第7話 玲瓏なる魂


 そして、それから暫く進み、市場から離れたあと、ジェイムズは、アルムの手を離しながら


「お前、さっきのはなんだ?」


「さっきのって?」


「いつでも来てくださいね~♡ってやつ! あれじゃ、お前か、ルークのファンが押しかけてくるだけだろーが!」


「別にいいじゃない。全く依頼人がこないよりはマシでしょ。お父さんがいなくなってから、まだ一人もお客が来てないし」


「う……っ」


 痛いところをつかれて、ジェイムズは言葉をなくした。


 そうなのだ。実は、三ヶ月前に父が亡くなっててから、依頼人というものがきた試しがない。


「つーか、なんで誰もこねーんだ? やっぱ、俺たちが子供だからか?」


「子供だからって言うよりば、バカだからじゃない?」


「ば!?」


「だって、ジェイムズ、騒がしい上に落ち着きがないし。行動も発言も、バカっぽいんだよね。そんなんじゃ、事件を解決できる探偵とは、とてもじゃないけど思えないよ」


「ちょっとまて! 昨日言ってた『バカは探偵になれない』って、俺のこといってたのか!?」


「他に誰がいるの? エヴァン兄さんとルーク兄さんは、バカを巧妙に隠してるし。僕はバカでも可愛いから許されるし。依頼人が来ないのに、理由があるとしたら、ジェイムズが探偵っぽくないからでしょ」


「なんで、みんなバカなのに、俺だけ悪い感じになってんの!?」


 巧妙に隠してるバカと、可愛いから許されてるバカは、どっちもバカだろう!


 だが、その学のなさが滲み出てしまっているせいで、依頼人が来ないのだとしたら、由々しき問題だ!


「つーか、マジで頭悪いと思われてたらマズイじゃねーか! このままじゃ、父さんの事件解明する前に、廃業だぞ!!」


「そうだね。だから、兄さんたちも、仕事をやめないわないわけだし」


「え!? まさかエヴァン達が仕事を辞めないのって、廃業した時の保険か!?」


「そりゃ、そうでしょ。二人が仕事を辞めて、探偵業に専念したとしても、上手く行かなかったら、収入なくなっちゃうし。僕らが今、中流階級ミドルクラスでいられるのは、全部、父さんのおかげだよ。でも、その父さんはもういないし、万が一、廃業して収入までなくなったら、また、奴隷階級アンダークラスに逆戻りだよ」


「……っ」


 奴隷階級アンダークラス──それは、表向き三つに分けられた階級制度の最下層に位置する階級。


 文字通り、奴隷のような扱いを受ける四つ目の階級だ。


「これまでは、父さんが守ってくれたけど、これからは、そういうわけにはいかないんだよ。だから、兄さんたちは、探偵の仕事一本には絞れないし、実質、探偵としての活動ができるのは、僕たち二人だけ。それなのに、肝心のジェイムズがそんな感じじゃね」


 頼りないとでも言いたげな視線を向けられ、ジェイムズは、眉を顰めた。


 確かに、エヴァンみたいに運動神経がいいわけじゃないし、ルークみたいに演技が上手いわけでもない。


 おまけに、アルムみたいに容姿が整っているわけでもなく、いたって平凡な上に、華すらない。


 読み書きができる程度で、さして優秀でもない自分が、探偵になれるわけがないということは、ジェイムズが、一番よくわかっていた。


(悔しいな。やる気だけは、人一倍あるのに)


 だが、いくらやる気があっても、なれないのが、探偵という職業だ。


「おやおや、落ち込んでルようですネェー」


 すると、ジェイムズの背後から、今度は黒い炎がゆらゆらと現れた。


 陽気な声で、歌うように揺れる炎は、あっという間に人の形を作り、ジェイムズの前に、宙づりになって現れる。


 長く赤黒い髪と、ドラキュラのようなマント。

 そして、シルクハットをかぶった、胡散臭い男だ。


「なんだよ」


「いやいや、ついに坊ちゃんが、願いを言ってくれルような気がしましてネ!」


 ギザついた歯をむき出しにして、霊体の男がわくわくと目を輝かせる。


 この男の名前は、ジョルジェ。

 

 数年前、ジェイムズが黒魔術によって呼びだした──だ。


「坊ちゃん、今思ったでショ~。難事件ヲ解決するになりたいと! その願い、吾輩わがはいが、叶えてあげましょうか?」


「いらねーよ。つか、願いは言わないっていっただろ」


「そんなこと言われましても、呼びだされたカラには、契約を執行しないと、魔界に帰れないんでヨ~」


「でも、契約が完了したら、俺の魂を喰うんだろ」


「そりゃ、そうデスヨ! はぁ、早く食べたぃ……! 坊ちゃんの魂、さぞかし美味びみでショウ! と言っても、ルノアール家のお子さんたちは、みんな美味しそうなんですけどネ! こんなに玲瓏な魂を、四つも集めてくるなんて、レスター氏は本当に、お目が高イ! はぁ~~、それなのに、こんなご馳走を前にして、手も足も出せないなんて~~! 生殺しもイイところじゃないですか~~!!」


「真面目に、キモいんだけど」


「とっとと帰れよ。魔界に」


「ヒドォォイ!!」


 すると、アルムとジェイムズが、辛辣な言葉をかけ、悪魔のジョルジェは、オヨヨと大袈裟に泣き崩れた。


「ヒドイわ、坊ちゃんたち! そうやって、ずっと飼い殺す気なんでショ! ジジイになって、ハゲて老衰するまで、弄ぶつもりなんでショ!」


「ジジイになるまで、一緒にいる気かよ!?」


「そうですヨ! 願いを言ってくれなきゃ帰れないんですカラ!」


「一生一緒とか、最悪なんだけど!!」


「ねぇ、兄さん」


「ん?」


 すると、急にアルムが、ジェイムズのシャツを掴んだ。


 何事かと、アルムをみれば、その視線の先には、女の子がいた。

 

 ルノアール家の屋敷の前に佇む、自分たちと、そう年の変わらない女の子だ。


「なんだ、あの子?」


「僕たちの家に、なにか用かな?」


 小首を傾げながら、アルムが少女に声をかける。


「ねぇ、そこで、なにしてるの?」

 

「え!? わ、私に聞いてる!?」


 すると、アルムが声をかけた瞬間、少女は驚いた。

 その後、恥じらいながら、二人を見つめると


「わ……私は、ソフィアといいます。この家に、がいると聞いてやって来ました」

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