八日目 白虎将スウト

 八日目、様々な木々が生い茂る森の奥では多くの鳴き声や怒声が響き渡っていた。その中心には武骨な鎧に身を包んだ白銀の体毛を持つ大柄な獣人が傷付きながら膝をついており、獣人の周囲を他の獣人や獣型の魔物達が武器や牙を光らせながら取り囲んでいたが、殺意を剥き出しにしながらもその目からは涙が溢れていた。


「ぐっ……」

「スウト……様、殺し……じゃない、お逃げくだ……さい……!」

「俺達が殺してや……殺してしまう前に……!」

「……出来ない。俺が逃げてしまっては、今度はお前達が同じ術で殺されてしまう……どれだけ傷付こうとも、俺はお前達を置いて逃げる気などありはしない……!」


 獣人、白虎将スウトにつけられた傷はとても痛々しく、言葉を発するだけでも身体中が痛む程だったが、白虎将スウトは部下達を置いていくまいという強い意思でその場に留まり続けていた。

そしてそんな白虎将スウトの姿に部下達は込み上げてくる敵意と殺意を堪えながら辛そうにしていたが、その後ろでは二人の少年少女が静かに立っていた。


「ふむ……俺の拒絶創造でだいぶ支配しているはずだが、それでもまだ少しは抵抗してくるか」

「これが想いの力って奴なのかしらね。もっとも、能力にかかってるとはいえ、抵抗してこない自分達の大将を痛めつけたという心の傷でもう立ち上がれなくなるだろうけど」

「そうだな。さて……白虎将スウト、そろそろ諦めてはどうだ? このまま痛めつけられる道を選べば、お前が死ぬまで部下達に辛い思いをさせるだけだぞ?」

「……ふっ、たしかにそうだな。だが、俺は魔王の四天王の一人としてコイツらの身を任されている。ならば、術が解けるまで耐え続け、解けた瞬間に全員でお前達を殺せば良いだけだ」


 白虎将スウトが力を振り絞りながらニヤリと笑ってみせると、その姿に敦史は少し心を打たれたような様子を見せたが、隣に立つ強佳はため息をついてから敦史の背中を強く叩いた。


「ほら! 何を絆されそうになってるのよ!」

「……すまない。だが、コイツは間違いなく武人だ。こう言ってはなんだが、俺達が初めに遭遇したのがコイツであったら、また違った人生もあったのだろうなと思ったんだ」

「……あんなくそみたいな王国じゃなく、私達全員がここに来てたら、たしかにここまでねじ曲がらなかったかなとは思うわ。けど、今さらそんな事を言ってもしょうがないのよ。それはあんたもわかってんでしょ」

「……もちろんだ。四天王と魔王を倒し、その後はそれぞれが送られてきた王国を攻め倒し、俺達でこの世界を掌握する。そのために巨青竜イースと赤雀姫スウも倒してきたんだからな」


 二人の話を聞き、白虎将スウトはどこか懐かしそうな笑みを浮かべた。


「……そうか、二人が討たれたとは聞いたが、お前達だったか」

「だいたいは今別行動をしている二人がやったような物だがな」

「敵であるお前達に聞く事では無いが、アイツらは最後まで四天王らしくしていたか?」

「少なくとも、四天王である事に誇りは持っていたわね。特に赤雀姫スウは完全に支配されるまでは自分が身を捧げるのは魔王だけだって言ってたみたいだし」

「それなら良い。少し前に会議の席で会ったきりだったが、向こうで再会したならばまた酒でも酌み交わすとしよう」

「……アンタ、そのままだと死ぬのよ? どうしてそこまで落ち着いていられるの?」


 強佳の言葉に白虎将スウトは静かに答える。


「……俺が四天王だからだ。将たる俺が誰よりも落ち着き、部下達を鼓舞しなければ誰がするというのだ? 部下達を率い、何かを成し遂げようとする者ならば、それくらい当然の事。そうでなければ、部下達に対して申し訳が立たんのだ」

「……部下にお前を襲わせ、お前達の力も俺達の物にしようとしている俺に言う資格はないと思うが、願うならお前とは違う形で会いたかったぞ、白虎将スウト。敵ながらお前のその部下への想いの強さ、お前への部下達の忠誠心はとてもすごいと思うし、お前とは敵ではなく友になりたかった」

「……このような術を使う人間とは思えぬ発言だな。それも俺の気持ちをかき乱すための……いや、違うな。種や立場こそ違えど、お前もまた俺と同じ志を持つかもしれなかったのだろう。

お前の言う通り、出会いの形さえ違えば、俺達は友になれたかもしれん。しかし、今は敵同士であり、お前達が俺の生殺与奪の権利を握っている。ならば、情けなどかけずに一思いにやるが良い。戦士にとって情けをかけられること程、屈辱的な事もないからな」

「……わかった」

「敦史……」


 強佳が心配そうに見つめる中、敦史は右手を軽く上げ、それに応えるように部下達も武器や牙を再び煌めかせた。


「俺がこの右手を振り下ろした瞬間、部下達はお前に止めをさす。以前は特定の相手に対して敵意や殺意を抱かせるだけだったが、俺がコントロール出来るようになったのでな」

「……その手が俺の首を切るギロチンというわけか。お前達、最期に名前だけ聞いておこう。名は何という?」

「……敦史、ツトシ・イカリだ」

「……キョウカ・ケマよ」

「ツトシとキョウカ、か。良き名だな」

「……仕方ないから、アンタの力を使う時は思い出してあげる。感謝しなさいよ?」

「……ああ、黄泉より感謝しよう。ではな、お前達。最期に面白い人間達に出会い、力を残せる事を感謝しているぞ」


 その言葉と同時に敦史の手は下ろされ、部下達は涙を流しながら白虎将スウトに襲いかかり始めた。剣や斧が肉を引き裂き、鋭い爪や牙は多くの傷をつけていったが、白虎将スウトは最期まで恨み言や悲鳴を上げず、その勇ましき将として命を終わらせようとする白虎将スウサの姿を敦史と強佳は何も言わずに見つめるだけだった。

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