ひみつの遺言状


    恭子きょうこへ。



 いま、この手紙を、キミがよんでいるということは、オレは、もうこの世に、いないんだろう。


 オレは、どんなふうに、この世をさったんだろう?

 おもいがけないトツゼンの「災害(さいがい)」や「事故(じこ)」にまきこまれて死んだことは、きっとマチガイない。


 でも、たとえ、どんなにヒサンなサイゴだったとしても、オレは、このイシキがとぎれる寸前(すんぜん)まで、恭子のことをおもっていたよ。

 それだけは、ゼッタイに、ダンゲンできる。


 キミのあまいコエ、つややかな黒かみ、はにかんだホホエミ。

 オレのウデにシッカリと細いウデをからめて、あるくときの、キミのカロヤカなステップ。

 そのときオレは、世界で1ばんユウカンでシアワセなナイトになれるんだ。


 かれんなお姫さまに、心からシンライされる栄誉(えいよ)が、たまらない うれしさで。

 オレのウチガワからは、とめどない万能感(ばんのうかん)があふれだす。

 あじけないアスファルトの歩道(ほどう)に、バラの花びらが、とめどなくふりそそいで、しきつめられているみたいに見えるんだ。ウソじゃないよ。


 あ、ひょっとして、……「またフザケてばっかり」って、わらってるな?


 ああ、キミの笑顔(えがお)……。

 ふっくらしたピンク色のクチビルが、フッとゆるんで、まっしろい歯がこぼれだすのを見ると、オレは、そのたびにキミに恋(こい)するんだ。

 なんどでも、なんどでも。なんどでも恋をする。

 「恋しい」というキモチが、てんじょうしらずに、更新(こうしん)されていく。


 すきとおったクルミ色の瞳(ひとみ)が、オレには見えない、とおい世界(せかい)をふんわりと見つめながら、夢(ゆめ)見るようにキラキラかがやく。


 ねえ、もうカガミは見たかい?

 オレが なんども言ったとおり、キミの瞳、ホントウにキレイだろ?


 オレの遺影(いえい)も、もう、見てもらえたのかな?

 オレのビジュアルは、キミが心の世界におもいえがいていたのと、くらべて、どうだったろうか?

 ガッカリしてないといいけど。


 これでも、学生時代(がくせいじだい)はブイブイ言わせてたし、職場(しょくば)のパートのオバサンたちからは、アイドルあつかいされてるんだぜ?


 ああ、ごめん。「サイゴまでフザケてばっかり!」って、おこられちゃうよな……。


 ねえ、オレの大切な、かわいいかわいい、お姫さま。

 これからキミは、ひとりで、あるきださなきゃならない。


 ふたりでよく行った、コーヒーショップまでの、みちのり……ひとどおりの多い歩道橋(ほどうきょう)も、ながいフミキリも、横断歩道(おうだんほどう)も。

 オレから はなれて、ひとりで、あるいていかなきゃならない。


 でも、だいじょうぶ。

 オレの瞳が……オレの角膜(かくまく)が、キミの瞳のなかにいるんだから。

 このさき、いっしゅんたりとも、はなれない。はなれようがない。


 恭子が、ながいながい年月をへて年をとって、オバアサンになって。天国で、またオレとであうときまで。

 その瞳のなかに、ゆうかんなナイトが、よりそっているんだから。


 だから、あんしんして。

 ひとりでも、かろやかに。どこまでも、あるいていって。


 その瞳で、たくさんのモノを見て。オレのぶんまで。


 そして、いつか、オレと、おんなじくらいか、オレより、ほんの少しばかり、気になるヒトがあらわれたら、ためらわずに恋(こい)をして。


 オレをわすれてくれなんてこと、いわない。

 キミがオレを、わすれられるはずない。カガミを見るたび、おもいださずには、いられないはずだから。

 ――それくらいの役得は、いいよね?


 でも、だからって、オレは、恭子の枷(かせ)にはなりたくない。

 恭子がオレをおもいだすときは、いつだって、のびのびと自由で、シアワセでいてほしい。

 もう、キミにツエは必要ないんだから。オレの手も、もう……。


 シアワセになれよ。だれよりも。この瞳にかけて、約束だよ?

 キミに恋して、むちゅうになってる、いまのオレと、おんなじくらいに。

 キミに恋してるオレいじょうのシアワセものは、世の中にいないから。つまり、キミは、世界いちシアワセにならなきゃいけない。


 恭子がシアワセでいることが、オレのシアワセなんだ。なによりもずっと、いちばんのシアワセ。

 オレが死んでも、この気持ちは、けせない。永遠に地上にのこる。ぜったいに。

 だから、オレにすこしでも感謝(かんしゃ)してくれるなら、キミは、だれよりも、シアワセになって、オレのシアワセをかなえてくれなくちゃいけない。


 カガミを見ても、泣いたりしないで。

 どうか、ほほえんで、に向かって。


 キミの目が見えるようになったことを、オレは、キミの瞳のなかから、いつだって祝福(しゅくふく)してるから。

 オレのお姫さま。だれよりも愛してる、恭子。



    土井 知彦 (どい ともひこ)


                               」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る