Chapter 5-9

 翌日の朝、「ではまたな慎之介!! フワーッハッハッハッハッハァッ!!」と大声で笑いながら、父はヘリに乗って去って行った。息子の僕をして嵐のようだと思わせる破天荒さに、正直会わなくていいならあまり会いたくないなぁと感じてしまう所だ。


「どうしたんだよ、シン。なんかすげぇ疲れてねぇ?」

「いや、昨日の夜、父さんが帰って来てね」

「ああ……。なるほど」


 父さんを見送り、僕はいつも通り歩を迎えに家を出た。余程僕の顔色が優れなかったのか、歩が心配そうに訊ねて来るので、父さんの事を伝えた。

 すると、歩はげんなりとした表情をみせつつも納得する。彼も僕の父さんには何回か会った事が事があるので、それを思い出したのだろう。

 父が苦労を掛けるね、全く。


 そうこうしている内に駅まで辿り着く。待っていてくれた三峰と一之瀬君に合流するのだけれど、そこにはもう一人、女生徒の姿があった。


「……おはよう」

「う、宇佐美先輩!?」

「お前、いっつも驚いてんな。おはようございます、宇佐美先輩」

「お、おはようございます」


 いや、そりゃ驚くよ! 昨日フッたばかりの人がまた目の前にいるんだから。

 まあ、歩は昨日の事を知らないんだけどさ。


 ここでくっちゃべっていても遅刻してしまうので、学校に向かって歩き始める。


「あのー、宇佐美先輩、昨日は本当に済みませんでした」

「……いいの。断られるの、分かってたし」

「え?」

「……実は、聞いちゃった。冴木君と三峰さんが、許嫁だっていう事」


 マジか。連れ去られた時に車内とかで、という事か。

 宇佐美先輩の発言は全員に聞こえていた。特に歩と一之瀬君が目を見開いて驚いている。

 誰も二の句を告げなくなっている中で、三峰が溜め息一つ入れて口を開く。


「バレてしまっては仕方ないな。そうだよ。私と慎之介は、親同士の決めた許嫁なんだ」

「……まあ、きっとそういうんだろうなとは思ってたけどな」

「真綾も冴木君もお金持ちの家だし、そういうのがあってもおかしくないよね」


 三峰の発言に、歩も一之瀬君も、驚きながらも納得した様子を見せる。

 なんだ、こんな感じならもっと早めに言っておいてもよかったのかな。


「ごめんな、シン。今まで気を使ってやれなくて。これからは二人で仲良くな」

「ごめんね、真綾。私、全然気づかなくって。私たちの事は気にしないで、お幸せに」


 いややっぱり駄目だったわこれ。

 歩も一之瀬君も、申し訳なさそうに言って僕らから距離を取ろうとする。ああもう、反応が予想通り過ぎるよ!


「そういうのはいいから! 今まで通りでいいんだよ。大体、許嫁だからって本当に結婚するとは限らないんだからね」

「なにそれ、ツンデレ?」

「ちーがーう!」


 誰がツンデレやねん。歩の言葉に、思わず心の声が関西風になってしまう。

 僕が声を張り上げると、歩は「わー、シンが怒ったー。一之瀬さん、宇佐美先輩、逃げた方がいいですよ」とか言いながら、一之瀬君と宇佐美先輩を連れて先に行ってしまう。


「全く……。あれで気を使っているつもりなんだろうな、赤西の奴は」


 取り残された三峰が、僕の隣に並んで言う。


「で、どうする? とっちめてやるか?」

「もちろん。いくら歩が逃げ足が速いからって、僕に勝てると思われたら癪だからね」

「私も手伝おうか?」

「いや、結構ですっ!」


 と、僕はクラウチングスタートで歩の後を追いかけ始めた。鬼ごっこで歩が僕に敵うものか! 僕の隣に余裕綽々で付いて来る三峰には勝ち目がないけれどね! ふん!


 僕、冴木慎之介は許嫁の事が嫌いだ。


 でも。好きだとも嫌いだとも、口には出さないようにしている。

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