第32話 宰相の苦悩

「商人の流出が止まりません」


内務官からの報告に宰相のマルコスは頭を抱えていた。


エルグランドの王家の税収の2割ほどが王都からのものだったが、王都からの税収が激減してしまったのだ。


王都にはかつては20万人が暮らしていたが、今は3分の1の7万人にまで減ってしまった。しかも、残っているのは、役人、王宮関係者を除いては、移住することのできない貧民や奴隷がほとんどだ。


今回の王都の崩壊は財政への致命傷となった。ただでさえ、レンガ島との度重なる海戦によって、財政はひっ迫していたのだ。


「どこに移住しているのだ?」


マルコスは内務官に確認した。


「ほとんどがポートマレーに移住しています。ルーベル辺境伯が移住者を積極的に受け入れているそうです」


内務官の答えにマルコスは耳を疑った。


「400キロも離れたところだぞ? なぜ揃いも揃ってポートマレーに行くのだ?」


どうやら、隣国のフェルナンド公爵とルーベル辺境伯が協力して、ポートマレーを盛り立てているらしい。


「ポートマレーは今やかつての王都を凌ぐ大都市になっています。人口は30万人ともいわれてまして、隣国のナタール側も同規模の人口だそうです。しかも、隣国との行き来が自由なうえに、関税がないどころか、土地の利用料以外の税金はいっさいないそうです。市場が大きく、交易が自由で、税金がないため、商人には大人気なようです」


「税金がないだと!?」


よくよく聞いてみると、土地の利用料が王都の2倍だが、それでも商人には魅力があるのだろう。


エルグランドでは、税金の計算をできる人材が少なく、また、税務官に不正が横行していることから、脱税や税額計算が正しくなく、領主が手にする税収は税率ほどではない。


土地の利用料は、地区ごとに面積で決められているらしく、ごまかしようがない。都市への課税方法としては、シンプルでいいかもしれない。


(警官の襲撃はこれが目的だったのか。襲撃犯をいまだに1人も検挙できていないが、ルーベル辺境伯が黒幕なのか?)


ルーベル辺境伯は約50ある貴族のうち、最も領地が広く、財政も豊かで、その力は王家を凌ぐ。かつてアレン王子の母を不義密通の容疑で死罪としたが、一族を追求しなかったのは、当時のルーベル辺境伯の当主がアレンの母の叔父だったからだ。


だが、ルーベル辺境伯がそこまでする理由がよくわからない。数百年も現王家の臣下として続いて来た家系だ。今になって積極的に王家の弱体化を図る行動に出るとは思えない。


待てよ。


「アレン王子!」


マルコスが思わず叫んだため、内務官が驚いている。


レンガ島の勢力が王都にいるはずがないと思っていたため、今回の件でアレン王子のことを思い出すことはなかったのだが、妃のルナ姫は王都のアレン王子に嫁ぐ予定だった。そのための準備として、配下を王都に前もって潜ませていた可能性は高い。


何しろ、ナタール王が今も溺愛する姫なのだ。そういえば、フェルナンド公はルナ姫の同腹の兄だ。確かかなりのシスコンで、アレン王子への嫉妬が酷くて、王子が閉口していた。


ルーベル辺境伯も王子の遠縁だ。フェルナンド公爵とルーベル辺境伯を協力させたのはアレン王子とルナ姫ではないだろうか。


アレン王子は王室への恨みがあるはずで、動機もあるし、こんな綿密な計画を立てて、かつ、実行に移せるのは、こう考えてみるとアレン王子しか思いつかない。


そうだ、これはアレン王子の復讐なのだ。


ただ、それがわかったとしても、アレン王子は強力な海軍に守られたレンガ島にいて、我々は手出しをすることはできない。また、取ってくる戦法が、もともと王室が抱えていた構造的な問題をつついて大問題となるのを早めているだけなので、防御が非常に難しい。


だめだ、現王政の様々な構造的な問題を根本的に解決しなければ、王国はこのままアレン王子に潰されてしまう。


だが、解決できるものなら、もう解決している。もう王国は詰んでいるんじゃないか?

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