜辺に座って海風に吹かれながら、思いつく限りのクエストを試してみた。


モノについては、「〜が欲しい」型式で素材から製作物まで。

魔法については、「〜の魔法が欲しい」型式で想像力が及ぶ限り。

スキルについては、「〜の能力が欲しい」型式で知識から絞り出す。


かなり時間をかけて試行錯誤した結果、新たに2つのクエストが成立した。

逆に言うと、頭痛がするほど考え抜いてあらゆるパターンを試してみたけど、2つだけしか見つからなかった。

設定に成功した2つのクエストが視界に表示される。



○クエスト : 「石が欲しい」

 報酬   : 小石

 達成目標 : スクワット(10回)


○クエスト : 「薬草が欲しい」 

 報酬   : 薬草

 達成目標 : 片足立ち(10秒)



(『小石』と『薬草』? クエストが成立する基準って何なのかな?)


小石が何の役に立つのかは、いまいちよく分からない。

投げて戦うとか、獲物を狩るとか?

薬草もどうすればいいんだろう?

怪我が治るのか、病気に効くのか?

そのまま食べて効果があるのか?

切実にトリセツを希望します。


魔法とスキルに関しては全滅だった。

ただ時々、視界の中をテロップが流れた。


…まだ早い…


今後に期待ってことかな。

何か条件を満たせばクエストが成立するのかもしれない。

経験値とか、熟練度とか、レベルとか、魔力量とか、特定の事件に遭遇するとか。

どうすればいいのかは分からないけど、可能性が0じゃないってことを喜ぶべきだろうな。


そんなことを思っていると、ふと視界の中で何かが動いた気がした。

クエスト表示か「中のヒト」のメッセージかなと思って確認したけど何も表示されていない。


(何か赤いものが見えたような・・・)


意識を外の世界に向けると「赤いもの」がまん丸な目でこちらを見ていた。

タコさんだった。


(タコさん、発見!)


2度目の遭遇に僕は少し興奮した。

よく見ると、タコさんの足が1本、おにぎりの方に伸びている。


(そのヒラヒラした足、そんなに伸びるんだね。)


目が合ったせいか、タコさんはその体勢のまま固まっている。

予想外の出来事に、こちらも固まってしまう。

下手に動くとまた逃げられるかもしれないし。


(近くで見ると、タコさん、意外とかわいい。)


こちらが動かないままでいるとタコさんがゆっくりと動き始めた。

伸ばした足でおにぎりを持ち、むしゃむしゃと食べ始める。

さらに別の足がグラスの方に伸び、水をゴクゴクと飲む。


(餌付けって、できるのかな?)


おにぎりを食べるタコさんを見て、何気なくそう思った。

すると設定もしていないのにクエストが表示された。



○クエスト : TAME(クラーケ・ミニマ)

 報酬   : クラーケ・ミニマ(1体)

 達成目標 : 頭を撫でろ



「テイム」は、そのジャンルでは有名なスキルなので、当然、検証の中で試していた。

ただその時には対象が不在だったので、「テイムの能力が欲しい」と念じていた。

結果、クエストは表示されなかった。


今回は、すでにクエストが表示されている。

しかし達成のハードルが高い。

初遭遇ではタコさん(クラーケ・ミニマ?)に、すごい勢いで逃げられている。

果たして、「頭を撫でる」ことが可能なのか。


それほど離れてはいなかったので、少しタコさんに近づいてみる。

タコさんは、警戒した雰囲気を出しながらも、ふたつ目のおにぎりに足を伸ばしている。


ここは、一か八か賭けるしかない。

双方合意の元「頭を撫でる」という状況はどう考えても無理だろう。


タコさんの動きを見てタイミングを測る。

ふたつ目のおにぎりがタコさんの口元に運ばれる。

タコさんの視線がおにぎりに注がれた瞬間、僕は飛び込むようにして右手をタコさんに伸ばした。


こちらの動きに反応してタコさんは逃げようとした。

しかし、おにぎりのせいで動きが遅れたのだろう、かろうじて僕の右手がタコさんの頭に届いた。


その瞬間、タコさんの体が光に包まれた。

一瞬何も見えなくなり、ちょっと焦る。

でもしばらくするとその光は収縮するように収まり、そこにはおにぎりを持ったままこちらを見つめるタコさんがいた。


タコさんのまん丸な目にはもう警戒の色はなく、そのほっぺにはそれまでなかった白い星のマークが浮かんでいた。

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