可愛い

 俺が5歳になる誕生日パーティー。その時の服装はもちろん女性物ではない。なのに――


「あら? 貴方どうして男の子と同じ服装をしているの?」

「もしかしてお兄様のお下がりなのかしら? 私が一度着たものならあげても良いのだけど、今から間に合うかしら?」

「でも、この服……新しく仕立てられているわ。色も飾りも今の流行を取り入れているもの」

「本当ね」


 今思えばただの親切心だ。第一王子の誕生日にちゃんとしたドレスを着ていなかった者を心配していたのだろう。


 その時、俺が正体を明かしておけばよかったのだろう。だが、母上たちを待ちきれず、まだお披露目前だったというのもあり、俺はパーティーにお忍びで参加していた。

 だから彼女たちに何を言われても、言葉を濁し続けていた。それもよくなかったのだろう。


「こんなに可愛いのに、可愛そう……」


 次々と言われた言葉。なぜ可哀想なのか? この服は母上も誉めてくれた。俺も気に入っている。

 なのに、どうして俺が不憫に思われているんだ? 俺が可愛いからなのか? なら、可愛いなんていらない……。


 『可愛い』は母上からの褒め言葉であり、好きな言葉だった。けれど、この日から『可愛い』は俺にとっては1番嫌な言葉に変わった。


「可愛いなんていらない! 凛々しい、かっこいいしか受け付けない!」


 子供だった。可愛いと言わずに、凛々しい、かっこいいと言え。

 そういうつもりで言ったのだ。だが、この言葉が1人の少女の人生を変えるきっかけとなったとは思いもしていなかった。


「えっと……『婚約者に可愛い人はいらない、凛々しくかっこいい人だけだ!』ではなかったのですか?」

「さっき話した通りだ。婚約者の話しはしていないぞ?」

「…………」

「…………」


 沈黙が続く。アイリスは目線を左右さまよわせ……慌てるように両手で顔を隠した。

 

「…………恥ずかしいです……まさか、聞き間違い……だったなんて」


 指の隙間からアイリスが顔を真っ赤にしているのが見えた。

 だが、まさかアレを聞かれていただなんて。それも、原因だとは思ってもいなかった。


「……マリー」

「王妃様、流石に10年以上前の人物を特定するのは不可能に近いですよ……」

「では、一つだけ……、あーちゃんが可愛いと言われてあまり嬉しそうにしなくなった原因は……」

「確実にコレがきっかけですね。加えるならば、殿下が『私』ではなく『俺』と言うようになった原因もこれですね」


 マリーがまた余計なことを言った。あの時の令嬢(俺も誰だか覚えていない)を見つけるのは現実的ではないと判断して諦めていた母上が、何かを考え始める。


 マリーが俺を見て、何かを言いたそうにニヤニヤしているが、甘い。


「ではマリー、当時の記憶を頼りに怪しい人物をリスト化……できれば特定までよろしくね」


 当然のように無理難題を要求する母上。

 

「……えっ、ちょっ……王妃様……?」

「よろしくね」

「……はぃ」


 母上の圧力には流石のマリーでも敵わない。意気消沈しながらも、最後は小さく肯定した。


 ふっ、母上を焚きつけた事を後悔するがいい。それと俺をからかおうとした事を反省するがいいさ!


「アインも手伝ってあげてね」

「……ぅぇっ!?」

「よろしくね」

「いや、でも、お……私は覚えてな……」

「よろしくね」

「……はぃ」


 マリーが燃やした火はとても大きかったらしい。俺にまで火の粉が飛んできてしまった。

 

 冤罪を生まず、母上が納得するような理由を考えないと。……はぁ。

 母上にバレないように内心でため息をつき、チラッとマリーを見る。すると、真剣な顔をして頷いた。今回ばかりはちゃんとするらしい。


 ……はぁ。どうやって丸く抑えようか


 今度はマリーと2人して肩を落とした。その光景をクスクス笑う2人の姿を俺は……、俺たちは気がつくことはなかった。

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