第16話 陀円《だえん》

 夜になり、暗がりに紛れて翔地しゅうちを使って、

 至落宮しらくきゅうに近づく。

 灯りを持ちながら二人の衛兵が壁の周囲を回っている。


「この暗さならいける......」


 裏手に回り、衛兵が角を曲がっていくのを見計らって、

 翔地しゅうちで壁を駆け上がる。

 壁にのり、そこから届く建物の三階の廊下に降りる。


「かなり広いな......

 教祖はやはり中央か、もしくは高いところだろうな。

 調べると相手が気を使うならばれるが......仕方ない」


 気を探ると、中央の塔に二人の人がいた。

 とりあえず四階に向かい、

 一番高い塔のようになっている部屋の壁に、

 水如杖すいにょじょうを鉤のようにして使い取りつく。

 

(......中から声がする)


 窓からそっとのぞくと、

 豪華な金の刺繍の入る黒いローブのような服を着た男と、

 女性の信徒が話していた。


陀円だえんさま。何か用があればお呼び下さい」


「わかりました。下がって下さい」


 信徒は礼をして下がる。

 

「仙人さま何用ですか?」


 そうこちらを振り返らず聞いてきた。僕は窓から部屋に入る。


「気づいていたんですね」


「少しだけ、気のことを教わっていましたのでね。

 あなたがこちらを探ったとき気づきましたよ」


 顔の整った黒い長髪の若い男は、

 こちらを振り向きながらそういった。


「あなたの目的はなんなのですか?」


「ここにこられるくらいだ。私の意図などご存じでしょう?」


「お金と人ですか」


「ええ、それもありますね」


 陀円だえんは事も無げにさらっとそう言い、

 さらに続ける。


「大勢の人を騙して信徒にして、金を得るなんて......

 そう言いたいのですか?

 ですが、私は何も法に触れることはしておりません。

 騙してさえいませんよ。薬はきちんと効くでしょう。

 彼らはあなたに、

 騙されたから救ってくれとでもいいましたか?」


「......確かにそんなことは言っていません。

 しかし、破産するほどのお金と労働を強いている」 


「ええ、彼らが自らしたいと言うのです。

 自らの罪の懺悔と救いを求めてね......」


 悪びれもせずそういった。


「......彼らの境遇をしり、

 そう言う風に仕向けたのではないですか」


 ふふっと陀円だえんは笑う。


「人は希望がなければ生きられないのですよ。

 私はそれを提示しただけ、選ぶのは本人の意思、

 それをおかしいというのは仙人だからですか?

 偉い仙人だから正しいのだと?それは傲慢というものです」 


「そんなつもりは......」


(いや、確かに仙人だからと考えがなかったわけじゃない......)

 

 そして陀円だえんは話を続ける。


「何が救いになるかはその人次第でしょう。

 彼らは神を信じることで希望を持ち救われる。

 代わりに私は金と権力を得る......何がおかしいのですか?」

 

 両手を広げ、まるで演説をするかのように、

 陀円だえんは大げさに話した。


「わかりました......

 法を破っていない限りは、勝手に捕らえることもできない。

 ただ、曇斑疫どんはんえきは、

 あなたが作り出したものですか。

 もし、そうなら......」


 僕は水如杖すいにょじょうを握る。


「どうやら私を疑っているようですが、私ではありませんよ」


「......内丹術ないたんじゅつで作った薬に効果があったのを、

 知っていましたよね。それは、たまたまだと言うのですか」 


 そういうと、目をつぶり語り始めた。


「教えてもらったのですよ。

 私が曇斑疫どんはんえきにかかり、命を失う前にね。

 曇斑疫どんはんえきは、

 内丹術ないたんじゅつで治せると......

 そして作り方も教わりました」


「一体誰なんですか」


「......灰混仙かいこんせんその男はそう名乗っていましたね」


灰混仙かいこんせん......それは仙人ですか?

 なぜあなたにその事を......」


「......さあ、気の術を使うから仙人か道士なのでしょうね。

 てすが、どちらでもいい、私はその男を信じていませんから」


 陀円だえんは冷めた目をしてそういった。


「......あなたの恩人なのでしょう」


「恩人......確かに命は救ってもらいましたよ。

 ですが、私は死にたかったのに全く余計なお世話でした」


 そう吐き捨てるようにいった。


「......私は蒼穹そうきゅうの生まれで、

 ひどい貧しさの中でも必死に生きてきました。

 それは妹が......弥英みえいがいたからです。

 あの子は私の希望でした。

 ですが、五年前、曇斑疫どんはんえきが妹を奪った......」


「それで死のうと」


「......ええ、ですが灰混仙かいこんせんは私を助けた。

 妹は助けられずにね......いやあいつだけじゃない。

 国の奴らも誰も助けてくれなかった。誰一人も......」


 そういう陀円だえんの目は憎悪に満ちていた。


(この人は......)


「もういいでしょう......お帰りください。

 それとも私を殺しますか?それでも構いませんがね」


 そういって陀円だえんは哀しそうに笑った。


(僕にはこれ以上なにもできない......)


 僕が至落宮しらくきゅうより、安楽堂に戻った二日後、

 陀円だえんは元信徒によって殺されたとの報がきた。

 

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