Chapter 2-3

「お帰りなさいませ、慎之介様」

「ただいま、ちがやさん」

「真綾様、赤西様、いらっしゃいませ。そちらの方は……」

「はい! 一之瀬伊月です! よろしくお願いします、メイドさん!」

「一之瀬伊月様ですね。失礼致しました。わたくし、慎之介様の専属の秘書を務めております、茅と申します」


 茅さんが深々と頭を下げる。その様子に感動し切りの一之瀬君も、同じくらい深いお辞儀を返していた。


 歩たちを連れて帰って来た僕を出迎えたのは、由緒正しいメイドの姿をした20代くらいの女性だった。縁なし眼鏡の中の双眸は吊り目がちで、無表情も相まってちょっと怖い印象を受けるが、整った顔立ちの美人である。ヘッドドレスの下に纏められた髪は結構なボリュームがあり、下ろせば肩の下よりも長い事が見て取れる。


 彼女、茅さんは、僕が中学生になった頃から世話になっている人だ。先程彼女が自己紹介した通り、本来は僕の秘書的な役割の人なのだけれど、炊事洗濯などの家事までやってくれている。今日の弁当も、茅さんが作ってくれたものだ。


 茅さんの先導で、僕たちはリビングへ向かう。ドアを開けた瞬間、一之瀬君がこれまた感嘆の声を上げる。


「広ーい……! ウチのリビング何個分なんだろう」

「実はここ、まるごと全部シンの家なんだぜ」

「えっ……!?」

「ここよりも大きい家が隣にあったでしょ? あれが本家で、シンのお父さんとお母さんが住んでるんだ。その周りにある小さい家に、シンの兄弟たちが住んでて、次の社長になれた奴が本家で暮らせるようになるんだぜ」

「いやいや、勝手に設定をねつ造しないでくれるかな? 僕には兄弟はいません! 一人っ子です! それと隣とここも合わせて冴木家だからね! 隣は住み込みで働いてくれてる人たちの宿舎だから! 父と母もこっちに住んでます!」

「そうなんだ……。面白そうだったのに」


 何をぼそりと言ってくれてるんですかねこの逆ハーレム系女子は。えっ、まだ逆ハ―要素が出てきてない?


「でも懐かしいよな。小っちゃい時ははシンと二人で走り回って、よく怒られたなー」

「あったね、そんな事。歩はやたらと着替え中のメイドさんに出くわしていたね」

「うぐっ……! た、たまたまだっつーの!」


 顔を真っ赤にする歩を前に、一之瀬君が頬を引きつらせるように苦笑していた。その顔は「赤西君ならあり得るなー」と語っていた。

 僕はなんとなく居心地が悪くなり、何事もないかのように紅茶を淹れる茅さんと、その紅茶を優雅に楽しんでいる三峰の方へ移動する。


「慎之介様、本日は摘みたてのハーブティーでございます」

「ありがとう、茅さん」


 茅さんが淹れてくれた紅茶を僕も頂く。フレッシュならではの爽やかな香りと味を楽しんでいると、三峰が「慎之介」と声を掛けて来る。何事かと視線を向けると、


「着替えが見たいなら見せても構わんぞ?」

「いや、あのですね」


 君はもっと自分を大切にしようね。女の子なんだから、一応。

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