第12話 ぼったくり

 宗教都市クレルモンのギルドにて。


 黒色の神父服キャソックを身に纏った、少年並みに背の低い男がギルドの戸を勢いよく開ける。そうして仁王立ちで冒険者達の前に現れた後、酒場の席を一瞥していた。


「どうした坊主、こんな所に飛び込んできてよぉ? 冒険するにゃまだ早すぎるんじゃねえかぁ?」

「ギャハハハハッ!」

「……ふむ」


 ギルドのカウンターは酒場と併設されており、テーブル席にいた口の軽い冒険者たちは飛び込んできた男を揚々と揶揄していた。

 男はそれに目もくれずに居たが、やがて話の出来そうな人間がその男達くらいしか居ないと分かると、自ら話を切り出した。


「……この中に『困った町』について知っている者はいるか」

「『困った町』? 聞いたこともねえなぁ。お前探偵か何かかよ?」

「俺は探偵ではない。身分を明かすつもりもないが」

「はぁ? 何だよコイツ」


 ガンッ


「俺ぁ聞いたことあるぜ……」

「うお!? 誰だこのオッサン! いつの間にこのテーブルに……」


 その時、あご髭を蓄えた男が冒険者達に割って入った。すらりとした両脚を勢いよくテーブルの上に置き、勝手に机上の酒を飲み漁るなどして行儀悪く振る舞うと、あご髭の男は不敵に笑って続けた。


「なんでも旅人を幻覚で惑わしては、従順な下僕にして町に閉じ込める……とっても恐ろしいところだってな」

「ほう、その話詳しく……って、サイガじゃないですか」

「あら、バレちゃった?」

「なんだなんだ、お前ら知り合いかよ。冒険者って出で立ちじゃなさそうだが……」


 よく見れば、割り込んできたあご髭の男も背の低い男と同様に黒い神父服キャソックを着ている。

 あご髭の男は冒険者たちの酒を奪い、それを勢いよく飲み干した。


「かあ~~っ! ごっそさん!」

「テメエ、何しやがる! 第一なにもんなんだよテメエら、いきなり現れてよぉ!」

「お前達が知らないのも無理はない。そして知りすぎるのもいけないことだ。お前達、もう『困った町』については忘れろ。いいな」

「はあ!? 邪魔した癖になに言ってやがる? 儲け話なら詫びとして俺達にも——」

「フンッ!」


 がんっ、と酒場の石畳を突き壊す音が、冒険者の言葉を遮った。

 思わず冒険者達が見つめると、そこには石畳に突き刺さる鋼鉄の大剣が在った。所々を継ぎ接ぎしたようなそれは、機械仕掛けの大剣に見える。そしてそれを操るのは先程まで彼らが罵っていた小柄な男だ。


「ひぃっ! おっかねえ……!」

、あんまカリカリすんなよ」

「……スンマセン、ちょっと急いでたものですから」


 軽口を閉ざした冒険者達を置き去りに、二人はギルドの酒場を後にした。


 建物の間を横切るように電線が駆け巡り、その下では往来を鉄の乗り物――すなわち『車』が行き来する。近代宗教都市クレルモンの街道を歩きながら、二人の神父服キャソックは風に靡いている。


「――んでさっきの町の話なんだが、そこから殿の名義で魔電報が届いたんだ」


 『先輩』のサイガは二つ折りの紙を開いて見せる。コウと呼ばれた男はそこに記されていた送り主の名前を確認して、なるほどと頷いた。


「魔電報……古い技術ですね」

「そりゃあ、あの町はとっくの昔に捨てられた場所だからなぁ。今でこそ世界的に近代化の波が来ているし、あの町だってかつてはそれに乗っかって工場を置いたクチだが、そもそも活気づいてたのは五十年以上前の話だ。今あるのは廃墟とゴーストくらいなもんだ」

「では、そんな所から届いた今日魔電報が届いたと。しかも送り主はあの魔術師一家……」

「怪しいことこの上ねえよな。もしご本人なら是非会ってみたいものだが、この場合考えられるのは『奴』の封印が解かれたって可能性だな」

「ああ……全く! 過去の『ガシラ』達がきちんと仕事をしていれば、このような後始末に追われることも無かったのに!」

「そう! それでだがコウ。今回の任務クエスト、出動するのはお前一人だけだ」

「なんですって!?」


 コウが驚くのと同時に、通りがかった車がクラクションを鳴らす。大剣を背負っているとは思えない身のこなしでその車を躱すと、サイガに向き直って抗議した。


「そんな、先輩もついてきてくださいよ! 俺一人で奴の相手だなんて――」

「相手は五十年物だが、お前一人でも楽勝だろ? それに俺は情報収集の為に来てやっただけだよ。ほら、これが町の地図だ。分かったらさっさと行け!」

「ちょっと、サイガ先輩!!」

「俺ぁ先に本部に戻ってるぜ~い」


 言い残して、サイガは足早に去っていった。本部に戻ると言いつつも、彼の足はまた別の酒場の入り口を目指している。あの男がこれ以上まともに仕事をすることは無いだろう——コウはそう思うと、その足取りを目で追いかけるのを諦めた。


「はあ……生臭坊主め。あれで『ガシラ』をクビにならないんだから、凄いよ全く……」


 諦観と共にため息を吐いて、コウは再びサイガに押し付けられた魔電報の紙きれを眺める。


「発信元、オルディンガータウン。より、か……」





 砂漠前線基地アームルートより離れて数日。そこは砂漠から打って変わって、鬱蒼とした森林の中である。

 ジャミアの衝動的な『爆発』により、ありつけるはずだった水も食料も失ってしまったステラとナギの一行。雇われ偽盗賊団『鷹の鉤爪』達に分けて貰った備蓄をやりくりしながらなんとかここまで食いつないだ二人だが、いよいよ心許なくなってきたそれらに焦りを感じ始める頃合いである。


「ジャミア、今頃どうしてるかなぁ……」

「一度実家に戻ると言ってましたね。あの『爆発』スキルで喧嘩してなきゃいいですけど……」


 ベールが掛かったような濃い霧と、自由気ままに育った木々達。日中の光も頼りないその森の中では、モンスターの鳴き声が時折聞こえていた。

 物資枯渇の焦りと共に、ナギはその森の異様な雰囲気に怯えてしまい、思わず相棒の袖を掴んで離さなかった。


「ねぇナギ、ホントにこの先で合ってるの?」

「も、勿論! ジャミアさんが以前通った時はこの先に交易所があったそうですから。交易所が見つかれば町まで一直線の道がありますよ」


『この森を越えれば宗教都市クレルモンに着く』


 それは出発前、ジャミア・ロックスが教えてくれたことだった。地図までも爆発と共に失ってしまった一行は、近辺の土地勘に優れた彼女の言葉を信じるしかない。

 しかし、そうして草木を掻き分けたり木の根を越えたりと進むにつれて、一向に変わり映えのない景色に不安が駆り立てられる。その空気に飲まれてしまったナギは、それまで引きずっていた旅の疑問を思い出して、心の中で反芻しはじめた。


『ステラは、幼い時に見た『星』を探して旅をしていると言っていた。その謎の星が故郷や出自に関係しているみたいなことを言ってたけど……』


 目的地の無いステラの行く先は、一時的にナギの巡礼修行の旅について行くという形で収まっている。ステラの親切に甘えて旅に同行してもらっているが、自分も彼の為に何かするべきではないのか。彼の失われた記憶を取り戻す為に、尽くしてあげるべきではないのか。キャラバンで培われた善意の心が、密かに自身を苦しめていた。


「これで、いいんでしょうか」

「ん、何が~?」

「その、聞きそびれていたんですが……ステラはなんで僕の旅に――」

「おぉ~~い! そこの旅人さんやぁ~!」


 その時、濃霧の向こう側から二人を呼ぶ声が突き抜けた。


「お!? 人だ! ナギ、人がいるよー!」

「あー……はい、そうですね」


 真剣な話が横槍により中断されると、ナギはうんざりした顔でステラに歩調を合わせた。


「いやぁ! やっぱり生きてる人じゃったか!」


 声の下に駆け寄ると、霧の向こうから現れたのは、目測だけで数メートルは越える程の大荷物を抱えた、小柄な老人だった。

 好々爺然としたその老人の佇まいは、鬱蒼とした森の中では不似合いである。


「い、生きてる人? どういうことですかおじいさん」

「どうもなにも、この付近をほっつき歩く奴なんてワシのような『さすらい商人』かゴーストのようなモンスターくらいじゃからのう! お前さん達、遠目から見ても商いをしとるような恰好に見えんかったから、試しに声かけてみたんじゃ」

「ここそんな危ない所なの!? ナギどうしよ! 早く交易所見つけないと俺達呪い殺されちゃうよ!!」

「ちょっと! 少し落ち着いてください! 貴方最速なんでしょ、ステラ!」

「あ、そうだった。いざとなったらナギを抱えて逃げれば……」

「おや? 最速?」


 老人は大きな荷物を揺らすと、森の中で怯えるステラを見遣った。そしてその顔をまじまじと見つめる。


「お前さんが最速、じゃと?」

「そ、そうだよ? なんたって最速の魔術師ステラ・テオドーシスとは俺のことだからね!」

「ほぉ! そうかそうか。最速、テオドーシス……なるほどなるほど」


 老人は長考を始めると、その場に座り込んで唸り始めた。

 ナギはその様子を見てもしや、と一筋の可能性を見出す。


『もしかして、ステラが記憶喪失で覚えていないだけで、実は知り合いということも有り得るのでは……? そしたらステラの故郷のこととか、謎の『星』についても何か分かるかも!』


「うぅ~~ん……うぅ~~ん……」

「ど、どうですかおじいさん。何か思い出しましたか……?」


 老人はナギの声にはっとすると、その面を上げて目を光らせた。


「うむ! さっぱりじゃ!」

「ズコーッ!」

「うわ、ナギったら古典的~」


 長考の末に肩透かしを喰らったナギは、天地をひっくり返してその場にずっこける。戒杖を支えにして立ち上がると、老人は朗らかに笑って言った。


「ほっほっほ! すまんのう、ワシの記憶違いじゃったかな。最速もテオドーシスも聞いたことがないわ。さっきのは忘れてくれ」

「あはは、そうですか……」

「そう肩を落とすでない。詫びついでに良いことを教えてやろう。この先、お前さん達が言っていた交易所はぞ」

「ええっ!?」

「そんな、ちゃんと在るって教えてもらったのに……!」

「残念じゃったのう! ワシが通った時には潰れておったわ! モンスターにでも壊されたのかのう」


 そう言うと、老人は大きな荷物から看板や柱、カウンターなどを取り出してその場に設営し始める。そこには「ベラ爺の出張雑貨店」という文字が書かれた垂れ幕を下げていた。


「さっきも言った通りワシは商人をやっとる。名前はベラ爺じゃ。どんな場所でも顧客の欲しい物を売ってやるのがワシの信条じゃよ!」

「ってことはこの森の地図もあるの!?」


 目を輝かせたステラにベラ爺はこくりと頷くと、どこからか取り出した紙の束をカウンターの上に置いた。


「これがこの森の最新地図じゃ! 地形情報に標高、モンスターの巣の位置や町の場所、名前、人口情報なども載って、お値段なんと破格の一万ベラド!」

「い、一万!? 高すぎるよ! 普通は二千も行かないもんだろ、たかが地図一枚で!」

「ほぉ~? お前さん達はそのが無いから困っとるんじゃろう? 随分な言い様じゃなあ?」

「ぐぬぬ……! でも一万は流石に……」


 それでも食い下がる二人に、ベラ爺は売り文句を続けた。


「なんとワシの知り合いの航空測量士が言うにはな……この辺りの森は五十年前から数年ごとに見た目を大きく変化させているという。実際木や草花が生えすぎて道なんてあってないようなもんじゃなから、真相は誰にも確認できっこないがな」


 言いながらベラ爺が紙の束から取り出したのは、五十年前から今に至るまでの何枚かの森の地図である。それに載っている内容が嘘でなければ、森は確かに、数年毎にその姿を大きく変えている。


「モンスターも日々進化しとるのかのう。まやかしを扱う奴が出てきてもおかしくないじゃろう。速さに自信があるようじゃが、道を間違えたら元も子も無いと思うが、どうかな?」

「くっそぉ~! おじちゃん、五千ベラドにまけてよ、そしたら買うからさ!」

「ダメじゃな。一銭も値引く気はないぞ」


 ベラ爺には必ず二人が購入するだろうことは目に見えていた為、決して譲らなかった。事実、物資難の二人にとってはその地図は喉から手が出るほど欲しいものだ。


「分かりました、その地図買いましょう!」

「マジぃ!? これ一万だよ!?」

「マジですよ。このまま足踏みするより良いじゃないですか。それに安心してください。僕の家は結構お金持ちなんで」

「ほっほっほ! 金払いが良い奴は好きじゃぞ! ケチは生き残れん世の中じゃからなあ。嬢ちゃん、きっと立派な魔術師になれるぞい」


 世界樹の戒杖を指さして、老人は朗らかな笑みを浮かべた。


「おだてたってこれ以上は何も買いませんよ! トルーサー家の名に恥じない金払いをしたまでです!」

「そうかそうか。トルーサー家とはこれまた名門の……それなら是非お得意様になってくれると嬉しいのう」


 ベラ爺は今になって胡麻擦りを始めた。その分かりやすさに、ナギは笑みを零しながら言ってのけた。


「ふふ。じゃあ、次会った時はぼったくりとして訴えますね!」

「ほっほ!? 強気な奴も好きじゃぞ~!」


 小さな身なりで次々に設営した看板やらカウンターやらを片付けていくと、ベラ爺は山のような荷物を背負って、右へ左へと揺れながら霧の中に消えていった。

 老人の愉快そうな笑い声が森の中で薄く響いていたが、それもすぐに聞こえなくなった。




「ふむふむ、テオドーシスにトルーサーか。こりゃ思わぬ出会いをしたのう」

「師匠ーーっ! ようやく見つけたぁ、散歩長すぎますよ!」


 一人森の小道を歩くベラ爺の下に、緑髪の青年が駆け付ける。その呼び方から二人は師弟関係にあるのだと分かる。


「ば、馬鹿眼鏡! こんな森の中で大声出すんじゃない! ゴーストが寄ってきちまうじゃろうが!」

「そういう師匠も大声……いや、すいません! それよりも、とんでもない忘れ物をしてましたよ」

「うん? ——こ、これは、森の地図の最新版……!?」

「師匠ったらどこでも商売できるようにって全ての商品を常に持ち歩いてるのに、一番売れそうな最新の地図だけ忘れちゃうんですから。びっくりしちゃいましたよ」

「お、おお。そうじゃな……こりゃ危なかったわい。ほっほっほ……」

「師匠? なんか顔色悪くないですか?」


『不味ったな……アイツらに古い地図を渡しちまったか。ここの森は数年ごとに姿を変えるから、なんのあてにもならん紙を一万ベラドで売ったことに……』


「ま、大丈夫じゃろう。なんたってあの二人じゃもんな」

「は、はぁ……?」




 その頃、ステラとナギの二人は——


「ぐわあーっ!」

「ひえっ!? 急に叫んだら怖いよナギぃ~」


 あれから歩いて一時間ほど。しばらくベラ爺の背中を追う形で歩いていた二人は、道中で幾つかの分かれ道に差し掛かる。都度、先程買った地図を参考に歩いていた二人だったが、後になってその地図が当てになっていないことに気付く。その時になって初めて紙面の裏を確認すると、そこに書いてあったのは『1970年』という文字——。


「これって五十年前の地図……ああ、道理でクレルモンに辿り着かない訳だ」

「ふふっ、あのジジイ……ぼったくるどころか、あまつさえ詐欺まで……ふふっ……ふふふふっ」


 ナギはその地図をグシャッと握り締めると、目の前の霧に向かって力の限り叫んだのだった。


「絶対に訴えてやるーーっ!!」

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