第7話 まさか俺の正体に気付いたのか!?

「いたたたた」


 翌朝。目が覚めた途端に襲って来る筋肉痛。あの後、湿布を貼って多少はマシになったけど、なんでこんなに痛いんだよ。まあ、しょうがないか。あんなに多くの客をさばいた経験なんて無いからな。


 あと数日はケーキを食べれなくても、見れなくても一向に構わん。


 新しい湿布を貼ってもらおうと上着を脱いでリビングに行くとやはり姉と母がいた。姉が俺の姿を見るなりニヤニヤしている。


「やーだ。そんなほっそい体を見せないでよ」

「見せたくて見せてるわけないだろ」


 俺はそんな露出狂じゃない…………と思う。ていうか逆にムキムキだったら見せていいのか?


「運動不足なんじゃないの?」

「んなわけあるか。ていうか最近、姉ちゃんの方が太ったんじゃ――」

 

 バシーン!


「痛ってぇぇぇーーー!」


 最後まで言わせないつもりなのか。高速の平手打ちが俺の幹部をブッ叩いた。


「何すんだよ!」

「あはは、ごめんごめん。そんなに痛いとは思ってなかったからさ。ま、おあいこってことで。おかげで目も覚めたでしょ?」

 

 今の俺はガンガンにキマってるだろうな。殺意がとんでもないんだから。


「まあまあ、そんな顔しないで。せっかくかっこいい顔が台無しだぞ!」


 うっぜえ。人差し指を立てながら言うのにもムカつくというのに、ウインクとはな。語尾に星でもつけたような言い方だ。


「お姉ちゃんもからかわないの! ほら、太一。さっさと食べちゃって」

「あ、こんな時間だ。もう行かなきゃ」


 さっさと行ってこい。そんで顔を見せるな。一日くらい俺を一人っ子にしてくれ。両親の愛情を独り占めにしてやる。


「じゃ、行ってきまーす。あ、お母さん、夕ご飯はいらないからねー」

「あんまり遅くなるんじゃないわよー」

「はーい」


 呑気に返事をする姉。嘘だな。俺にはわかる。伊達に十年以上同じ空間で暮らしてるんだから間違いない。全く、こんな姉を持つと苦労するんだよな。あーあ、俺にもっと優しい姉がいたらいいのにとすら思う。まあ、悪い人じゃないんだけどさ。


 〇


 そんなこんなで月日が過ぎていく。


 俺がご令嬢を痴漢から救った事件。通称、ハロウィン事件から約1ヶ月が経った。以前の俺は当然思ってたさ。あんな出来事なんかすぐに忘れられるはずだってな。なぜか流行ったナタデココとかタピオカとかが忘れられてるみたいにさ。


 しかし、現実はそうはいかなかった。助けた人物が未だに見つかっていないことになると色んな会社が騒ぎ立てるもんだ。特にSNSではその人気っぷりが著しい。


『本物の紳士』

『イケメンドラキュラ』

『きざな男』


 俺の正体に関する通り名を挙げたらキリがない。その他にも関連する投稿は止まる勢いがない。


 マスメディアでも日夜紹介され、見ない日が少ないくらいだ。これだけ報道されているにも関わらず、正体が見つからないのは肝心の本人である俺が名乗り出てないんだから当然だろうな。


 我こそが助けたドラキュラです! なんて報告は山のようにされてるらしい。まあ、それらの正体は莫大な金に目が眩んだ人たちだとさ。


 その間、相変わらずバイト先のケーキ屋は繁盛を続け、渋谷で知らない人間はいないほどの知名度にまでなってしまった。店長は毎日激務に追われているらしいが、それなりに楽しいらしい。


 けど、流石に三人でこなすのに限界を感じ始めた時、「これだけ需要があるなら完全予約制にした方がいいんじゃないの?」と提案した雪野のアイデアに乗っかる形になった。


(さて、今日も退屈な授業を受けるとするか)


「おはよう太一君」


 席に座ったところで一人の女子に話しかけられた。確か名前は……知らねえ。女子と会話する機会なんてそうそうないからな。そもそも話しかける用事すらないし。男子高校生ってそんなもんだろ?


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。今、いい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る