20、水瀬愛は人気

「よろしければどうぞー。見てくださいねー」

「ありがとうございます」


俺と対面でポケットティッシュを配っている水瀬さんは愛想笑いを浮かべるのが上手でドンドンカゴのストックが減っていく。

さすがは『ギャルはみんな友達なギャル』の信念を持つ水瀬さん(偏見)は人当たり良く微笑むのが上手なようだ。

ギャルで赤いチップを爪に貼り付け、派手な金髪にしているのに、どこか清楚にすら思えてくる不思議な人である。

こんな人が、『教室で男子に舌打ちしている』と吹き込んでも、半分くらいの人は信じないだろう。

それくらい水瀬さんが優等生に見えてくる。


「ふーっ……。とりあえず人の波が途切れたわね……」

「10分近く人の出入り多かったね」

「ほんっとっ、人の動きってムラがあるわねぇ……」


水瀬さんがポケットティッシュが詰められたカゴを持ちながらグッと身体を伸ばした。

慣れない仕事に、彼女も疲れが溜まっていたようで、小さくストレッチをはじめていた。


「お疲れ様水瀬さん」

「あぁ。メガネもお疲れ様」

「うん」


水瀬さんとの距離が縮まったからなのか、単にデパート内という公共の場からなのか。

舌打ちの数は極端に減っていた。

自分が今コウの姿をしているのか?と疑問になるが視界に黒い前髪があること、メガネの感触があること、そもそも水瀬さんが俺をメガネと呼んでいることの3つが確認されているので平山剛であることに間違いはなさそうだ。


「にしてもさぁ、メガネ……」

「う、うん……。言いたいことはわかるよ……」

「お前からポケットティッシュもらってくる奴、少な過ぎね…………?」

「だから言いたいことわかるって言ったよね!?」


水瀬さんは補充を3回ほど繰り返したのに対し、俺は未だに補充は0。

7人からしか受け取ってもらえなかったのだ。

テキパキ動く水瀬さんの向かいで、暇してる奴みたいに思われているのだ。


「てかそもそもさ、あんまりお客さんがメガネの近く通りかかんないんだよね。おいおい、サボタージュしてんじゃないよっ!」

「サボタージュなんかしてないのわかってるよね!?ずっと対面で仕事してたんだからさっ!」

「よし、ならポジションチェンジしよ。もしかしたらわたし側を通る人が多かったからかもしれないしね」

「良いよ!俺が忙しくなったら場所が悪かったってことだからね!」


水瀬さんの提案を飲み、先ほどまでたくさんのお客さんが通りかかった水瀬さんがいたポジションを陣取り、逆に人の通りがガラガラだった俺の場所に水瀬さんが立つ。


「お?ほら、ちょうどお客さんが来たわよ」


小声の水瀬さんに小さく頷きながらお互いにポケットティッシュを右手に持つ。

バリバリなキャリアウーマンなオーラを漂わせたOLがデパートの外に出ようとこちらに向かって歩いてきていた。

しかも、俺側付近を歩いている。

やはりポジションが悪いだけである。

目をキラッと光らせて、その女性をロックオン。

ポケットティッシュを配る体勢にする。


「よろしければどうぞー。見てくださいねー」

「ありがとー」

「………………………え?」


わざわざ水瀬さん側に近付き、ポケットティッシュを受け取ったOLの態度に心の底から傷を負った……。


「……………………!」


無言でドヤッってしている水瀬さんのマウント取りが悔しすぎた。


「ダメじゃんメガネ。やっぱりその怪しい風貌の前髪じゃ人は近寄らないわよ」

「いやいやいや、OLは女性だからね!水瀬さんの方が安心出来るんでしょ。女性専用車両とかに乗る人は水瀬さんからポケットティッシュを受け取りたいんでしょ!絶対あの人、女性専用車両とか乗るタイプだわー。絶対、女子校通ってたタイプだわー」

「あら?次は男子中学生のイケイケグループが来たわね。これは流石にメガネに軍配が上がるかな」

「煽ってやがる!ふふふっ、男子中学生の考えてることなんか誰よりわかる俺だ。さすがに俺から受け取るはずだ」


サッカー部かバスケットボール部かはわからないが、イケイケのDQNそうな生意気な顔した下ネタのことが大好きそうな学生6人グループもデパートの出口のこちらに向かっている。

さぁ、こっちに来い!

ポケットティッシュを渡してやる!

しかも、水瀬さんは1束しか渡さないが、俺から受け取ると2束もらえる。

残念ながら俺から受け取るとメリットしかない。

準備万端な状態で男子中学生集団が俺と水瀬さんの間を通り抜けていった。


『な、なぁ。あのギャル姉ちゃんめっちゃ美人じゃね?』

『あぁ!すごく良い匂いがしたよ』

『色気が凄くて、息子がたちそうになったよ……』

『手もキレイだったなー』

『俺、あのギャル姉ちゃんの手に触れちゃったし、ありがとうって微笑まれたよ!』

『あのだっせぇメガネのワカメ前髪とか陰キャじゃん。沢村ヤマとか好きそう……』

「…………あんのクソガキ・マセガキ集団めーっ!お前らには部活の大会1回戦コールド負けの呪いをかけてやるぅ!呪ってやる!呪ってやる!呪われろ!彼女の前で大恥かいて振られろっ!」

「あははははははは!メガネってやっぱおもしろっ!」


6人が6人、全員が水瀬さんに近寄りポケットティッシュを受け取っていった。

バラバラに歩いていた6人が、いきなりカルガモ親子みたいに横1列になり水瀬さんに近寄った時はもうコメディなコント番組でも見ている気分になっていた。


「ま、まぁあの年頃はみんなJKにポケットティッシュを欲しがるでしょ。俺でもそうするよ」

「変わり身はえーって」

「ああいう男子はジャ●ーズとか三代目とか嫌いなタイプと見た!」

「お前にジャ●ーズ要素も三代目要素も皆無だけどな……」


相変わらずの酷い言い様である。

次は誰か来ないかとポケットティッシュを準備していると、ウチの学校の見慣れた女子ブレザーを着込んだ女性がこちらに近付いてきた。

彼女が目の前に来た瞬間、ブレザーどころか顔も見慣れた女であった。


「やっほーん。剛が本当にデパートでポケットティッシュ配りしてるー!ウケる、ウケる。写メって親友に送っておこ」

「なんだよ澪かよ」

「なんだよは酷いじゃん。保護者な私が弄り……様子見に来たのにさ!」

「弄りに来たんだよなぁ!?」


別クラスの幼馴染である桃田澪が面白いもの見たさにボランティアをしている俺のところに現れたのであった。

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