第四話「ガチャの祭壇、か。試してみるのもありだろう」



 まずはクロエの顔を受け入れてもらえそうな街を探す。

 そして、冒険者ギルドで冒険者登録を済ませる。

 あとは実績をたくさん積んで、社会的信用度を高める。



 正式な冒険者としてある程度の実績があれば、これは疫病ではなく毒にやられたのだと説明しても、信用してもらえるだろう。



「というより、殆どそれ以外に道はない。それ以外には、然るべき相手にお金を積むか、顔を完全に治すかしかないけど、どちらも今は困難だ」



「……っ」



 かなり無神経な提案だったことは認める。口にした瞬間、俺は少しだけ後悔した。

 言うなればこれは、お前の顔はやっぱり酷いと伝えているようなものだ。

 俺の思いつきが彼女の心の傷をえぐってしまったことは、一目瞭然だった。



(でも、こう言うしかないんだよ。ごめんな)



 無神経な物言いであったのは事実だろう。だが、お前の顔は絶対治るとか白々しいことを言うのも気が引けた。



「……もうしばらく一緒に冒険しよう。顔が治らないか色々なことを試そう。それでも駄目だったときのために、冒険者として生きていけるように技術を教えていくから」



 袖振り合うも多生の縁である。

 俺だけこんなに施されてもらっておきながら、ここで彼女を用済みだと見捨てるのは虫が良すぎる話だと思った。



 目元に涙を浮かべていたクロエは、しばらく何も喋らなかった。





















 十日目〜十三日目。

 そろそろ服が臭くなってきたので着替えることにした。

 集落で着替えの服を調達できたのはありがたかった。



 後で知ったことだが、貴族令嬢である彼女の服はとても高価なものだったらしい。貴族からみれば安物のお下がりだったらしいが、かつては伯爵夫人が袖を通していた古着だといえば、その価値も伺い知れよう。(新品だった当時は、これ一着で魔術学院の学費一年分に相当する金額だったらしい)



 冒険に連れ出して、魔物の肉の解体やら落とし穴の作成やらに付き合ってもらったのが急に申し訳なく感じてきた。

 そうだと知っていれば、小屋にずっと待機してもらっていたのに。



「服だけ脱いでついてこいということかしら? ひどいお方ね」



 彼女曰く、冒険に付き合うほうが気が紛れて楽しいとのこと。一人でじっとしていると、あれこれ考えなくてもいいことを考えてしまうとも言っていた。



 その受け答えの中に、今まで打たれ弱いだけだと思っていたクロエの心の強さを垣間見た気がした。





















 十四日目〜十六日目。

 スキルポイントが溜まってきたので、治癒魔術を手に入れた。同時にかなりきついことをした。

 クロエの顔の疱瘡を、加熱したナイフで削ぎ落として治癒していく作業である。



 直前に熱したのは殺菌消毒のためである。加熱後冷やしたナイフで疱瘡に切れ目を入れていき、内部に溜まった組織液を清潔なガーゼを押し当てて拭き取る。



 あとは患部に軟膏を塗り、治癒魔術を繰り返し発動して、疱瘡部位を癒やしていく。



(恐らく望みは薄い。毒を盛られる前の綺麗な顔と比べると、どうしてもあばたが残った顔になるだろう)



 一般的に、皮膚の広い範囲に渡って傷ができたときは、かさぶたができたのち、膠原線維や結合組織に置き換わって患部が治癒する。(これを器質化という)

 ただし器質化した皮膚は、元々の組織の正常の皮膚とは違って汗腺や脂腺がなく、表面がつるりとしてやや光沢があり、突っ張ったような肌の張り方になる。



(雨が近付くと傷跡が痛むという人がいるけど、彼らの場合は、器質化して突っ張っている肌が敏感に反応しているわけだ)



 幼少期によく転んだ子供は、膝や脛にそういった傷跡が残っていることが多いが――クロエの場合は、これが顔にできてしまうだろう。



(もしもそれが小さな器質化だったら、周囲の正常な皮膚を引っ張って縫い合わせるだけでよかったけど……これだけ広範囲だとな……)



 そもそも顔の皮膚は余りがほとんどない。引っ張って周りから集める余裕がないのだ。

 現実的には、彼女の場合だとお尻の皮膚などを植皮して治さないといけない。



(もちろん器質化したからと言って希望がなくなったわけではない。治癒魔術を当て続けたら皮膚の下から新鮮な皮膚が出てきた、なんて与太話もある……)



 藁にも縋る思い、というやつだ。植物軟膏と治癒魔術が効くことを祈るしかないだろう。



 なお、施術は顔だけではなく全身に渡った。

 毒のせいか、リンパ線を中心に不気味なあざ黒い疱瘡が広がっている。ナイフでそれらを削ぎ落し終わった頃には、クロエは額いっぱいに玉のような汗をかいていた。相当痛かっただろう。悲鳴を上げなかっただけ立派である。

 あまり裸のまま放置すると可哀想なので、ガーゼと包帯を手早く巻いて、清潔な服に着替えさせた。











 ミロク

 Lv:8.49→14.72 Sp:0.41→13.11→1.11

≪-≫肉体

 ├免疫力+

 ├治癒力+

 ├筋力++

 ├視力+++ new

 ├聴力++ new

 ├嗅覚

 └×(味覚) 

≪-≫武術

 ├×(短剣術)

 ├棍棒術+

 ├盾術+

 └×(格闘術)

≪-≫生産

 ├道具作成

 ├罠作成++

 └鑑定+

≪-≫特殊

 ├魔術言語++

 ├詠唱+

 ├治癒魔術+++ new

 └付与魔術++++++++





 クロエ

 Lv:6.22(24)→6.81(9) Sp:1.83→3.24→0.24

 状態変化:腐敗 免疫欠乏 皮膚疾患 呼吸障害 視力× 味覚× 嗅覚×

≪-≫肉体

 ├免疫力+++

 ├治癒力+++ new

 ├視力++

 ├嗅覚+ 

 ├味覚+

 ├不死性+++

 └異常耐性(毒+ / 呪術+++)

≪-≫生産

 └裁縫+

≪-≫特殊

 └吸魂+++++++











 十七日目。

 今日からしばらくは、探索は一人である。全身の傷が快癒するまで、クロエを無理に外に連れ出すつもりはなかった。感染症のリスクは避けておきたい。



 数日ぶりの一人の探索である。

 そろそろ魂の器レベルも高くなってきたので、もう一度吸魂魔術を使ってもらおうかな、と考え始めたころに、それは見つかった。



 森の中にあった謎の祭壇――【喜捨の祭壇】。

 奇妙なことに、古代ドラグロア言語で刻印された喜捨の文字の上に、振り仮名がつけてある。



(……がしゃ? なんだそれは。きしゃと読むんじゃないのか?)



 がしゃ。

 あるいはがちゃ。



 竜言語ドラグロアは、歯がギザギザに尖っていて舌の作りも違う竜人たちの言葉である。そのため時代によっては無声後部歯茎摩擦音(∫)や無声後部歯茎破擦音(t͡ʃ)の区別が曖昧である。



 古代ドラグロア言語を操るのは竜人族であるので、詳しくは彼らに聞かないとわからない。一般的な学術用語としての知識しか持っていない俺には、これ以上を読み解くのは難しい。



 祭壇近くにある碑文を読み進めても、ところどころ肝心な部分が欠けていて読めなかった。わからない部分については、ひとまず手記に模写を行っておきつつ、分かる部分だけを解読する。



(汝、才能の欠片を……に捧げよ。そうすれば、……より、新たなる……を授けられん)



 碑文の文章は不完全だ。

 だが、穴開きの部分に何を書いてあるのかはいくつか予想ができる。

 武器。知恵。天啓。奇跡。

 おそらくはそれらに類する言葉が入ってくるのだろう。



 才能の欠片を捧げることで【何か】を授かることができる祭壇。

 一体何が手に入るのかは皆目不明である。



(……ガチャの祭壇、か。試してみるのもありだろう。今のところ、魂の器レベルを吸魂魔術で下げることで、才能の欠片スキルポイントの調達には困っていないしな)



 かつての勇者パーティでの出来事を思い返す。



 迷宮の中で見つけた祭壇は、捧げものと引き替えに特殊な力や奇跡を発動するものが多かった。

 装備品の呪いを解除してくれるもの。次に向かうべき場所を教えてくれるもの。ただ単に真水が湧き出るものもあった(飲水の確保ができてありがたかったが)。

 俺が治癒魔術を取得しているのも、【治癒の祭壇】に捧げ物をしたからである。



 今回もきっと、祭壇に捧げ物をすれば、何かしらの施しが返ってくるという確信があった。



 余っていたスキルポイントを一つ祭壇に捧げる。

 捧げるといってもどうすればいいのかちょっと苦戦したが、いつものように付与魔術で人に付与するようにして魔力を流し込んだ。







 ミロク

 Lv:14.72 Sp:1.11→0.11







 才能の欠片が喪失する感覚。



(というか、このがちゃ? って、付与魔術使える人じゃないと使えないんだよな……才能の欠片の捧げ方を知らない人じゃ使えないんだから)



 才能の欠片の捧げ方を知っており、そしてわざわざ才能の欠片を失うというのに、祭壇に捧げようとする奇特な人物。

 果たしてそんな人物なんて、一体この世の中に何人いるのだろう。もう少し言うならば、この隠し迷宮【喜捨する廉施者】を見つけた人の中で、という制限がつく。



(……あの小屋を作った人を除けば、もしかしたら俺が初めてこの祭壇に足を踏み入れた人物なのかもしれない)



 などと考えていると、急に祭壇が輝きを一層増した。

 目がくらむほどの強い光を放った後、力の渦がその中央に集まる。一体何事か、と目を細めながら観察しようとした瞬間、胸に鋭い衝撃が走る。



 貫かれた。

 何に。

 光にだ。



 その光は、祭壇から俺の胸に伸びている。



(あ、やば、死)



 胸から力が流れ込む。

 めきめき、と内側から何かおぞましいものが木の根を張りめぐらすような異常な感覚。

 痛みはない。

 が、自分が作り変えられていくような不快感が強烈であった。



(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい)



 脳が警鐘を上げている。心臓が早鐘を打っている。

 このままだと自分が侵食される、という恐怖がぞわりと背中から沸き立った。

 汗が吹き出る。呼吸が乱れる。



 ぱきり、と自分の中の何かがひび割れたような音がした。



(!? ス、ステータスオープン!)



 もはや本能だった。

 自分を急いで確認しないと。何かあれば応急処置をしないと――。











 ミロク

 Lv:14.72 Sp:0.11

≪-≫肉体

 ├免疫力+

 ├治癒力+

 ├筋力++

 ├視力+++

 ├聴力++

 ├嗅覚

 ├×(味覚) 

 └造血 new

≪-≫武術

 ├×(短剣術)

 ├棍棒術+

 ├盾術+

 └×(格闘術)

≪-≫生産

 ├道具作成

 ├罠作成++

 └鑑定+

≪-≫特殊

 ├魔術言語++

 ├詠唱+

 ├治癒魔術+++

 └付与魔術++++++++











(……造血? えっと……これは……何だろう)



 新しく得られたスキルは、造血。

 貧血になりにくそうなスキル名である。

 役に立つかと言われたら、役立たないわけではないが、さほど活躍するというわけでもなさそうな、絶妙なゴミスキルっぽい予感がした。



 どこかで誰かに嘲笑われているような気がした。

 間抜けな声でげこげことカエルが鳴いているのが、やけに耳に大きな音のように聞こえた。











 ※※※











 後で分かったことだが、この【喜捨ガチャの祭壇】は、はっきり言って外れスキルばかりを寄越す祭壇だったらしい。



 喜びを捨てて臨むべし、ということなのだろう。

 あるいは、神様に賽銭を投じるような、捨て金をする気持ちで臨めということかもしれない。



 せっかく貴重な才能の欠片スキルポイントをつぎ込んだというのに――と色々と納得がいかないながらも、しばらく俺はこの祭壇にお世話になるのだった。




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