第17話「イエスマン」
真衣には何が似合うのか、それを考え始めるととても楽しかった。
今、秋仁は何もかもから解放された気がしていた。
悲しみが全て言えたとは言わない、だが海恋と楽しく過ごしていた頃を思い出した。
「嗚呼……か弱く美しい女を好き放題できるって素晴らしい…………」
「女の敵がいるっ!? 最低最悪の屑がいますっ!?」
「でも?」
「ちょっと嬉しいのが嫌なんですよコノヤロウ!! つーか何ですソレっ!? 露出狂の格好ですよね!?」
「男はエロい女を連れ回して自慢したい、これが心理だ。喜べよマゾ女」
「せ、性的搾取されてる……、ゾクゾクしちゃうけど社会的に死にますよねそれっ!!」
秋仁の選んだ服装は、上下とも紐でしかない下着。
それから、一時期ネットで流行った前後の露出が激しいセーターワンピ。
しかも海恋のサイズであるので、少し動いただけで真衣のアレやソレが見えてしまう。
「……あー、すまんかった。どうせ社会的に死ぬなら全裸にソックスと、頭にデカいリボンでも付けたほうがいいよな」
「そういう問題じゃないですっ!? 私を社会的に殺すとかキュンキュンしますけど、正直、プレイの範疇に留めておいて欲しいって言いますか!!」
「ああそうだな……、覆面はさせてやるよ、でも太股に学生証を張り付けておくぜ」
「悪化してるうううううううううううう!!」
どうしてこうなった、海恋はどうやってこの男を制御していたのだ。
真衣は元カノへの尊敬の念を抱き始めたが、それはともかく。
「ねぇ先輩? それでよく海恋先輩と恋人になれましたね? 普通なら恋人にすらなれないんじゃ?」
「そういやアイツ、付き合いが長い分だけあって暴走を止めるの上手かったなぁ」
「暴走!? 暴走って言いました? 自覚あるんなら自分で自制しましょうよっ!」
「俺の自制心を破壊したのは真衣なんだが?? ん? もう我慢の限界を越えたぞ? 俺のストーカーなんだから分かってるよな?」
「だから失恋に付け込んでペース握ろうとしたんじゃないですか!! 私の性癖を満たしつつ秋仁をメロメロにて牙を程よく抜いておく作戦だったのぉ!!」
「そーゆー所、結構好きだぜ俺は」
あっさりと肯定した秋仁に、真衣はビクっと震えて一歩下がった。
今、彼の本質の一端が見えた気がする。
聞きたくない、それ以上何かを言わせてしまえば。
――反対に、真衣自身の口は止まらなくて。
「そ、そっか、そういう事だったんですね、自分でも分かってるから……秋仁は海恋先輩を諦めた。自分を男として見れない事すら肯定し好きになってしまうから、それで、海恋先輩を幸せにしようと暴走してしまうから……、葵先輩との関係を受け入れた」
「へぇ、中々嬉しい理解っぷりじゃんか」
「だから……、だから秋仁は、…………私を、肯定するつもりですか?」
「そうだ、身代わりとして愛されるお前を俺は肯定するよ」
嗚呼、と真衣は声が漏らしてしまいそうになった。
ダメだ、一番最悪なパターンにたどり着いてしまった気がする。
肯定する、そう聞かされるだけで喜ぶ自分と、激しい怒りに襲われる自分があって。
「~~~~ふ、ふざけないでっ!! 私はっ、私はそんな事なんて望んでないっ、先輩の理解なんて要らないんです!!」
「嫌だね、理解せず恐れて、罪悪感と覚えながらお前の言いなりになれって? はっ、反吐がでるね!! 俺はな? ……全て剥き出しのお前が欲しいんだ。敢えて言おう、――――海恋なら出来たぞ?」
「分かってる癖にっ、そんなに私の口から言わせたいんですか秋仁!! この卑怯者っ!! 最低っ!! 何より最低なのは嬉しいって思う私自身ですっ、嗚呼……、なんでその悪辣な顔すら好きって思えちゃうんですぁ」
真衣は膝から崩れ落ちて、己の顔を両手で覆って俯いた。
心が叫んでいる、悲鳴をあげている、喜びと怒りで感情がミキサーでかき混ぜられたようにグチャグチャだ。
それを分かってて、こんな弱った姿を楽しんで、秋仁は楽しそうに笑うのだ。
「なぁ、教えてくれよ。答え合わせがしたい、なんでお前が身代わりなんて言い出すのか、その奥底にある理由が知りたいんだ」
「答え、なんてっ、もう分かってる癖に!!」
「分かってるさ、もう検討はついてる、でも……お前の口から聞きたいんだ、力に任せてだとか、ベッドの上だとか、無理矢理はしたくないんだ」
「は、ははっ、酷い……なんて酷いヒトなんですか秋仁……、私に、逃げ道をなくすなんて、で、でも、言わなかったらどうするんです? それこそ力付くで言わせますか?」
「別にいいぞ、言わなくても。俺は肯定しよう、お前の意志を尊重しよう、そんなお前すら……愛してみせる」
きっぱりと言い切った秋仁は、真衣にとって悪魔に見えた。
愛する、その言葉がこんなにも恐怖を感じる日が来るなんて。
(ど、どうなるんです? 言わなかったら、私は、どんな愛され方をするんですか!?)
はぁ、はぁ、と息が荒くなる、圧倒的な支配感による被虐すら覚えてしまう。
この流れは偶然かもしれない、でも計算尽くでそうしたようにすら感じる。
お互いに全裸で対等なのに、真衣は己を守る何かを必要としていた。
(守る……守る? 何を、何から? 私が、私は……、何があるの? こんな私に、何が残されているの?)
秋仁への愛は、執着は、この場では何の役にも立たない。
磨いてきた変装術は、全裸である限り、否、全裸でなくてももう役に立たない。
(ははっ、空っぽ、空っぽなんです、どうして、見たくないのに、こんな私なんて……見たくないのに)
きっと、彼はそれすら肯定し抱きしめてくれる。
だからこそ、怖い。
己が己でなくなっていく、変化してしまう、それが怖い、今の自分でない変化した自分とは何だろうか。
「辛いか? 苦しいか? ああ、哀れだな真衣、抱きしめてやろうか? それもいいかもしれないな。体は暖まっても、いや、体が暖まるからこそ心の寒さはいっそう際だつんだから」
「やめて……やめてください」
「お前が悲しいと俺も悲しい、だから悲しみ続けるなら俺も苦しもう……、優しく愛を囁いてセックスするのが好みか? それも受け入れるよ」
「ズルい、卑怯者、そうやって選択肢を出してるフリして貴方は私にただ一つを選ぶように突きつけているっ!!」
「悪いな、そんな俺が、俺は好きなんだ。――お前もそんな俺が好きになたんだろう? お前が始めた恋だろう? そんな恋という罠に哀れにも引っかかった被害者は俺の方だ……責任、取るべきだと思わないか?」
耳元でねっとりと囁かれた言葉は、真衣の心を削り取っていった。
今すぐ全てを晒けだして救いを求めたい、きっと秋仁は救ってくれるだろう。
だからこそ怖い、まるで崖から落ちる一歩を踏み出さなければいけないような躊躇。
「わ、私はっ……」
「ゆっくりでいいぜ、お前の選択を、答えを教えてくれ」
「~~~~~~っ、ぁ、ああもうっ、この卑怯者っ、私の愛に付け込んでっ、私がっ、私をっ、貴方はっ!!」
「どんな答えでもいいさ、全部俺が悪い、な? お前は言うだけでいいんだ」
その瞬間、ブチと真衣の中で理性が切れた音がした。
衝動のままに秋仁の顔を掴み、親の仇を目にしたように睨みつける。
「嫌いっ、嫌いなんですっ、こんな秋仁を嫌いになれない私がっ、もっと好きになっていく私がっ、愛してしまってる私がっ!!」
何より。
「私自身が嫌なんです嫌いなんですっ、何もない、私には何もないっ、ずっと、ずっと死ぬ事だけを考えて生きてきたんです、夢も、目標も、好きな人だっていなかったっ!! そんな私が嫌い、私が私を嫌ってるのにっ、どこの誰が私を愛してくれるんですかっ!! 私は誰かの身代わりとして愛されないと愛されないんですっ!! そんな私が嫌いな私ですら暗い悦びに変わってしまう私なんて――――大っ嫌いなんです!!」
それは魂の悲鳴であった、秋仁の心に染み渡る慟哭であった。
くつくつと彼の口元に笑みが浮かんだ、笑い声が押さえられそうにない。
やっと、やっと彼女の本当を知れたのだ、あの夜、空虚だった理由がやっと判明した。
「――ハハッ、カカカカカカカカカッ、嗚呼……、なんて、なんて愛しいんだ、可愛らしい女なんだよテメェは」
「秋仁っ!!」
「そうだよな、お前は自分自身が嫌いなんだ、嗚呼――その弱さが愛おしいよ、今から朝までベッドの中に連れ込んで離したくないぐらい愛してる、でも……」
ニタァ、と秋仁は嗤う。
それを間近で見てしまった真衣は、とても怯えた表情をしたのであった。
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