決着

 母上の言葉に膝をつきそうになるも、なんとか耐えきった。ドレス姿で膝をついてしまえば必ず日数が増える。そう確信しての行動だった。


「まあ、そう拗ねないの」

 

 母上にそう言われるが、別に拗ねてはいない。これから先の1週間に嫌気がさしているだけだ。はぁ。


「それよりも、どうして母上は私を呼んだのでしょうか?」


 この場で『俺』と言うヘマなどしない。丁寧に頭で言葉を組み上げ、ゆっくりと告げる。

 

「そうね、今日はルーカスの事を伝えておこうと思って、気になっていたでしょう?」

「……はい」


 気にならなかったわけではない。が、俺もいろんな事があったせいで考える余裕がなかっただけだ。


「ルーカスは北の砦に訓練と称して連れて行かせました。本当は最北の所まで行かせようとしたのですが……」


 そこまで言って母上は不満げに父上を見る。父上は居心地悪そうに目を逸らしていた。


 本当に最北まで行かせようとしていた事に驚けばいいのか、父上の意見も少しだが取り入れた事に驚けばいいのか、反応に困る。


 母上はやると言ったらやる人なので、もしかしたらとは思っていた。だが、自分の息子。正直もう少し甘めにすると思っていた。


「どこかの誰かさんが今まで甘めにし過ぎていましたからね」

「君だってアインを甘やかしていただろう」

「私は甘やかしてなどいません」


 母上からは色々と教育されたものだ。姿勢から始まり、勉学、武術など多くのことを厳しく教えられてきた。


「貴方は『甘やかす』と『甘えさせる』の意味の違いをわかっていません。貴方がしているのはルーカスをわがままにしただけです。だからこそ、今ここで正さないといけないのです」


 母上もルーカスの事を思っての行動だった。それがわかるからこそ、父上もこれ以上なにも言わなくなった。


 こうして俺とルーカスとの決着は、ルーカスを遠い地で教育し直すという形で終わりを告げた。

 後はあいつが帰ってくる頃に今のような自己中心な考え方をしていないようにと願うだけだ。


「あの性格がそうそう治るものでしょうか? もしかしたら、今回のことで余計に捻くれて、よりめんどくさ……うるさ……騒がしく……いえ、何でもありません」


 ソファで並んで座っている時に、ふと思い出したルーカスの件をアイリスに伝えると、彼女はこんな不安な事を告げた。何度か言い直そうとしたが、結局アイリスにとってルーカスは面倒な奴ということだろう。


 一度はルーカスにアイリスを任せ、身を引こうと考えたが、今では少しもそんな事は思わない。むしろ過去の俺をぶん殴ってやりたいと思う。


 俺は手放そうとした今の幸せを噛み締めるために、そっとアイリスの手を握った。すぐに握っていた手が強く握り返される。それだけでお互いが思い合っているのを感じ、この幸せを守るために明日も頑張ろうと思える。


「あっ! そういえば……」


 アイリスは何かを思い出したようにパッと手を離し、何かを持ってきて俺に差し出した。


「アイン様、明日はこのドレスを着て欲しいです」



 ……頑張るのはまた今度にしよう。


 俺の決心は一瞬にして砕け散った。

 

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