第27話 距離感どうなってんの!?

 気まずい。ノアさんと同じテーブル。しかも彼女は俺の隣に座っている。


「えっと……」


 こんな時なんて会話からスタートしたらいいんだ? 教えてくれよ父さん! どうやって母さんを口説いたんだ!?


 自分なりにシミュレーションしてみるか。


 昨日はよく眠れた? いやいや。眠れるわけないだろ。あの後、俺が寝れたのは午前3時を過ぎたんだから。もしかしたら彼女は爆睡できたのかもだけど。


 何食べてるの? 見たらわかることをわざわざ聞く必要ないだろ。そんなことを聞くんじゃないって言われるかもしれないし。


 正解がわかんねえ。


「太一くん?」

「は、はいっ! なんでしょうか!」


 授業中で寝てたらいきなり教師に点呼されて飛び起きた生徒みたいな反応だ。


「箸が動いてないですけど、食欲が湧きませんか?」


 考え事しながら食事を楽しむほど器用じゃないからな。彼女から見れば俺はいきなり食欲が無くなった風に見えたのだろう。


「いや、まあ、ははっ。平気平気。ちょっと考え事してただけだから」

「……もしかして体調が優れませんか?


(いやいや、平気だって。俺はこの通りピンピンしてんだから)


「大丈夫だから──」


 俺の口が脳から伝えたであろう断りの言葉を紡ぐ前に、ガシッと俺の顔が左手によって固定された。


「ノアさん?」

「少しの間、じっとしててくださいね」


 そのままピタリと彼女の額が俺のおでこに当たる。


(何やってんだこの人!?)


 古典的な方法で熱を測ってる。こんなの小さい時に母親からやってもらって以来だ。


「どうやら、熱はないみたいですね」


 そりゃそうだ。風邪なんてひいてない。むしろあんなことがあって普段よりも健康に違いない。


 俺の顔からど近距離にノアさんの顔がある。なんでこんなにいい香りがするんだよ。どんな企業の柔軟剤や洗剤を使ったってこんな匂いにはならないぞ。


 このまま心地の良い睡眠に入れそうな気もする──じゃなくて、ちょっと待て! この光景。他の人にも見られてるだろ! ルイスに見られたらぶち殺される。距離感どうなってんのこの人!?


「まじかよ、夜闇のやつ!」

「やるな。あいつも隅に置けないな」

「何あれ! 2人ってそういう関係なの?」


 周りの連中が俺たちを見ていることに気がつき、一気に恥ずかしさが頂点に達した。


 頭から足の先。全身が急速に熱を帯びる感触。このまま数分もすれば昇天するに違いない。


「あっ、ものすごく熱いですよ!? やっぱり昨日、わたしを背負ってる時に風邪でもひいたんじゃ──」

「いや、そんなことないって! ただ……言っていいのかわかんねえけどさ。その……」


 「キスされたのが初めてだったので気まずいんです」って声に出すの恥ずかしいんだよな。何かを悟ったのかポンって音が聞こえてきそうな動作をした。


「もしかして、昨日のことを気にしてらしたんですか?」

「ぐ……はい。そうです」

「ふふっ、かわいいですね」


 かわいい? どこが? かわいいはかわいいでもぶさかわいいだろ? ブルドック的なさ。


「けど、わたしも恥ずかしかったんですよ? 家族以外で男性の方にキスすることはなかったので

「……え?」


 じゃあ咄嗟にあんなことをしたってのか!? てっきり海外だったら普通なことだから俺にもあんな大胆なことをしたんだと思ったのに。なんつー、大胆な行動力。


 じゃあ、俺がノアさんの初めてを奪ったってことか? なんか……やらしいな。


 異性にキスされるなんて俺も初めてのことだからおあいこか。姉にされたことはノーカウントにしたい。


 ともかく、これって俺に対して好印象ってことだよな。嫌われてはないよな。まてまて。ここで勘違いするな俺。あくまであの時のお礼ってだけでしたかもしれないだろ。うう、彼女の気持ちが全然わからない。心理学を個人的に学んでおけば苦労しないのにな。


「林間学習も今日で最後ですね」

「一泊二日だからすぐに終わっちゃう感じだよな」

「そうですね。もう少し長くあってもいいのではないかと思います。あと、10日くらいはこのまま楽しみたいです」

「そこまでなくてもいいかな」


 なんだ。俺、意外と話せるじゃん。気にするだけ無駄なのかもな。気まずいのには変わらないけど。なんか視線の先に見える女子たちが俺たちのことを見てニヤニヤしている。


言いたいことがあるならこの際、面と向かってハッキリ言ってくれ。側から見てる分にはいいかもしれないけどな。俺には刺激が強すぎるんだよ。助け舟の一つくらいだしてくれてもいいんじゃないのか?


「たっだいまー! みてみて、焼きたてのパンだよ! たくさんとってきたからみんなで食べようよ」


 いいところで帰ってきた小宮さん。心なしか彼女の姿が女神に見える。バトンタッチ。俺は集合時間まで部屋でゆっくり休むとするよ。これ以上の刺激は健康に悪いからな。


「ちょっと、どこ行くの? せっかく太一くんの分も取ってきてあげたのに、ほら」


 そう言いながら彼女は1枚の皿を俺に渡すとひょいひょい次から次へと焼きたてのパンをのせていく。全部で5個。


 焼きたてならではの良い香りが鼻を刺激するが流石に量が多い。小宮さん。俺、もう俺の腹は限界なんだけど。勘弁してくれよ。

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