第4話 その状態で乗って来たんですか?

 2匹のゴブリンは小剣を持っていた。どうやら僕を獲物と認識したらしく、剣を見せつけるように威圧してくる。

 だけど緊張したのは最初だけで、僕の頭は不思議と冷えていた。負ける気がしない。そんな感情が僕を支配する。太刀を握った時に頭に流れ込んで来た扱い方。そして身体強化スキル。そんな後付けの力のせいかも知れない。負けるビジョンが浮かばない。


 1匹のゴブリンがニタニタしながら剣を突き出し間合いに入ってきた。僕は右足を斜め前に出しながら上体をゆらりとズラしゴブリンの突きを躱す。同時に太刀を横一文字に薙いだ。

 それだけでゴブリンの身体は上下に分かたれた。


 仲間がやられた事で激高したもう1匹が上段から斬り掛かってきた。だけどゴブリンってヤツはかなり小柄だ。身長は150㎝前後くらいだろうか。威圧感もパワーもない。振り下ろして来た剣を太刀で弾くと、たたらを踏んで後ろに下がる。そこをすかさず脳天から真っ二つに斬り裂いた。


 ここで経験値とSPが6ずつ入った。ただしこれは取得経験値上昇と取得SP上昇のスキルが効いている。本来はゴブリン1匹で2ポイントずつなんだろうけど、1.5倍になっているみたいだね。

 取り敢えず僕はこのポイントで索敵レベル1と隠形レベル1を取得した。本来ならば索敵は20ポイント、隠形は30ポイントものSPが必要なんだけど、称号持ちの僕なら合わせて5ポイントで取得出来てしまう。ホントにチートな称号だよ。


 しかしまあ、こうもゴブリンに遭遇するようじゃ、もう夢だとか言っていられないよね。こうなったら少しでもモンスターを倒して強くなるしかない。


 早速索敵スキルを確認してみる。どうやらこれは常時発動型のスキルらしい。レベル1なのでそうそう広範囲を把握は出来ないけど、少なくとも奇襲を受ける心配は無くなった。また隠形スキルも発動しておいた。これは他者から認識されにくくなるスキルでオンオフの切り替えが可能だ。ただ、ここに立花さんがいる以上、あんまり意味はないかも知れないけどね。僕の気配がなくても立花さんの気配はダダ洩れだろうし。


 その立花さんから視線を感じたので振り返ってみると、恋する乙女みたいにポーッとしていた表情が、一瞬で絶望に変わった。なんだよ失礼な。そんなに僕が嫌いですか。


「大丈夫ですか? 状況の把握は出来てます?」


 それでも僕は今年から社会人。相手は会社の先輩。一応は気遣ってみる。


「あ、ああああ、あの、助けてくれた、んだよね? その、あああありがとぅ……」


 すげえキョドってるし、最後は消え入りそうな声だったけど、どうやら状況は理解しているみたいだ。


「手短に話します。かなりヤバい状況です。さっきみたいな奴がウロウロしてますから、一刻も早く行動を起こした方がいいですね」


 さっきから索敵に引っ掛かる反応が増えている。幸い、こっちに向かって来ているヤツはいないけど、街中はパニック状態なんじゃないか?


「あああの、助けてほしぃ……」

「僕にですか?」

「(コクコクコク!)」

「でも立花さん、僕の事嫌いじゃないですか」

「(フルフルフル!)」


 立花さん、涙目で僕の袖を掴んでくる。縋るような目で見上げてくるのは反則だと思うんだ。

 流石に捲れたスカートは直してたけど、隠しきれない胸の破壊力はあざといと思う。


「分かりました。取り敢えずここを離れましょう。着替えもないのでしばらくその恰好で我慢して下さいね?」

「(ガーン!)」


 そんなに落ち込まれても無いものは無い。僕は立花さんを連れて車へと向かった。


 駐車場に着いたけど、まだ僕の車は無事みたいだ。立花さんを助手席に乗せて車を発進させる。行先なんて適当だけど、取り敢えずは索敵の反応が薄い方向を探して走るだけ。


 そして運転しながら詳しい説明をする。

 モンスターを倒すと覚醒し、レベル1になる事。初回だけ10ポイント付与されるSPでスキルを取る。それで戦える力を得られる事。その後はゴブリンなら1匹で2ポイント入手出来た事など。


「……ゲームの世界に迷い込んだのかな」


 立花さんがボソリと呟いた。


「どうでしょうか。システムはゲームみたいですが、感触はリアルでしたよ。それにこの返り血」


 僕のワイシャツはゴブリンの血で緑色に汚れている。それに臭い。これがゲームならリアルすぎだろ。


「うん。あたしもゴブリンに襲われた時の感触が残ってる」


 そう言って立花さんは自分の身を抱き締めた。



 モンスターの反応の少ない方向を探して走っていたら、無意識なのか僕の自宅の方向に向かっていた。感覚としては駅を中心とした市街地の中心部ほどモンスターの反応が多く、隣町の僕のアパートがある地域はまだモンスターの反応はない。


「いったん僕のアパートに行って着替えましょう。立花さんもいいですか?」

「(コクコク)」


 了承も取れたところで、僕達はアパートに向かう。

 まだこの辺りは日常と変わらないみたいだけど、僕達の姿はかなり非日常だ。人目に付かないように僕の部屋に入る。


「適当に座っていて下さい」


 僕は立花さんが着られるようなパーカーとスウェットパンツを準備した。ついでに僕もワイシャツを脱ぎ、それをゴミ箱に放り込む。


「立花さん、これに着替えて……?」


 って、立花さんはどうして立ったまま恥ずかしそうにモジモジしている?


「あ、あの、シャワー借りていいかな……」

「え? ええと?」

「実はその……」

「はい?」

「さっきゴブリンに襲われた時に漏らしてしまったので……」


 oh……その状態で僕の車の助手席に乗ってきたんですね?


「さすがに下着は無いですからね! 部屋を出て左手の突き当りがバスルームですから」

「(コクコク)」


 未使用のバスタオルを立花さんに渡して僕は車に向かった。ファブリー〇を片手に。

 なんて日だ。


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