第17話 クレルモンの教会へ

 ステラとナギの二人はクレルモンの商店街を通り、教会を目指していた。その途中、広々とした商店街の真ん中を大袈裟な排気ガスと共に車が往来する。それまで砂漠と田舎町ばかりの旅をしていた二人にとって、クレルモンの技術力と活気は新鮮そのものであった。

「凄いですね! 車がこんなに沢山!」

「そうだねぇ。宗教都市って言うくらいだから、教会が沢山あるもんだと思ってたけど」

「祈りの場所はせいぜい一つで事足りますから。おそらくそう呼ばれる所以ゆえんは、ある事件の影響ですかね」

「事件?」

「昔の話ですよ——」


 科学技術と魔術が対抗していた当時、この街で沢山の魔術師が襲われる事件がありました。魔術は選ばれたものだけが使えるとまで言われるくらいシビアな世界ですし、魔術師自体も、偉そうで偏屈で選民的な思想を持つ人たちばかりでしたので……。

 そうした事情があってのが『魔女裁判』という事件なんです。


「へぇ……――うおっと」


 ナギは慣れた手つきで買い物袋に様々なものを詰めていき、店主と金銭のやりとりをしながら説明をする。そして中身が一杯になったものをステラに渡しては新たな買い物袋を取り出し、以下その動作を繰り返していた。


「そうした過去の事件を反省し、この国では裁判の仕組みが大きく改善させられました。供述の真偽に重きを置き、公正な人選でそれをジャッジする。その最終形態があの『神意の針』というわけですね。事件の際に宗教人が間に入って仲裁し、神の教えと共に再び栄えたので、宗教都市という冠がついたのです」

「『神様』の話をしてる人なんて一人も居ないけど……」

「神の話を易々とすれば、珍しさがなくなるでしょう? 本当にありがたいと思っている気持ちは、胸の中で秘めておく。それがこの町の人達の信仰なんです」

 と、あくまで書物で知り得た限りの知識を披露し、半ば自慢げな表情を浮かべるナギ。なるほど、とステラは軽く頷いたのち、両手一杯に抱える買い物袋を見下ろした。後で宿屋に置くつもりとは言え、一人で運ぶにはそろそろ難しくなってきた量である。すると、そんなステラの苦労を知ってか知らずか、ナギは次の目的地が視界に入ったと同時に声を上げた。

「見えてきましたよ、教会です!」




 荘厳なステンドグラスを貫通し、豊かな光は頭を撫でるよう。街路に面したクレルモンいち古い教会は、古式の建築物特有のぶ厚い石壁によって外界の喧噪から見事に隔絶されている。その静けさは空気までもが神聖さを帯びているようだった。


「魔なる者の先駆けにして、諸学の母なる『西の魔女』よ。正道を重んじ世に法をもたらした、律令の母なる『西の魔女』よ。今、貴方への敬拝と共にこの術を捧げます」

 小さき者は目を閉じて戒杖を抱きしめる。世界樹より作られた茶色の杖は、ほんのりと光りながらナギの魔力に呼応した。


「……『パシフィカの箱式はこぶね』」


「おぉ……」

 ナギの旅の目的『巡礼』は、世界各地にある教会でだ。


 成果を見せる相手は、先のコウの話にもあった『四方の魔女』たち。その存在は秘匿され、名前も人相も不明ではあるが、その代わりとして現地にある教会に赴き、彼らに対する敬拝の言葉とを披露するのだ。教会は元々、唯一神をまつる為の施設だが、魔術教院は教会組織と親密な関係にあるためか、かなり協力的である。


「流石はトルーサー殿。サイズも生成速度も段違いですね」

 タツガシラのものとはまた違う、若干の青みを含んだ黒いキャソックを身に付けた、一般の神父が賞賛する。ナギはふふん、としたり顔を見せた。

 ナギが教会で披露したのは、自身が最も得意とする水魔法である。大気中の水分を寄せ集めて、教会の空間いっぱいに水を生成した。その有り余る純水の大きさはクジラを想起させるほどだった。

「ふふっ。それじゃあ霧散させますね!」

「えぇ。濡れても大丈夫なものばかりなので、どうぞお構いなく」


 パァン


 作られた純水は弾け、霧となって教会の中に降り注いだ。あまりの細かさに地面に落ちる頃にはほとんど蒸発していたが、一瞬だけ天井近くで発生した虹がとても神秘的だったのに、ステラは思わず見とれてしまう。

「そちらの方もどうですか? 赤髪の旅人さん」

「ハハ、俺の術じゃあ西の魔女に怒られちゃうよ」

「いいのですよ、遠慮しなくとも。修行の成果は人それぞれですから」

「いーやっ! 俺は師匠に改めて稽古をつけてもらってからやることにするよ。なんたって南のま――」

「あー! だめ~~っ!」

 一瞬、ステラがコウとの約束を反故にしかけたところを、ナギがその小さな手で封じにかかる。神父が極めて怪訝な表情をしていたが、ナギはあくまでなんでもないという体を貫いていた。


 ナギの強引な静止の後。怪しまれる前にと、ナギは次なる目的を果たす為にステラを引っ張った。

「さ、さぁ。ここでの巡礼も終わりましたし、さっさと次に行きますよ!」

「そうだねぇ。お腹空いたし早速昼飯でも――」

「は? 昼飯? なに言ってるんですか」

「エッ」

 氷のように冷たい言葉が放たれる。ナギはまた別の何かについて腹を立てているようだった。

「忘れたとは言わせませんよ。これまでの旅の費用、ボッタクリのおじいさんから買った古い地図、そしてが勝手に請け負った大剣の修理代……加えてさっきの必需品の買い出しと宿代! 正直、財政難なんですよ僕たち」

「で、でも、ナギの家ってお金持ちなんじゃ……?」

「それはいざっていうときのバックアップです。持ち金は全部、僕が修行に行く前に自分自身で稼いだお金なんですからね?」

「そ、そうなんだ。え、偉いねぇ~」

 目を逸らし笑ってごまかす彼に、ナギは追及の眼差しを向けながら呼び掛けた。

 その重たい呼び掛けにステラは思わず、はいっ、と弾むようにして応じた。

「働きましょう?」

「うぅ……はい」

 満面の笑みと共に放たれたナギのその言葉に、ステラは頷くしかない。買い物袋を抱えながら、とぼとぼと教会の出口へと向かった。


「アーメン……」

「ん?」

 教会の戸を開きかけたその時、ナギはある男の存在に気付いた。声がする方を見ると、そこには整然と列を為した教会の長椅子に座る、ぼさぼさ髪の男の後ろ姿が。

「あれは……」

「うん? どうしたの、ナギ」

 さっきまで——少なくとも教会に入った時には——そこには誰も居なかったように感じたので、その存在について一抹の違和感があった。しかし教会は来るものを拒まない神聖な場所だ。いつだれが礼拝をしに訪れようと不思議なことではない。

 それ以上は気にも留めず、ナギは大きな扉を力いっぱい押して教会から出ていった。


「ステラ……久しぶりだなぁ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る