第九話「じゃあずっと俺の代わりにご飯作ってくれる?」


 八十一日目。

 そろそろクロエのために探索者用の必要道具を買い揃えようと考えて、再び開拓都市アンスィクルに入ったところで事件が起きた。

 入り口付近に、顔を合わせたくなかった奴がいたのである。



「てめえ、雑魚の癖しやがって、この俺のことをコケにしやがったな……!」



 B級冒険者の筋肉ダルマである。面倒くさい恐喝をしてきたという記憶はあるが、名前はよく覚えていない。

 正直あんまり面倒なことに巻き込まれたくないので、やり過ごせるならやり過ごそうと思っていたのだが。



 それにしても、あれは相当怒ってるな。人の顔ってあんなに真っ赤になるんだな。

 などと呑気なことを考えていたら、横からつんつんと肘で突かれる。



「他人事って顔ですわね……? ミロク、貴方のことでしてよ?」



「――クロエ! てめえは絶対にこの俺、ビル・バクスター様が叩き潰す!」



「え、私!? 私ですの!?」



 目を丸くして驚くクロエ。まさか私に激怒してるなんて、と意表を突かれた様子であった。

 助けを求めるようにこちらに視線を投げかけてくるが、俺もとぼけておく。



 心当たりはある、多分俺の落書きだろう。



「……あー、ひとまず話し合おうぜ、伝説のバブちゃん」



「てっめえええ! 俺はビルだっつってんだろうが! 今度そのふざけた侮辱を口にしたら――ぶっ殺す!!」



 爆発する怒声。煮えたぎる憎しみを腹の底からぶつけてきたような大声だ。距離があるのにうるさい。

 隣でクロエは「え? え?」と顔に疑問符を浮かべていた。



「あー、今度いい店・・・を教えてやるから、ここは見逃してくれないか?」



「ぶっ殺す」



 俺の一言が皮切りとなった。

 大剣を片手に、恐ろしい速度で駆け出すビル。

 戸惑うクロエ。

 一触即発の空気。

 こうあっては仕方がない。



「顔面をぶん殴れ、そのトンファーがあればいける。あとは任せた」



「え? え? え? え?」



 ほとんど泣きそうな顔でおろおろしてるクロエの肩を叩いて、俺は高みの見物に回ることにした。



 肩を叩きがてら、ありったけの付与魔術を彼女にかける。才能スキル才能の欠片スキルポイントを渡すのではなく、本来の使い方としての付与魔術。

 かつて俺が【瑠璃色の至宝】と謳われるほどに極め上げた付与魔術が、クロエの能力を大幅に底上げする。



(その爆炸機構のトンファーロッドでぶちかませ、カートリッジは魔力十分のはずだ)



 急速に詰まる二者の距離。

 高まる緊張感。

 そして激突。



 甲高い金属音。

 飛び散る火花。











 なりふり構わぬ一撃が、大鐘楼の鐘のように鈍い轟音を響かせる。



 切りかかってきた大男の大剣は、刀身からばっきりと二つに割れて、それでも受け止めきれないほどの大きな衝撃が大男を襲って――ついに大男を建物二階ほどの高さまで吹き飛ばしたのだった。











 八十二日目〜八十八日目。

 物凄い勢いでクロエに怒られた。彼女は半泣きだった。

 自分よりも図体の大きな男が、鬼気迫る顔で詰め寄ってきて、大剣を持って切りかかってくるなんて、といかに怖かったかを詳らかに語ってくれた。



「でも空高くまで吹き飛ばしただろ? 一撃であの筋肉ダルマ野郎を沈めたんだよ。ほら余裕だって、怖がるなよ」



「もう無理ですわ、もう無理、街にもう入れませんわ……ああ……」



 すっかりトラウマになったらしい。そのままの勢いで、もう絶対にベッドから出ませんわ、なんて子供みたいな宣言をされてしまった。



「もう二度と何かと戦ったり、怖いことはしたくないですわ……」



「じゃあずっと俺の代わりにご飯作ってくれる? そうなっちゃうけどいい?」



「……え、ど、どういう意味ですの?」



 あ、ちょっと言い方が悪かったかもしれない。誤解を招きそうな言い回しだったので訂正を入れる。



「冒険者ともなれば、さっきみたいな戦いは付き物だ。避けては通れない道だ。あれぐらいでビビってたら何もできないぞ」



「じゃあ私は何もできないですわ……ご飯だけ作りますわ……」



「寝てばかりだと豚になるぞ」



「ぶうぶう」



 まさかの豚を選んだ。

 こいつ貴族令嬢なんだよな? と疑問が頭をもたげた。



「あー、一応言っておくと、あのB級冒険者なんだが、お前に対して相当頭にきてるみたいで、次会ったら今度こそぶっ殺すと喚き散らしていたな」



「ぶひー!」



「喋っていいよ」



「はっきり言ってミロクのせいでしょう!? 私の名前を勝手に使ってあんな挑発するなんて、何勝手なことをしてますの!?」



 正論だった。何も言い返せない。



「やっぱ豚に戻って」



「ふざけてないで何とかしてくださいまし! 私、もう怖くて街に出かけられないじゃないですの!」



「無視していいんじゃない?」



「できませんわ!」



 か弱い乙女を全面に出して、クロエはすっかり臆病になっていた。あのB級冒険者を一撃で気絶させたのは、他でもない彼女の実力なのに、何度そう伝えても全然安心してくれない。

 むしろ、今度会ったら許してもらえるまで謝ろうと思っているらしい。

 度し難い。



(あんな奴、いつでも蹴散らせるのに。そんなに神経質にならなくてもいいんだけどな)



 結局この一週間は、怖がる彼女を無理には外出させず、小屋に待機させておいた。

 ちょうど全身の瘡蓋になっている場所の治療の期間としても都合のいい期間だったので、不自然な器質部位の切除も行った。

 癒着した線維性組織を切りほぐし、不自然なひきつれを改善させる。くぼみの部分は、針をちくちくと刺して治癒を繰り返す。彼女の傷跡は、僅かずつ快方に向かっているように見えた。











 ※※※











 どうしてこうなった、とB級冒険者ビル・バクスターは頭を抱えていた。

 少なくとも数日前までは、自分はこの街でも一歩抜きんでた冒険者だったはずである。



 開拓都市アンスィクルといえば、王国屈指の難関ダンジョンがそばにある有数の迷宮スポットであり、この地に集まる冒険者たちもそれなりに腕に覚えのあるものばかりである。

 そのアンスィクルにおいても、ビルは決して弱い冒険者ではなかった。むしろ恐れられるような存在であった。



 豪放磊落。野蛮で猛獣のような男。

 強欲で粗暴だが、貢物さえちゃんと渡せば色々と融通が効く。

 良くも悪くも、ビル・バクスターはこの地の顔役の一人だったのだ。



 それがこのざまである。ぽっと出の謎の冒険者にはリーダーボードのランクを抜かれるし、その中の一人にちょっかいをかけようと思ったらおちょくられて逃げられるしで散々である。

 言わば顔に泥を塗られた形である。単なるB級冒険者ではなく、長くに渡ってこのアンスィクルの名を代表する冒険者だった荒くれ物のビルからしたらたまらない。



 もちろん、怪しい奴らは血眼になって捜し回った。ここのところ開拓都市アンスィクルに入ってきた冒険者たちは軒並み締め上げた。

 この俺がビルだと、体をもって分からせたのである。

 ただ一人、謎の女クロエを除いては。



「くそがっ……! 俺様が誰なのか、分からせてやらねえと……!」



 折れた愛剣を眺めながら、ビルは気炎を吐いた。絶対に許すまじ。先にちょっかいをかけたのはこちらだが、そのお返しにしてはやつらはやりすぎた・・・・・

 この街に長く君臨し続けてきた貢献者のビルと、ぽっと出の冒険者とでは違うのだ。



 開拓都市で好き放題やってきたビルだったが、今に至っては積み上げてきたものを失いつつある。

 威厳。名声。権力。

 もはや地に落ちた、として取引を断られたり足元を見られたりするのが、これほど屈辱的だとは思わなかった。少し前までは対等以上の扱いだったのに、今や格下の扱いである。

 何もかもが気に食わない。



 全てはあの、ふざけた女のせいである。



「俺様が誰なのか、分からせてやる……」



 そう、この名はビル・バクスター。不死身の名にふさわしく、何度でも立ち上がる男。諦めの悪さならば、何人たりとも敵わない。

 暴力的だが野獣のように逞しい、まさにこの地を体現したような男――彼は自分に言い聞かせる。

 目的のためならば、なりふり構わない恐ろしさが、今の彼には宿っている。



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