18、水瀬愛の運

ボランティアの相手がまさかのまさか。

隣の席に座る舌打ちクイーンの水瀬愛さんとのコンビが結成してしまったのである。

クラスで仲が良い奴なんて片手で数えられる程度しかいない俺ではあるが、クラスメートで苦手な人上位に来る水瀬さんだったのは色々な意味で困惑する。


お互い目を見つめあって、パチクリしあった。

水瀬さん、黙っていればまつ毛長いし美しい。

それに左目下に付いている泣き黒子が同い年でも年上のような印象を抱かせる。

年上好きな俺としては、意識せざるを得ないくらいに顔は本当に好みドンピシャである。


「よ、よろしくね水瀬さん。一緒にボランティアをやり抜こう」

「ちっ……。仕方ねーなー……。せ、先生が言うなら仕方ない。本当に仕方ない。メガネと組むしかないか……。仕方ないな」

「う……」


当て付けのように『仕方ない』と連呼されてはこちらも気が引いてしまう。

お隣さんなんだからもうちょっと会話が弾むと良いんだけど……。

平野コウ状態で絡む水瀬さんは本当に楽しいのだけれどね。

そのギャップがまた、変身していて楽しいところではある。


「ぼ、ボランティア頑張ろうね!おー!」

「おー……」

「あははははは……」

「てか、あんたボランティア楽しみなの?」

「いや、全然」

「なにそれ!?ウケるー!メガネの態度ウケるぅ!」


「ふっふふふふ」と水瀬さんが口元を押さえて柔らかく微笑んだ。

滅多に舌打ち以外の反応しか飛んでこないのだが、たまに不意打ちのように見せる顔が好み過ぎて心臓がドキドキと高鳴ってしまう。


「さてさて、ボランティアのコンビについては決まりだ。それで、次に決めるのは場所だな。どこでボランティアをするかだな。野外にあたった場合、雨天決行だからカッパ着てやってもらうからなー」

『えーーーー!?』

「大丈夫だ。安心しろ!基本、野外の方が少ないからな!」

「なんの大丈夫だよっ!」

「中途半端な仕事してんじゃねーよっ!」

「雨降ったらお前をてるてる坊主にして教室の窓から縄で吊るしてやるからなーっ!」

「ハハハハハハハ!そんなに元気があるなら雨降っても風邪なんかひかんなっ!杞憂だよ、杞憂!」


大ブーイングが担任教師に振りかかるが涼しい顔をして避けていた。

暑苦しい体育会系な教師な彼は『昭和野郎』として、クラスの評判はあまり良くないらしい。

結構ドストレートな暴言が飛んでくる当たり、血の気が多い男子が多いクラスである。


「そんなわけで、場所はくじ引きだ。くじは準備してあるから隣の人と話し合って代表者が引きに来てくれ」


そう言うと『くじ引き!』とデカデカ表示してある箱を取り出した。

席替えでもよく使われる箱だ。

それで先月に運悪く水瀬さんの隣を引いてしまった経緯がある。

あの時の舌打ちは今でも忘れられないなぁ……。


親友君をはじめ、何人かの生徒が立ち上がりくじを引きに行く。

ああいうのは大体『自分が行くよ』と積極性がある人である。


「俺たちはどっち引きに行く?」


俺も積極性を発揮しようとしたが、勝手にくじを引きに行くとヘイトを溜めることになるかもと遠慮して、水瀬さんに聞いてみた。


「ちっ……。メガネの運は高い方?低い方?」

「え?…………どっちかと言えば低いかも」


運が良ければ親友君の隣の席だったはずだ。

水瀬さんの席の隣をくじで決まる程度には運が悪い。

まぁ、水瀬さん視点では『俺の隣という大凶を引いた』とも取れるわけだが……。

そういうことには触れるまい。

怒られそうだし……。


「ちっ……。低いのかよ。確かに運が悪そうな前髪をしてるな」

「前髪弄った意味ある?水瀬さんは運は高いの?」

「高いちゃ高いかな。この席だってわたしの幸運が引き寄せたんだよ」

「あ、そうなの?」


水瀬さんはこの席は幸運らしい。

何をどういう基準で幸運なんだろうか……?

もしかして水瀬さん、俺のことを異性として意識してたり……?


「ちっ……。べ、別にメガネの隣になって嬉しいわけじゃねーから。場所!場所が良いんだよ!窓際で陽当たり良しで、後ろの席だし。そこは勘違いすんなよ」

「わ、わかってるよ……」


そんなわけはなく、場所が当たりだったらしい。

俺は別に席の場所はどうでも良くて、周囲の人が苦手か得意かで良い席を決めるからちょっと理解しがたいところだ。

むしろ邪魔な前髪と視力が悪いこともあり、黒板がすぐそこにある前の席の方が良いまである。


「ちっ……。しょうがないな。わたしがくじ引きしてきてやるよ」

「よっ!さすが水瀬さん!その幸運に俺も乗っかるよ!」

「あぁ。豪華客船タイタニック号に乗ったつもりでいるんだな!」


ずかずかと歩いてくじ引き箱を持った担任の先生のところへ鼻息を荒くして水瀬さんが動きだした。


「豪華客船だけど、タイタニック号は沈没するんだよなぁ……」


少し不安であるが、自分の席から水瀬さんの活躍を注視する。

箱を前にして躊躇わず手を突っ込み、そのまますぐに戻ってきた。

その間、わずか30秒であった。

早すぎて鮮やかである。


「ど、どうだった水瀬さん?」

「おう。デパートの出入口だと。一応室内ゲットだ」

「さすが水瀬さんだね!運が強い!すげぇよ!」

「そんなに褒めるなよ」

「あ、はい……」


シュンとして、口を閉ざした。

それと同時に「なんで褒めるのやめんだよ!」と突っ込まれ、「え?」と溢した。


「謙遜だよ、謙遜。もっと持ち上げろよ!何をすぐに止めてんだよ!」

「わ、わかった!……す、すげぇよ水瀬さん!すげぇ!すげぇ!」

「ふふーん!そうだろ、そうだろ?」

「めちゃくちゃすげぇよ水瀬さん!すげぇ運がすげぇよ!」

「…………メガネの語彙力どうなってんの?」

「…………え?すげぇくない?」


急に冷水をぶっかけられたようなテンションになったくじ引き大会であった。

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