十五日目 求めても手に入らない物

「あ、ああ……」


 クスザ王国の外れにある薄暗い洞窟、カビ臭さと流されたてでまだ濃い血の臭いが漂う洞窟の奥深くには光真達四人と光真達を見ながら恐怖に怯えてその場にへたりこんでしまっている少年の姿があった。

その周囲には信じられないといった表情や苦痛に歪んだ表情で息絶えている少年少女の屍があり、強佳はそれを冷たい目で一瞥した。


「……あんなに自信満々に私達を倒せるなんて言ってたくせに結局簡単に殺されてるじゃない。やっぱり力に溺れて調子に乗ってる奴らなんて大したことないわね」

「そうだな。これなら本当にあの王様の方が厄介だったし、さっさと強佳の復讐を済ませて帰ろうぜ。住みやすくするためにあの城を色々手入れしたいからさ」

「そうですね。あのお城は強佳ちゃんの物ではありますが、私もお庭とかお洋服を色々見てみたいです」

「俺は武器庫や騎士達の詰め所だな。生活面も大事だが、軍備の補給もしっかりとしておきたい」


 血溜まりの中に屍が沈んでいる凄惨な光景の中でもまるで世間話でもするかのように楽しげに四人が話す中、その姿に少年は恐怖によって失禁しながらも声を震わせた。


「お、お前ら……人殺しておいてなに楽しそうにしてんだよ。お前ら、狂ってんじゃねぇのか!?」

「……アンタ達に言われたくないわね。力に溺れてクラスメートや国の人達に対して好き勝手な事をした上に騎士達までいたぶってきたんだから、私達の事を言えないわよ」

「だ、黙れ……! 力も無かったくせにいきなり戻ってきて俺達の日常を壊しやがって……!」

「……あんなのを日常だって言ってる時点でアンタ達はもう前とは違うし、たとえ元の世界に戻ってもまともにあの社会じゃ暮らせないから、せめてここで殺してやろうとしてるのよ。その事には感謝してほしいわね」

「か、感謝だと……!? 殺されて感謝するやつなんて──」

「死ぬよりも辛い人生を歩んできた奴なら殺される方がいいって言うわよ」


 そう言う強佳の声は冷たくどこか寂しげであり、自分がこれまで得てきた力の波動を発しながら強佳は静かに話し始めた。


「……アンタ達みたいに親に甘やかされたりこれといって何か辛い事が無かったりした奴にはわからないわよ。親の勝手な考えのせいで自分が望むように育つ事が出来なかった奴の辛さなんて」

「強佳……」

「アンタ達は私のこの背丈を楽しそうにバカにしてきたけど、これは親の、あの最悪な男の好みのせいで背丈を伸ばせなかったのよ。

アイツは、教師であるくせに極度のロリコンだったから、自分が伴侶に選んだのも教師時代に出会ったまだ中学生だった頃のお母さんだったし、その頃に何度も手を出してこっそり私を生ませたの。もっとも、お母さんは私が小学生の頃に死んでしまったけど」

「え……でも、どうして……」

「……あの男が殺したのよ。出会った頃はまだ小さかったけど、二十歳くらいになったらだいぶ背も伸びて綺麗な女の人になって自分の好みじゃなくなったからというそんな勝手な理由で……!」

「そして次に標的にしたのが強佳だったという事か?」

「その通りよ、敦史。アイツは娘である私にも欲情していて、何度も着替えを覗かれたり勝手に風呂に入られた上に息を吐きかけられながら体をまさぐられたりしてきた。

その上、お母さんみたいに勝手に成長しないようにって運動や早寝早起きまで禁止されてきたし、私がいない内に部屋に侵入してたのかしまってたはずの下着が散乱してたりそれに体液をつけられたりしていたのよ……」


 そう語る強佳の目には怒りの感情もあったが、それ以上に悲しみと恐怖の感情が多く宿っており、その姿に光真達は何も言えずにいた。しかし、恐怖に支配されていた少年は声を震わせながら強佳へ向けて指を指し始めた。


「そ、そんなの俺達には関係ないじゃないか……!? だいたい、そんな性犯罪者の父親を持ってるお前にも同じ事をやらかすような血が──」

「『黙れ』」

「ひいっ!?」

「……これ以上、私を怒らせないで。今は精神掌握で恐怖心を高めてるだけに留めてるけど、それ以上くだらない事を言ったら、アイツらよりも酷い殺し方をするから」

「あ、ああぁ……」

「……だから、私はチビだとか幼いだとか言われるのが死ぬ程嫌なのよ。それを聞く度にどこにいてもアイツの顔を思い出すし、アイツの好きなように人生を狂わされているんだって改めて実感させられてイライラするのよ……!」


 憎しみと怒り、その二つの感情を露にする強佳に対して敦史は申し訳なさそうに頭を下げる。


「……強佳、すまなかったな。俺も前にお前の事を体つきを幼いと言ってしまっていたが、その時も知らず知らずの内に傷つけてしまっていたんだな」

「……それに関しては別に良いわよ。悪意を持って言ってるわけじゃないのはわかってたし、アンタの場合は私自身をしっかりと見てくれてるから」

「……そうか」

「ええ。だからこそ、からかいや悪意で私の事をバカにしてきたアンタ達もあの兵士や騎士達も許せなかったからここまで酷い殺し方をしたし、アンタも同じように苦しみぬいて死んでもらう。これが私の怒りなのだから」

「や、止め……」

「……それじゃあお別れね。向こうで自分の行いを悔いながら苦しみぬきなさい」


 そう言うと、強佳は少年に対して炎の魔法を放ち、少年は骨すらも溶かそうとする程の炎の熱に悲鳴を上げ、肉が焼け焦げる臭いと少年が上げるつんざくような悲鳴に光真達は顔をしかめた。


「うわ……これは中々エグいな。もっとも、それくらい強佳が憎しみを募らせていたわけだけど」

「そうですね。強佳ちゃん、気は済みましたか?」

「…………」

「……強佳?」

「……私さ、正直な事を言えばあのお姫様が羨ましかったのよ」

「あの子が……」

「あの子も父親である王様に制限は受けていたけど、それはあくまでもお姫様が悪い男に引っ掛からないようにするためだった。もっとも、あの子はそんな愛情を受けた結果、相手を簡単にバカにするような子に育っていたけど。

同じように背丈は小さかったけど、それはまだあの子の方が年下だったのもあるし、元気であの体型だってこんな環境でのびのび育ったからこそだったんだと思う。

そんなあの子が私は羨ましかったし、魔王の四天王になった後でも妹とも連絡を取り合ったりあんな娘でもちゃんと愛していたあの王様が私にとっては眩しく見えていた。求めれば力もアンタ達からの愛情も貰える私には与えられない物ばかりだったから」

「強佳ちゃん……」

「娘がいなくなったのに王様がまったく狼狽しなかったのも娘を大切にしながらもやっぱり少しは自由にさせてあげたかったからだろうし、私達に殺されたと聞いても私達ならば良いって言ってくれたのも私達の強さを認めたからだった。

アイツは……あの王様は少し女癖は悪そうだったけど、それでも本当はちゃんと相手を見極めるだけの力もある奴だった。私……アイツとちゃんと話していたら、もしかしたら今頃は……今頃はもしかしたら……!」


 そう言って強佳はその場に膝をつくと、声を押し殺しながら涙を流し始めた。その涙は頬を伝って洞窟の地面を濡らし続け、光真達はそんな強佳の姿をただ静かに見つめ続けていた。

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