3−3「告解」
「…アミ姉さんから連絡があったわ。昨日のことで話があるみたい」
午後、昨夜のトラウマから未だ抜けきらない亮は、マーゴと共に広い病院前の駐車場に立つ。
街全体には避難指示が出ていたものの駐車場には車がまばらに停まっており「多分、ライフ・ポイントの関係者ね」とマーゴが耳打ちする。
「花火大会も中止になったし、道の封鎖もされているから、人が出ていくことはあっても入って来ることは無いわ」
それに『まあ、大部分の住民も避難したようだから』と老婆。
『その後の生活は、ポイントでまかなえるから問題は無いはずだが。正直こんな形で私のポイントが使われるようにはなりたくなかったね』
「…そうね」と答えるマーゴ。
同時に裏のスタッフ用の出口からアミがやってくる。
服装はラフなパンツスーツ姿。
彼女は会うなり開口一番「昨日はごめんなさい」と亮に頭を下げた。
「まさか、あそこまで具合が悪くなるとは思っていなくて。おばあちゃんに言われて、ようやく気づいたわ。本当にごめんなさい」
表情に変わりはなくとも、顔には何となく申し訳なさがにじんでおり、思わず亮は「いえ、こちらこそ粗相をしてすみません」と反射で謝る。
それにアミはふうっとため息をつくと「ダメね。疲れていると顔がどうしても強張っちゃって」と、両手を頬に手を当てて強引に顔をもみほぐす。
「質問も端的になっちゃうし。初対面なら、なおさら気をつけなければならないのに…これじゃあ、医者として失格だとは思わない?」
表情筋をほぐそうとしているようだが、アミの仏頂面はまったく崩れず、それでも必死に頬を動かす様子に亮は思わず笑ってしまう。
「…私、何かおかしいことでも言ったかしら?」
そう言ってマーゴの顔を見るアミに「ああ、すみません」と再度頭を下げる亮。
「俺も昔のことで思うところがあって。話を聞いているあいだも我慢ができれば良かったんですけど…どうにも身体が言うことを聞かなくて。前には薬を飲んで誤魔化せていたんですけど、次第にそれもできなくなって」
『そりゃあ、昔の職場のことかい。無茶するもんじゃないよ?』
亮のほうを向き、たしなめる老婆。
『すでにお前さんの肉体は仕事のしすぎで一度限界を超えちまっている。そのうえ無理をさせるために拒絶反応が出るまで薬を続けて…ブレーカーが落ちちまっているんだ。それ以上の負荷をかけるもんじゃない』
「まあ、確かに。負荷のかかった肉体にブレーキをかけないための薬もあるにはあるけれど、それは根本的な解決とは言えないわ」とアミ。
「必要なのは適度な仕事環境と生活の改善。早寝、早起きと運動のできるストレスのない環境。今の仕事に疲れを感じるのなら休むことも必要なんだから」
そんなアミの言葉に「でも、お金を稼ぐには休んでいる暇なんて…」と目を泳がせる亮。それに『苦しいと思うのなら、無理にこらえる必要は無いさね』と、老婆は続ける。
『ましてや、身体が悲鳴を上げるくらいならなおさら…無理なことを拒否し、体調を整えるために休む権利は誰にでもある』
「でも、以前。同じことを言われて制度を受けようとしたときには…」と続けようとする亮を「そうなのよね、おばあちゃん」と
「亮くん。私はアナタに入院や薬を勧めることはしない。そのことでアナタの傷をより深める形になってしまうのはこちらの本位ではないわ」
それに『そうさね』と老婆も相槌をうつ。
『ただ、今までお前さんのかかっていた医者も含め、その判断を間違える医者がいることも確かさ…なにぶん相手もひとりの人間だからね』
横目でアミを見つつ、続ける老婆。
『医学を学び、専門家となれど、人体には未だ未知の部分が多い。ましてや医療の形も時代や社会によって大きく変わる』
「そうね。専門知識だけではなく社会や生活面での全体的な知見も必要。今後は企業や政府と連携して患者のサポートになる部分を包括的に補い合っていくことも必要なのかもしれないわね」とアミ。
「正直。私も修行不足だったわ」
そう言って、小さくうつむくアミ。
「勉強一辺倒で患者について正しく向き合ってこなかった…今は反省しているし許してほしいとまでは言わないけれど、アナタにはこうして本心を聞いて欲しいと思ったの」
「…だから、ゴメンナサイ」とアミは自身の両手を握りながら、うなだれる。
そこには診察室で見た威圧感は感じられず、自然と亮の口から「そうでしたか。言ってくれてありがとうございます、アミ先生」という感謝の言葉が出た。
それにアミは顔を上げると「本当に、大丈夫?また、吐いたりしない?」と、オロオロしながら亮を見る。
(あー…この人も、不器用なだけの人なんだな)
そんなアミの様子に、とうとう堪えきれずに吹き出す亮。
アミはそれを見てさらにオロつき、マーゴと老婆は呆れたようにアミを見る。
「…実はね。アナタにまだ伝えていないことがあるの」
駐車場で自前のタブレットを持ち出し、亮に見せるアミ。
そこには英語の論文が書かれていたが、亮には読むことができない。
「最近の研究では、今までアナタのような空間異変の前兆を見る人間は、過去に共通項があることがわかってね」
ついでタブレットを確認し「ああ、良かった。ここなら安定してネットに繋げられるようね」とアミは続ける。
「ほぼ、確認できた全員が全員。大なり小なり、事故や家族間によるトラブルに巻き込まれた経験があったの」
それを聞いて、再び心がざわめき出す亮。
「彼らの中には異変の前兆に見る
「生き霊?」
思わず、そうたずねる亮にアミはうなずく。
「そう。サーモグラフィーを使うことでようやく姿を視認できるけれども、当人以外が見ても男女の区別もつかない存在。でも、当事者にとってソレは遠く離れたところにいる、もう一人の自分」
亮は思い出す。
…三年前から時折見ていた、ビルの上に立つ人物。
あの落ちていく姿がどこか自分と似ていることを。
「また、【
ついで、アミは亮の目…未だ眼帯の外れぬ、右目に目を向ける。
「でも、その目になってしまった以上。今のアナタは願望が何を知ることができても、叶えることは難しいかもしれない」
「…え、それはどういう?」
だが、同時に彼女の身体が浮き上がり、亮の前から消失する。
「下がって!危ない」
とっさの、マーゴの言葉。
後ろに引いた亮の前。
何か巨大なものがせりあがってくる。
…それは地面から出現した巨大な円錐形の柱。
駐車場の半分以上を占める巨大な柱は、見る間に周囲の車や地面を巻き込み、上へ上へと成長する。
『柱に付着した物体の分子配列が変わっている。こりゃあ…隕鉄だよ!』
駐車場に響く老婆の声。しかしそれも、柱の周囲を覆うようにさらに出現した金属壁の擦れる音によって遮られる。
複雑怪奇な模様の入ったソレは天まで伸びた柱を覆い尽くすと同時に上部から融解し、空に伸びた柱は瞬く間にその形状を崩す。
「まるで…バベルの塔」
思わず漏れるマーゴの声。その頃には巨大な柱は駐車場から消え失せ、あとにはコンクリートの線の引かれた地面だけが残った。
『…少なくとも、起こったことは夢じゃあ無いね』
誰しもが呆然とする中、老婆は地面に目を落とす。
『私らは失った。柱に巻き込まれ二番目の孫は永遠にこの世から消えちまった』
そう言われ、亮は初めて気づく。
先ほどまでアミが立っていた場所。
地面に落ちた、タブレット端末と一本の腕。
その腕の付け根に当たる部分が奇妙な光沢のある金属へと置き換わっていた。
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