第5話復讐するは我にあり

 あの日私の唐突プロポーズへの返事は苦笑いと共に濁されてしまった。


 それ以来彼女に僅かにも笑顔が戻って来たので良しとしよう。


 私は飼い主であるキルテちゃんの元へと、せっせと食料を探しに町や村など探索に行っている。


 気付かぬうちに衣服や食料が目減りしている帝国軍は、私に免じて勘弁してほしい。鎧や銃器のようなものを発見してしまい、衝動的に私のコレクションとして頂いてしまった。


 実戦配備がされてはいないが、射撃武器があるところにはあるようだ。 


 敵と接触、戦闘が発生した際に使う、キルテちゃんの護身銃として渡しておく。


 回収した鎧を使いこっそりと敵拠点で偵察や窃盗を繰り返していく、情報を集めた所、王国の状況は戦後処理と言う名の略奪や徴収が始まっている。

 

 民間人や王国軍人が首輪や縄に掛けられ、どこかへと連れていかれているのを確認している。


 悪戯に建物を破壊していたのを見たのだが領土として整備することを考えていないのだろうか? まあ、どうでもいい統治者の頭の悪さを考えながら、今日も質の良さそうな金属類や装備を強奪していく。

  

 まだ魔導銃とやらの使い方が分かっていないが、腕部に装備して掌から射撃を行ったりしてみたい。


 悲し事に私は魔法とやらが使えない事が判明した。キルテちゃんは使用できるが私は未だに魔導銃の起動すらできていない。


 魔法の基本系統には、都合のいい解毒や傷の修復ができる回復魔法というものはないそうだ。


 元素を操作する、熱量操作で火を出したり水をだし、錬金術で金属類の加工、流体操作で土木や医療、収束拡散は各種分野で関わっている重要項目で、キルテちゃんが使用している光球がこの分野に当たるようだ。


 魔導銃を分解して解析しようとしたのだが、持ち手には良く分からない細かな基盤が内蔵され、シンプルな銃身は謎の鉱石を筒状に加工してある。


 ちなみに有り余った基盤を吸収したところ、僅かだが私の制御能力が向上していた。


 その事実に気が付くと、急いで軍事的倉庫に忍び込み、ありったけの基盤を吸収し尽くした。――欲に塗れるのは人間として当然だ、私は悪くない。


 試験的に謎鉱石をマイボディに神経のように薄く這わせると、思考してからの反射速度と、機動力が上昇したので恐らく精神的な感応物質なのだろう。


 魔導銃にトリガーがない事から、起動プロセスに関わっているのが、この物質であることは予測できる。


 “こうあれ”という意思に反応し銃器の発砲や車両の操作に使用されるのであろう。


 魔導基盤らしき物にも数グラムほど使用されていた、希少過ぎて倉庫一杯の兵器を使っても手の平程度しか集まらなかった。――もっと寄越しやがれ帝国軍。


 私の強奪行動で、反乱軍でも組織されていると勘違いされたのか、警備が厳重になり住民に対する扱いが悪くなってしまった。ほんとすまない。


 身体改造も進んでおり、静穏性が低下したが高密度の艶消し黒鋼ボディになると、ある程度の防御力を上げることが出来た。


 忍び込んでる最中に物陰で夜の運動会をしていた兵士に発見され、鋼の針で刺殺してしまったが、助けられた女性は兵士の死体を何度も踏みつけていた。


 彼女は兵士に奴隷のように扱われていたようだが、食料と貨幣を持たせて逃走の手助けをしてあげたのでうまく逃げて欲しいと思う。


 なんだか私がやらかしてばかりに思えるが気のせいだと思う。









 日課の山間部へ採掘の遠征を行い鉱石を回収していく。


 私は帰宅するとキルテちゃんの食事の準備を始めていく。何とか声帯周りの銀を生成することができ、拙い会話ができるようになった。


 声の高さを調整する事が出来る為、女性のような声を出せる。この機能を使って兵士の声真似をし、逃走の際に役に立っているので意外と重宝している。


 食糧庫から強奪したパスタのようなものを茹でながら具材を炒める。味覚がまだ再現できていないので味見ができないが、キルテちゃん曰くとても美味しいと評価を頂いた。


 どうよ料理のできる男は? もしかしたら男性とと認識されていない疑惑があるが幼き故の過ちと思っておこう。


 私の調理したジェノベーゼ風パスタもどきは、ニンニクを軽く効かせ元気が出るようにしたつもりだが、彼女はとってもいい笑顔で食べてくれている。


 私は食事が出来ず、口寂しいので吸収せずに回収した鉱石をじっくりとかみ砕きながら、生成できるかどうかの訓練を行っている。


 消失したかつての銀で作られたボディは高性能だが未知の鉱石を生成できれば肉体のパフォーマンスの向上ができるかもしれないからな。

 

 精神感応物質を吸収、生成することで稼働率の向上が確認できたからな。


 銀の生成する際のエネルギー消費程はなかったが、それに準じる程エネルギーをこの物質の生成の際に持って行かれてしまった。


 そもそも私は“銀”と呼称してはいるが謎物質だからなアレは。ナノマシンもきっとビックリするに違いない。


 生殖行動すら可能にする概念物質、生きた金属、どのように呼べばいいのか、私にも良く分かっていない。


 王都全てを吸収すれば、十全に扱える肉体分の体積を生成できるかもしれない。


 裏手の山にある坑道内の鉱石も取り尽くしてしまっても、拳大の銀しか生成できなかったからな。希少金属がありそうな王都を飲み込むのは……キルテちゃん次第だな。

 

 夜中に坑道内を無作為にスカスカにしていた為、山が崩落する轟音が聞こえた時には物凄く気まずい空気を出してしまった。


 土砂崩れが起きないか不安で眠れそうにない。


 明日にはそろそろ移動を開始しないと追手がかかる、私が散々荒らしまわったせいなのだが知らぬ振りをしておこう。


 最近キルテちゃんのジト目が快感に思えてきて癖になりそうだからな。


「ご神体様。明日には移動を開始するとお聞きしたのですが……」


「うむ、そろそろここにも捜索の手が回ってきているからな。車両を強奪してきているので“キルテちゃんの運転”で行きたいところへ行こうと思う」


 残念ながら魔導銃すら扱えない私では運転する事が出来ない。


「――もう! あれだけの轟音を響かせれば調査の為に追手もかかりますよッ! バカなんですかッ!! バカなんですね!?」


「お、おう。キルテちゃんも態度が砕けてきたね。私は嬉しいよ……そろそろ愛情を込めて“シンタ”と呼んでくれてもいいのだよ?」


 私は決めかねていた名称をゴシンタイサマの文字を拝借して“シンタ”と自称することにした。するとなにかがカチリと嵌まり、存在が固定された気がした。


 揺蕩う私には存在を確立させる楔が必要だったのだろう。


「……バカ。呼んであげませんッ! せいぜい私にご神体様と敬われるといいんです」


「そうか。ならば花嫁修業を励むとしよう――まずは料理かね?」


 頬をほんのり赤くして目を背けながら髪の毛を耳に掛けるキルテちゃん――とっても可愛い。これが俗に言うツンデレと言うものだろうか? とても良いものだ。


「私が運転するとしてどこに移動するのですか? 一番近い国はマール連邦やイルヒ法国ですが……」


「ちょっとダガラ城に乗り込んでみないかね?」「――ファッ!?」


 あんぐりと口を開けた可愛いお口に、鋼鉄の指を突っ込んだ。決して私は変態ではない。


「なに。君の家族の遺品を回収してトンズラしようと思ってな。それと私の憂さ晴らしでもしようかと、キルテちゃんに対する仕打ちに私も思う所があるのだよ」


 黙してこちらを真剣な目で見つめて来る、これはふざける態度を見せれないな。


「帝国の慌てふためく姿を見て見たくないかね? 帝国の兵士を血祭りに上げたいと思わないかね? 君の家族を殺した奴らに復讐をしたいと思わないのかね? 私は君の気持ちの全てを肯定しよう。

 復讐とは生きる者の権利だ。負の連鎖を断ち切れなど聖人みたいなことを言ったりしない。ようは――自分さえよければ良いのだよ」


 小さな拳がギリギリと強く握りしめられている、幼い心に秘められた煮えたぎる増悪が昂って来ているのだろう。


「私と言う名の“刃”を思うまま振るうがいい。殺したいと願うといい。私は帝国を滅ぼす君だけの伴侶、君だけの神になろう――――どうかね?」


 彼女の瞳からはドロドロした粘性を伴う、濁り切った光がギラギラと輝いていた。それをとても美しく尊いものだと思う私もどうかと思うがね。


 最終準備に取り掛かるために裏手の山を全て吸収しつくした。







 彼女が帝国兵の軍服を装い車両を運転している。もちろん向かう先はダガラ王国の城だったもの。


 王都の城門は崩れ落ち、未だに死体の処理が間に合ってないのか至る所から腐敗臭がしている。


 私は魔導士の高級なローブを纏い、偉そうに後部座席にふんぞり返っている。

 

 こうしてふんぞり返っていれば安易に止まられることもあるまい。


 キュラキュラと車輪が音を立て王都の石畳に傷付けて行く、木製の車輪を想定している王都の石畳では、キャタピラでの走行は負担が大きいようだ。


 王都の中心に位置している王立中央広場は、かつては華美な噴水や整えられた花壇がある王都の市民の憩いの場であったのだろう。

 

 地面は死体と血痕で彩られ、燃え尽きた花々、噴水があった場所には王冠の被せられた首だけの死体が飾られている。――あれは。


「あ、あ、あぁ……あ゛あ゛あぁぁあああっぁああッっ!」


 停車した車両のハンドルを激しく殴打する音が悲しく響く、爪が割れようとも気にせず彼女は慟哭する。


 ここに来るまでに腹は決まってはいたようだが、あと一歩。修羅外道に落ちることが出来ていなかったキルテちゃん。


 これで君は魔に落ちることが出来るだろう、私は表情を作れない鋼鉄のマスクの下でキヒヒと笑う。


 ガンガンと車両を叩き慟哭する彼女に気づいたのだろう、兵士が複数人走り寄って来る。


 私は最終確認として彼女へ問いかける。


「我が姫よ。どうしたい?」


 キザったらしく。物語の主役たる彼女に囁く。何せこれから始まる演目の主演女優だからな。


「――殺したい……殺したい……殺したいッ! ぐっちゃぐっちゃに地に死体をブチ撒けたいッ! ああ、父様! 母様! 兄様! キルテは悪い子になってしまいます。良い子ではいられません――“シンタ”我に力をッ! 全てを破壊し塵殺する力をッ!!」


 ――聞き届けた。


 彼女の両手の甲に希少な銀の触手を突き刺す。痛みに彼女は呻くがギリギリと歯ぎしりをたて帝国の兵士を睨みつける。


 彼女の座るシートをそのまま私に取り込み、自身を鋼鉄の巨人へと変貌させる。

 

 全てを銀とはできなかったが精神感応物質を私に張り巡らせることにより五メートル程の巨体まで制御可能となった。


 コクピット代わりに私の背のラック上に操縦室を設け、彼女と銀の触手で同化することにより私を操縦可能となった。


 彼女の意思と彼女の手によって復讐を行って欲しかったからだ。


 これから始まる虐殺劇の演目を披露する黒鋼の巨人は今、広場に顕現した。

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