天才と呼ばれる女の独白



私の家は厳しかった。



物心ついた時には既にママの見守る中机に向かって勉強をしていた。


私の両親は高校で出会い、恋人になったそうだ。その後2人で励まし合いながら勉強し、一緒に名門大学に進学し、パパは医者に、ママは有名企業に数年勤めた後、私を授かって寿退社した。


ママが会社を辞めたのはママの両親の意向で、ママからしたらまだまだ働いてどんどん出世して行きたかったらしい。

女でも社会で成り上がれることを証明したい。それがママの目標であり、私はそれを託された。


ここまで言われると毒親だと思われるかもしれないけれど、ママ的にはもし私が結婚して育児に専念や、他に専門的な事でやりたい事ができたのならそれは認めるつもりでいたことは後から知ったことだ。

つまり目標を託すのは建前であり、私に1人でも成功できるだけの力をつけさせてあげたかっただけみたいだ。



...まぁ、幼い私にはそんなことは理解できなかったから、幼稚園の受験に落ちてしまった時の私は全てに絶望した。

思い返してみればママからは全く怒られなかったのだけど、それでもその時の私には受験が全てで、1人罪悪感を抱えていた。



そんな時に私に声をかけてくれた男の子がいた。



酒井光



1つ年上のその男の子はとても頭が良く、私に勉強を教えてくれるようになった。


それからは毎日が楽しかった。

光と勉強すると、今まで分からなかったことがスラスラ分かるようになっていって、私はすっかり勉強が楽しくなっていた。


しかも私を勇気づけるために名門小学生を受験してくれて、首席合格してくれた。

そんな人と一緒に勉強してる私にも自信がついて、翌年、無事に私の受験も成功した。

それも首席合格なんて、大成功もいいところだ。




本当に頼れる男の子で、私にとっては兄であり、ヒーローのような人だった。


私の自慢だった。



すっかり私も彼も勉強が趣味になっていて、

毎日のように一緒に勉強した。


楽しかった。

人生で一番楽しかった時間だったと思う。



そして中学受験、光は受験に失敗した。



とてもじゃないけど私は信じられなかった。

どれだけ聞いても結局、光は何も言ってくれなかったけど、光の学力なら絶対に合格はできるはずだったから。

絶対に何か理由があったはず、だけど光が何も言う気はないことを悟った私は、もうそこには触れずに気を取り直して高校受験でまた頑張ろうと励ます方向にシフトした。


一瞬ギクシャクした私達だったけど、その甲斐あって無事に今まで通り仲良く勉強を再開した。


そして翌年、

私は無事に中学受験に成功した。

首席合格だった。



光にいつもみたいに褒めてもらいたかったのに、光から出てきた言葉は強い拒絶だった。



なんで?どうして?


光はいつも私を引っ張ってくれて、

勉強を教えてくれて、今の私があるのは光のおかげだ。

だから私が首席合格できたのは光の功績なのに。なんで喜んでくれないの?


そこから光は見るからにやさぐれていった。

毎日の勉強も、何かと理由をつけてこなくなってしまって、遊び呆け始めた。

そこには私の憧れた、頼れる男の子の姿はなかった。

でもそんなこと認めたくなくて、私は光に口うるさくもっと勉強した方がいいと言った。

光はあまり勉強しなくなってしまったから、もしかしたら分からないことが増えてしまったのかもしれない。ならずっと勉強を続けてる私が教えなきゃ。そう思っていたけど、光はそんな私をやんわり拒絶した。



勿論会わなくなったわけじゃない。

前に比べると頻度は減ったけれど、それでも

たまには一緒に勉強する機会もあった。


今は一時的に自信を失っているだけ。

高校受験に合格すれば光も自信を取り戻すはずだ。

そう信じていた。



そして私も頑張っていた。

大学模試を解いてみたらなんとかなりの好成績を出すことができてテレビの取材を受けたのだ。

美人は少し恥ずかしいけれど、天才中学生なんて言われて、光は神童って言われていたから追い付けたみたいで嬉しかった。

光は...あまり喜んではくれなかった。



そして光は何故か2人で約束していた進学校ではなく、遊嵐学園という普通の高校を受験していた。



信じられなかった。

裏切られた気分だった。


光は、私のヒーローはたった一度の失敗でそこまで落ちぶれるような人じゃないはずだ。

身勝手な感情なのは分かってるけど、それでもどうしてもそう思ってしまう。



ただ私も受験を控えていたから、

一緒に勉強してくれなくなった光に構う暇がなく半年程度時間が空いた。


そしてやっと時間に余裕ができて光に会いに行き、転校を勧めた。

その際に口論になってしまったのだけど、

光が言うには遊嵐学園には私より頭のいい人がザラにいるらしい。

遊嵐学園なんて聞いたこともないし、勿論進学校ではない。だからそんなはずがないと思ったのだけれど、光が私にそんなくだらない嘘をつくわけがない。

だから私は半信半疑ながらもそれを信じ、ダメ元でママに遊嵐学園に進学してみてもいいか聞いてみた。


結果はOK。それも極あっさりと。

正直何で許してくれたのか気になったのだけれど、折角了承してくれたのにあまり掘り下げて、やっぱりだめ、と言われるわけにはいかないので詳しくは聞けなかった。

でもママの許可を得たことで光の言葉の信憑性が増した。



そうして私は遊嵐学園に入学した。


ぶっちぎりの主席だった。


...正直、担がれたと思った。

同時に光への落胆と怒りの感情が芽生えた。



だからもうすぐ2年生に上がるのに、

未だに光とは一言も話していない。



◇◇◇



「紗雪さんって、いっつもその光って人の話してるよね」


「わかるー!ねえ、本当に入学してから1回も会ってないの?会いたくないの?」



ある日の昼休み、よく話すクラスメイトの2人、

桜井七(さくらい なな)さんと

三崎美香(みさき みか)さんから、

そんなことを言われた。



「別に。あんな落ちぶれた人、なんとも思ってないわ」


「えー?本当にー?」


「...何よ、2人してそんなにニヤニヤして」


「だって...ねえ?」


「ねえー?」


「はっきり言ってちょうだい」



「じゃあ言っちゃうけどー。紗雪さんって、いっつも光が、光はー...ってその人の話ばかりしてるじゃん?」


「?ええ、彼への文句は無限に出てくるもの」


「でもねー?普通嫌いな人のことなんか名前も出したくないんだよ?なのにこの1年間ずっと光って人の愚痴ですよ!私達的には、紗雪さんは光先輩のことが好きって説が最有力です!あ、恋愛的な意味でね!」


どうしていきなり敬語に...?

いえ、それよりも私が光を好き...?


「あ!何言ってんだこいつって顔してるよ紗雪さん!でもね、紗雪さん、側から見てたら、好きなのに自分から離れていく光先輩を許せなくてモヤモヤしてずーっと怒ってる様にしか見えないよ」



...私が光を好き?それも、恋愛的に?


確かに光は私のヒーローだった。

だからそれが落ちぶれて私にくだらない嘘をつく様な男に成り下がったのが許せなかった。

でも確かに言われてみれば1年間、いえ中学生の時を含めたらそれ以上の期間、ずっと怒りの感情が収まらないのもおかしな話だ。


私に恋愛経験なんてものはないけれど、知識だけは知っている。

時として恋愛感情は道理に収まらないと言うのも聞いたことがある。


この、光に対する何とも言えない気持ち

それはずっと怒りだと思っていたし、勿論それもあるのだろうけれど...



わからない。

わからないならどうすればいいのか。

決まっている。

勉強すればいいのだ。



その日から私は恋愛小説、漫画など、恋愛と名のつくあらゆる書物を読み漁ってみた。


そして粗方の知識をつけ、2年生に上がった年、私はまだ半信半疑ながらも自分の光に対する気持ちを恋心と仮定し、それを確かめるために行動を起こすことにした。




光、覚悟してなさい。

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