テコンドー!!!!!!

「今日、部活に誘われたってぇ?」


 セイロン選手電撃復帰という一面トップのスポーツ新聞から、道着を着ていた二瓶猛生にへいたけきは顔を覗かせた。広いちゃぶ台を挟んだ先に、八雲が茶碗を持って夕食を食べている。


「うん。セパタクロー部……って所でさ」


「せぱたくろう? なんだぁ、そりゃあ」


「球技でさ、足でやるバレーボールみたいな奴なんだけど」


「ほうぅ。よう分からねぇが、バレーボールみてぇってこたあ、チームスポーツなのか?」


「そうだね……」


「そうかそうかぁ。じいちゃん、八雲がまた誰かとスポーツしてくれる気ィになってくれて、安心したぞ」


 カサリと猛生たけきは、嬉しそうに新聞をめくった。一方、八雲はちびちびご飯を食べて浮かない顔をしていた。それは、無理矢理入部させられた事に対する煩わしさからではない。


「どうした八雲。元気ねぇなぁ。ひょっとして、部活の友達と折り合い悪いんか?」


「上手くやっていけるか不安なだけだよ。今日初対面だし……」


「その辛気臭ぇ顔の理由は、それじゃねぇだろ」


「……。流石、じいちゃんだね……やっぱ分かるんだ」


 八雲は茶碗をちゃぶ台の上に置いた。広い和室の中心に出来た小さい食事の席には、祖父と孫の二人しかいない。だからこそ、猛生たけきは八雲の表情変化に鋭いのだろう。


「じいちゃんが、教えてくれたテコンドー……蔑ろにして、違う事するの……悪いなって」


「どういう事なんだ?」


「セパタクローってスポーツで、回し蹴りドリョチャギが活かせそうなんだけど——テコンドーとなると……出来ない自分が、情けなくて」


「……なるほどな」


 猛生たけきは読んでいた新聞をたたんで、後ろめたさで縮こまる八雲を静かに見つめる。臆病な少年に染み付いた足技、驚異的な身体能力は、テコンドーの為に猛生たけきが身に付けさせたものである。しかし幼少期に杉本を傷付けた事によって、足技を他人に振りかざす事が出来なくなってしまっている。


「ここまで嫌になる、つもりじゃなかったんだけどな……」


「無理するこたぁねえ。テコンドーの事は気にせず、八雲のやりたい事をやりゃあいい」


「でも……せっかく、じいちゃんが……」


「確かにじいちゃんは、テコンドーをやってくれると期待して、今まで八雲を鍛えてきたさ。でも……顔色悪くして怯える孫なんざ、見たくねぇよ」


「……」


 猛生は、ちゃぶ台にある肉じゃがに箸をつける。二人がいる居間には、歴代の賞状や技を繰り出す豪快な白黒写真、『流武館』と力強い筆文字が書かれた額縁がくぶちが飾られている。その数々が証明するのは、二瓶にへい家がテコンドーの名家である事だ。


「ただ……一つ気がかりなのは、八雲は昔から、熱が入ると極限状態ゾーンで周りが見えなくなる所でな」


「……?」


「本気になり過ぎない様にしてくれりゃあ、教えたテコンドーを他のスポーツに活かしても、全然気にしねぇ。だから八雲——前みてぇに、楽しそうに練習する姿を、じいちゃんに見せてくれ」


「じいちゃん……」


「何より、共に切磋琢磨する仲間がいるってのはいいもんだぞ。三年しかねぇ高校生活だ、忘れられねぇ青春を謳歌してくれりゃあ、それでいいさ」


 ニカッと、猛生たけきは心から笑ってみせた。失敗した過去やテコンドーへの裏切りは気にせず、孫には楽しい青春時代を送って欲しい。その願いを表情から受け取った八雲は、穏やかな表情で再び茶碗を手に取った。


「……うん。実は、来週大学生チームと練習試合があるんだ。それが僕のデビュー戦に、なるよ」


「おぉお。そうかそうか! その試合、じいちゃん見に行ってもいいかぁ?」


「多分大丈夫だと思う。……じゃあ、練習頑張らなきゃ」


 大好きな祖父が応援に来てくれる。それだけで、八雲のモチベーションになった。成り行きでやる事になってしまったセパタクロー。八雲は一つのわだかまりが混じった冷めたご飯を箸に乗せて、それを美味しそうに口に運んだ。

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