第一五話「いつもそばにいると思ってたのに、急に消えた裏切りもの」




 ずっと魂の位階の九位にあった名前が消えたとき、胸にぽっかり穴が開いた気がした。






――――――






 ざぁこ、ざぁこ、そんなに弱かったらいつか死んじゃうよ。

 けらけら笑って囃し立ててきた今までの言葉。相手の反応を楽しむためのからかい文句だったのに、もう二度と返答が返ってこないと分かってしまえば、浮かれた思いも色あせる。言葉の裏に込もっていた相手への甘えが、もうどこにも届かないと分かった途端、急に迷子になったような気分になった。



 よわよわおにい。そんなだから、活躍できないんだよ?

 冷や水をぶっかけるのが好きだった。微妙な顔になるのが好きだった。濡れそぼった犬みたいで、間抜けで、けらけら笑えた。

 ちゃんとモモがリードを引っ張ってあげないとだね、とからかい続けるのに最適な距離感だった。どこまでたっても一歩足りないところが、彼らしいと思っていた。



 名前が消えたとき、あ、死んじゃった、とあっさり思った。

 取り乱すことはなかった。泣き虫のアズのように、誰にもわかるような狼狽え方はしなかった。



 モモは失っただけ。言葉に潜めたいくつかの甘えを。

 無意識のうちの甘えだったから、思い出して数え上げていくと、想像している以上の量になってしまって。

 それが今度は持ち逃げされてしまったわけで。

 油断していたせいなのか、心の、思った以上に深い部分の、思い入れのこもったところまで。



 許さない。そんなの、ずるい。



 だからモモは、しばらく不機嫌になってしまった。

 泣き虫のアズが狼狽えるなら、モモは腹を立ててやるのだ。



 そしてだからモモは、あの日、見覚えのあるその顔に遭遇した時、心臓を鷲掴みにされてしまった。

 死んだと思った相手。もう二度と甘えられないと思った相手。よわよわおにい。いつもそばにいると思ってたのに、急に消えた裏切りもの。



「どちらさんですか、ではこの辺で」



 どちらさん、だって。

 自分は、モモは。

 残されたこっちが、どんな思いだったと思って。

 そんなことも知らずに、さっさとどこかに行きやがって。



 何もかもを伝える前に逃げ出してしまったせいで、喉まで出かかったいろんな感情が、行き場を失って爆発しそうになった。

 爆発しないかわりに、心臓が思い切り暴れたような気がした。








――――――






 そんなことを思い出すのが――死ぬ直前になるなんて。



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