ジャングルセタ

@OGANAO

第1話

 1


 ジャングル。

 熱帯雨林。

 その奥底で、この世ならざる者が呼び出されようとしていた。

 古来より定められた儀式に則って呼び出されたそれは、いわゆる人間が呼ぶところの魔界の住人であった。

「私を呼ぶ者は誰だ?」

 呼び出されたそれは、召喚主たる魔法使いの姿を探した。

 が、

「ん?」

 魔法使いらしき姿は見当たらなかった。

 だが、魔力は感じる。

 確かに魔法使いはいる。

「変だな?」

 呼び出されたそれが首を傾げた時、


 ちょいちょい。


 裾が引かれる感触。

 見れば、足元でちんまりとした何かが裾を引っ張っていた。

 しばらくの沈黙の後、呼び出されたそれは、認めたくなさそうに、そして言いにくそうに訊ねた。

「……もしかして、お前が召喚主か?」


 こくこく。


 ちんまりとした何かはうなずいた。

 オカッパ頭のちんちくりんなガキ。一言で表せばそんな外見だ。

 しかも小娘。

 インディオのように頭からかぶるタイプの服を着ている。

 だが、その眼だけが不気味な光をたたえていた。

 まるでこの世の地獄をすべて見てきたかのような眼の据わりようだ。

「こ、こんなガキに呼び出されたとは、世も末だ…」

 呼び出されたそれは、しばし呆然としていたが、

「まあよい、召喚主よ。そなたの願いを聞こう」

 ちんちくりんなガキは、首を傾げた後、

「……いや、特に願いはない」

「じゃあ何のために呼び出したんだよ!?」

 呼び出されたそれは一瞬、キレそうになった。

「……面白そうだから?」

「おいおい、そんな“このゲーム面白そうじゃん?”ってなレベルの好奇心で私を呼び出さないでくれよ」

「……じゃあ、今から考える」

「早くしてくれよ、私もヒマじゃないんでね」

「……全人類を抹殺して」

「ちょっと待て。それは禁止項目なんだ」

「……なぜ?」

 ジロリ。

 凶暴な氷の刃のような眼を向ける、ちんちくりんなガキ。

「人類が死滅しては我々が困るからだ。仕事がなくなるからな。我々の利益を確保するためにも人類を一気に殲滅するような願いは叶えられない」

 呼び出されたそれは、まったく動じずに説明をした。

「……面倒だね」

「何事にも制約とルールが付き物だ。他の願いにしてくれ」

「……地球を破壊」

「それも禁止」

「……ケチ」

「お前のスケール、破滅的過ぎ」


「……コアの回転を停める」

「ダメ」


「……北極南極の氷を全部解かす」

「却下」


「……地球規模の火山活動により地表すべてが溶岩に飲み込まれる」

「アホか」


「……すべての大陸が沈没」

「寝言は寝て言え」


「……隕石墜落」

「あれは二度とやらん、つーか全滅まではいかんだろ」


「……あんたは何もできないということだね」

「違うだろ!」


「……一つも願いを叶えられない」

「だーかーらー、お前の願いが異常なの!」

 呼び出されたそれは、天を仰いだ。

 といっても天は素知らぬ振りだが…。

「もっと慎ましやかでせせこましい、大金持ちになりたいとか、絶世の美女が欲しいとか、権力者になりたいとか、人間臭い願いを言ってくれれば今すぐにでも叶えられるっちゅうねん」

「……そんなの要らない」

 ちんちくりんなガキは、にべもない。

「んーとな、世界の支配者にしてやる、それで手を打て」

「……管理が面倒」

「意外と現実的なヤツだな」

 呼び出されたそれは、今にも襲いかからんばかりにワキワキと爪を動かす。

 だが、古よりの慣習では召喚主に直接的な暴力を下すことは下の下とされるので、それは避けたい。

 知恵比べをして出し抜くとか、騙してケツの毛まで抜き取るだとか、何としてもスマートに解決する必要がある。

 それが魔界の住人としての矜持でもある。


「世界一強い魔法使い」

「……強さの基準が分からない」


「巨人のような怪力」

「……物理法則に反している」


「不老不死」

「……あんたより強い存在に殺されたら?」


「世界一の美貌」

「……だから基準が分からない」


「じゃあ何がいいんだよ?」

「……」


「あのなー、こんなに難航した取引は初めてだ」

「……」

 ちんちくりんなガキは無言。

「疲れた、ちょっと休憩しよう」

「……じゃあウチに行こう」


 *


 ちんちくりんなガキの住処はツリーハウスだった。

 巨木が家の中をズドンと突き抜けており、ジメジメと湿っている。

「……今、茶を出す」

「意外に良い所に住んでるな」

「……飲め」

「それを言うなら、どうぞ、だろ」

 呼び出されたそれは、茶をすすった。

 茶というか、何だか深緑色のドロドロした液体だったが、呼び出されたそれ気にも留めなかった。

 すっかりくつろいでいる。

「ま、いっか。お前が願いを決めるまで、ここに居てやる。ゆっくり決めればいいさ」

「……お前、忙しいんじゃなかったか?」

「うん、帰っても面倒な仕事がいっぱい溜まってるだけだからな」

 ハンモックに寝そべって、呼び出されたそれは本を読みだした。

 ちんちくりんなガキは本の虫のようだった。本棚にはぎっしり魔道書が並んでいる。

「この機会に骨休みさせてもらうよ」

「……居座られるとは思わなかったな」

「大丈夫、空気だと思ってくれたまえよ」

 気楽に言ってから、呼び出されたそれは思い出したように訊いた。

「ところでお前の名は?」

「……セタ」

「スペイン語の“キノコ”か、変な名だな」

「……あんたは?」

「なんだ、知らんで呼び出したのか。……私はアビゴール」

「……よろしく」

 アビゴールはセタの家に居候することになった。

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