第25話 この感触は!?

 怪我をしたノアさんをおんぶして来た道を引き返せば万事オッケー。なはずなんだが、なぜか泣き出すとは思ってもいない! さすがに後ろで泣き出した彼女を気にしないで歩けるほど、俺の神経は図太くないので立ち止まることにした。


「ノアさん、大丈夫!?」

「どうして太一くんは、わたしにやさしくしてくださるんですか?」

「えっ!?」


 背中越しに彼女の握力が伝わってくる。俺が問いに回答する前に彼女が言葉を継いだ。


「もともといた学校で、わたしはクラスメイトの方々から距離を置かれていました。考えてもみれば当たり前のことなんです。父が有名なので、みなさんどのようにわたしと接したら良いのかわからなかったんだと思います」


 今にも消え入りそうな声でノアさんは語った。


 そりゃあ、名前が知れ渡ってるお偉いさんの一人娘だからな。怪我なんかさせた時の報復が怖くて誰も話しかけれなくても無理ない。


 俺と仲の良いとある女子がいきなり転校してきたばかりの彼女を昼食を誘ったけど、そんなことができるのは恐れを知らない無知。あるいはバカのどっちかだ。後者じゃないと思う。そうしておこう。


「これではいけないとわたしも思いました。けれど、自分から話しかけることができなかったんです。まずは簡単な挨拶から始めてみようと試みたのですが、いざ他人を前にすると言葉が出なくなってしまい、結局誰1人として友達と呼べるような人を作ることはできませんでした」


 そうだったのか。てっきり美少女はたくさんの友達に恵まれてるという俺の幻想が崩れる。現実ではそんなことないのだろう。むしろその逆。一般人の俺たちと比べて立場が違いすぎると優秀な人間だけと付き合えなんて言い出すやつもいるしな。


 思えば俺は、今までノアさんのことについて知らなかった。有名企業のお嬢様。ルイスというむかつく? ボディーガードがいる。じゃあそれ以外のことは? ほとんど知らない。


「また同じようにクラスメイトの方々から距離を置かれるのではないかと日本への転校が決まってからも不安だったんです。私が気軽に話せるのはルイスだけでした。日本でも以前と変わらずに2人だけで過ごすのだろうと思っていたのです。そんなわたしに美春ちゃんが話しかけてくださったんです。その後、夜闇くんもわたしとお話ししてくれて、顔には出ていないと思いますが、あの時はとても嬉しかったんです。お買い物にわたしたちが同行した時も、夜闇くんは嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれたばかりでなく、危険な状況から助けていただきました」


 そんなの当然だ。困った状況なら助けるのが普通というかさ。その……なんだろうな。友達ってやつなんだと思う。確かに、あの時の俺は他人を貫いて黙ることもできたはずだ。けど、しなかった。いや、できなかったんだ。なんでか知らないけど見捨てるなんてことは選択肢になかった。自分の身を投げ捨てても助けたいって心の底から思ったんだよな。


「わたしは感謝することしかできません。1人では何もできないんです。申し訳なくてどうしたらいいのか。自分でもわからないんです」

「それでいいんじゃない?」

「……え?」


 ここからは俺のターンだ。お返しとばかりに思ったことを言ってやる。彼女は本音で自身がこれまで思ってたことを俺に伝えたんだ。なら俺だって本音で言わなきゃフェアじゃない。


「ノアさんが気にする必要なんてないんだよ。感謝してるならその気持ちだけで十分さ。だから、悪いなんて思わなくて良いんだよ」

「太一くん……」

「それにさ。他人と関わるのが苦手な人なんて珍しくないよ? 俺だってそうだもの。だから、まあ、その……ノアさんの人見知りする性格を根本から治すってことは無理かもしれないけどさ。悩みがあるならいつでも聞くからなんでも話してよ」

「太一くんは、やっぱり優しいですね」


 悲しいことにそれぐらいしか取り柄がないんだよな。


「こんなわたしですが、よろしければ今後ともよろしくお願いします」

「堅いなー。もっと気楽にしゃべった方が周りも楽だよ。その……俺たち友達なんだしさ。ノアさんさえ良ければ、今度からタメ口で──」


 振り返った拍子に俺の頬に伝わる柔らかい感触。それが背負ってる彼女の唇だと気付くのは時間の問題だった。


(??????)


「つまらないものですが、先日助けていただいたお礼です」


 咄嗟のことで頭が回らない。慌てて顔を正面に戻す。


 キスされたのか? いやいや、海外だと挨拶で頬にキスすることはおかしいことじゃないし。ここ日本だけど!?


「太一くん? 顔が赤いですよ?」

「あ、赤くないっ! 寒さで霜焼けができてるだけ!」

「ふふっ。わたしの吐息で溶かしてあげましょうか?」

「なっ……!」


 キスだけで昇天しそうだってのに。なんてご褒美……いや、ゲフンゲフン。ほ、ほんとにしてくれるのか?


「ふふっ。冗談ですよ。もっとお顔が赤くなりましたね」


(ぐ……)


 絶対ニヤニヤしてる。後ろを見たら負けだと思った俺は振り返らずに黙々と進むことにした。泣き疲れたのか、寝息をたててスヤスヤ寝ていることに気がつくのはもう少し歩いてからのことだ。


 林間学習の初日はこうして終わりを告げた。その日、俺は寝る直前まで自分の頬を触っていたことは墓場まで持っていく秘密の1つになること間違いない。明日が楽しみだ。

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