⑩ 黄牙団のアジトへ


「大丈夫か?」


 盗賊たちが立ち去り、静かになったところで三人に声をかけた。


「う、うん」

「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」

「……かたじけない」


 三人は立ち上がって服や髪についた土を払うと礼を述べた。それから俺たちは軽く自己紹介しあった。俺はみんなを知ってるけれど、みんなにとっては初対面だからな。


 しかし……ふむぅ。こうして全身を眺めてみると圧巻だな。


 シエラは手足がスラッと長くて、まるで陶器人形ビスクドールみたいだ。……ただ、目のやり場に困るな。彼女の貫頭衣かんとういは露出度が高いから、角度によっては大事な部分が見えちゃいそうでさ。実に目の毒だ。


 まあ、見たいか見たくないかで言ったら見たいけど。ものすっごく見たいけど。でも、俺は鋼の意志で彼女の身体から視線を引きはがした。


 隣のオフィーリアに目を移動させる。


 うっ。しかし、こっちはこっちで直視しづらいな。身にまとった僧衣は露出度こそ低いけど、ぴったり体にフィットしててボディラインが強調されてるし。おごそかな雰囲気のある服なのに、彼女の豊満な肢体したいを包むことによって扇情的せんじょうてきになってしまっている。なんか、ものすごい背徳感はいとくかんがある。


 ……うん、ダメだ。見てらんない。


 俺はリンへと視線を逃がす。


 彼女は白筒袖しろつつそでに紺色の短いはかまを着ていて、その上に赤い胸当てと大袖おおそでを装備している。RPGに出てくる東洋の剣士のテンプレ的な装いだ。戦国時代の武将が身につけている鎧の無骨さは軽減されつつ、しっかりと可愛いを演出できている。


 なにより、他の二人と比べて刺激が少ないのがいい。すげぇホッとする。


 と、俺がほっこりしていると、シエラがジーッと俺の顔を見つめていることに気がついた。


 なんなんだ? 俺の顔に何かついてるのか? 今朝はちゃんと顔を洗ったから朝食のパンくずとかもついてないはずだが?


 一瞬そう思ったが、自信はない。なので一応、手で顔を擦っておいた。それから一つ咳払いをして、思い出したように会話を再開した。


「みんな、ケガはしてないか?」

「ない」

「ええ。大丈夫よ」

「おかげさまで」

「それは良かった」


 胸をなでおろす。けれど、安心したおかげで今まで棚上げされていた疑問が脳裏に舞い戻ってきた。


 あれ? そういえば、なんでこの三人だけがここにいるんだ? マルスはどうした? それに、マルスが順当にストーリーを進めていたらミネルバも仲間に加わっているはずなんだけど?


 ふと、気になったので質問してみた。


「……君たちだけか? 他に仲間は?」

「いない」


 リンがふるふると首を振る。


「もう一人いたけど、ついさっき別れたわ」


 シエラが不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「実は私たち……」


 そこからはオフィーリアが、ここに至るまでの経緯を話してくれた。


 三人はマルスとともにヴァンパイア討伐に向かったけれど、あいつが横暴な上にアイテム管理もできないような無計画な人間だったために行軍を中断して戻ってきたようだ。そしたら、ちょうど森を抜けたところで運悪く黄牙団に目をつけられてしまったというわけか。


 返すがえす、偶然そばにいてよかったよ。奴隷として売り飛ばされていたら、どんな酷い目にあわされていたか分からなかったもんな。


 しかしマルスのヤツ、かなり傲慢らしい。きっと、そのせいでミネルバにも愛想をつかされたんだろうな。


「けど、どうしよう?」


 俺がそう推測していると、シエラが悲しそうな様子でうつむいていた。


「どうした?」

「あいつらにペンダントを盗られちゃって……。あれは母様の形見なのに」


 そういえば、シエラの初期装備にペンダントがあったな。お母さんの形見っていう設定で、他の装備品と付け替えることができなかったっけ。


 よほど大切にしていたものなのだろう。シュンとしてしまっている。自信満々で快活な彼女は見る影もない。気の毒だな。放っておくのもかわいそうだ。


「分かった。取り返しに行こう」

「え?」


 シエラが顔を上げた。目を丸くする。他の二人も同じリアクションをした。


「大事なものなんだろう? それに、あんな危険な連中を野放しにしておくわけにもいかないしな。ついでに全員、捕まえてしまおう」

「む、無茶よ」

「そうです。エリックさんがとてもお強いのは分かりましたが、彼らはこの辺り一帯で幅を利かせている大規模な盗賊団なのです。うわさでは、構成人数は100人を超えているとか。手練れも多く、エルキナの領主様が派遣した兵士たちも返り討ちにあっています。いくらエリックさんでも無謀です」

「(コクコク)」


 オフィーリアの説明にリンが力強くうなずいた。


「無茶でも無謀でもないさ。楽勝だよ」

「「「!?」」」


 引き留めようとする三人に軽く笑って見せると、俺は地面に倒れている男の一人へ視線を転じた。


「ひっ!」 


 ダウン状態の男の表情が凍りつく。


 俺は、そいつのかたわらで片膝立ちになると、詰問きつもんを始めた。


「今の話、聞いてたろ? アジトの場所を教えてもらおうか」


 俺は何度かサブクエストをやっているので、アジトがどこにあるのかは分かっている。けれど、構成員でもない俺がアジトの所在を知ってたらおかしいもんな。


 で、男からアジトの場所をき出したあとは、倒れていたヤツらを彼女たちに頼んでエルキナの衛兵に引き渡してもらうことにした。


 けれど、シエラだけは俺と一緒に行くと言い出した。自分が原因で俺を死地へ送ることになったと思って責任を感じているんだろう。残ってろと言っても、死なばもろともだといった勢いで食い下がってくる。気にしなくていいのにな。


 まあ、シエラがいて困るってわけでもないので、同行を許可することにした。


 それから、出発する前に道具屋に立ち寄って丈夫なヒモとたきぎとハチミツと大きな鍋を買い込んだ。


 これが黄牙団を壊滅させるのに役に立つはずだ。この世界で過ごした1か月の間に分かったんだが、ゲームでは不可能だった色々なことができるって判明したからな。


 シエラは、俺が購入したものを見ていぶかしげな表情をしていたけれど、とくに説明はしなかった。細工は流々りゅうりゅう、仕上げを御覧ごろうじろってね。






 

「ここだな」


 俺たちは鉱業都市・エルキナの南にある山の窪地くぼちへやってきた。丘をくり抜いてできたような、すり鉢状になったところがある。ここに黄牙団は潜んでいるんだ。


 さてと、そんじゃヤツらを捕まえるための準備をしますか。


「あいつら、どうしてこんな場所をアジトにしたのかしら?」


 俺が作業をしようとしていると、横からシエラがポツリとつぶやく。


「底はけっこう深いわよ。階段らしいものも作られてないし、これだと上り下りが大変じゃない」

「だからいいんだろ」

「どういうこと?」

さらってきた人たちに逃げられにくいからさ」

「はっ、そっか」


 シエラは得心がいったという風に手をポンと打った。


 さらに補足すると、この辺の石は踏むとジャリジャリって大きな音が出る溶岩石でできている。これは拐った人が逃げるのを防ぐと同時に、侵入者の接近を知らせる警報の役割も果たしてる。さしずめ、ここはアリジゴク。落ちたら二度と這い上がれない奈落の底だ。


 って、設定資料集に書いてあった。このゲーム、とにかく世界観が作りこまれてるんだよな。なんせ、設定資料集だけで6冊もあるんだ。あきれるほどの大ボリュームだよな。俺は全て買って、すみずみまで読破したけどね。


 おかげで、戦闘せずに盗賊たちを無力化することができる。


「さてと、そんじゃボチボチ、盗賊団壊滅作戦を決行しますか」


 俺は準備に取りかかった。


 まず大きな鍋に、付近を流れる川の水を入れてくる。


 次に、持ってきたたきぎを組み上げる。密集させず、井桁いげたの形に構築していく。中から空気が入って上昇気流ができるようにすると燃えやすいからな。


「えいっ」


 薪に手をかざして【ファイア】と念じると、手のひらから炎がほとばしった。マッチやライターがなくてもこうして魔法で火が起こせるってのは便利だよな。んで、いい感じに炭が完成したら、その上に水の入った大きな鍋を乗せ、お湯を作る。


 お湯ができたら、そこにハチミツを流し込んでよく溶かす。これで準備完了だ。


「一体、なにをしようっていうの?」

「ふふっ、すぐに分かる。さっ、目当ての連中がハチミツの香りに誘われてくるまで離れて見てよう」

「え? これで盗賊たちをおびき出そうとしてるの?」

「ははっ、違うよ。まあ見てなって」

「???????」







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