第29話 宣言

 テンシア以外にも、男性自由兵が入れ替わり立ち替わりスフィーリアに声をかける。スフィーリアは愛想良く対応して、皆の癒しとなっていた。

 スフィーリアも懸念していた通り、もしスフィーリアが布教活動をしていたら、スフィーリア自身が信仰の対象となっていたことだろう。


「アヤメ様、お待たせしましてすみません。ここに来るといつもこんな感じでして」


 スフィーリアが妙にによによしている。商売繁盛でも喜んでいるのかと思いきや、僕の耳元に口を寄せて囁く。


「わたしが他の男性と接しているの、そんなに嫌でしたか? そう思うんでしたら、早くわたしをあなたのものにしてくださいな」


 スフィーリアにまで指摘されて、体温が上昇してしまう。そんなに態度に出てたかな!?


「いや、その……」

「安心してください。ここの皆さんはあくまでお客様です。大事ではありますが、アヤメ様に向ける気持ちとは全く別物です」

「……うん」

「わたしを抱きしめていいのは、アヤメ様だけですからね?」


 ふふ? と愉快そうに笑って、スフィーリアが離れる。名残惜しい気持ちは、極力態度には出さない。無駄な努力だとしても。


「……そ、それはそうと、ここであまり親しげにするのは良くないんじゃない?」


 僕に対するスフィーリアの接し方を見て、この男は誰だ? スフィーリアとどういう関係だ? と怪訝そうにしている自由兵も多い。

 スフィーリアもその視線に気づいているようなのだが……。


「誤解のないように、恋人同士です、ってちゃんと宣言しておきますか?」

「こ、恋人同士じゃないでしょ!?」


 火に油を注ぐような真似は控えてほしい。ここの連中に何をされるかわかったものではない。


「時間の問題でしょう?」

「それはそうかもしれないけどね!?」


 スフィーリアを拒絶する未来なんて想像できない。この調子で言い寄られ続ければ、僕はほどなくスフィーリアと一線でも二線でも越えてしまうだろう。

 しかし、この場での恋人宣言は、やはり不具合が起きそうではある。


「今、恋人がどうとか言ったか?」

「気のせいだろ。スフィーリアちゃんに恋人なんているわけがない」

「スフィーリアちゃんは永遠の処女。誰のものにもならない」


 ……どこの世界にも、アイドル的な存在には純潔でいてほしいと願う男はいるものなんだな。その気持ちはわからないでもない。

 やはり、ここでの恋人宣言は危険……。

 どう対応するべきか思案していると、キーファが一歩前に出て、自由兵たちに向けて言う。


「スフィーリア様だって年頃の乙女です。恋をすることに何か不満でもありますか?」


 ギルド内がどよめく。言葉の内容云々ではなく、キーファに対する隠しきれない忌避感が滲んでいる気がした。

 アンバーエルフは差別されていると聞いた。道を歩いているときには気にならなかったが、それはもしかしたら、緩やかに無視されていたのかもしれない。明確に敵意は向けられないが、そこにいないものとして扱われている、とか。

 自由兵たちに白けたムードが広がり、こちらに視線を向けなくなる。平和な町に見ていたけれど、全く課題のない場所ではないのだな。


「……さ。次はアヤメ様の登録ですね。さっさと済ませてしまいましょう」

「ああ、うん」


 キーファは、こんなのはいつものこと、とばかりに澄まし顔だが、少なくとも笑顔ではない。

 僕に、キーファを上手く慰める言葉は思いつかない。そんなの必要ともしていないかもしれない。

 ただ、僕はキーファの左手を、両手で包み込むように握った。


「……もったいないね。キーファはとても素敵な人なのに、色んな思いこみのせいでそれに気づけない人がいるなんて」


 キーファは一瞬きょとんとして、それから照れ臭そうに視線を逸らした。


「……わかる人にだけわかればいいんです」

「僕は、皆にも気づいてほしいよ」


 そう思いはしても、僕にできることなんてないのかもしれない。

 僕にできるのは絵を描くことだけで、長い時間をかけて築き上げられた偏見や差別を覆す力なんてない。

 悔しいな、と初めて自分の無力さを痛感。日本に暮らしている頃は、全くこんなこと考えなかった。

 そして、スフィーリアがキーファを後ろからぎゅっと抱きしめる。


「アヤメ様のおっしゃるとおりです。キーファはとても素敵な女の子です。キーファと一緒に暮らせて、わたしは幸せですよ」

「……はい」


 営業用じゃないスマイルをスフィーリアが浮かべている。こうして見ると、心の籠もった笑みと言葉は、営業用とは全く違うのだとわかる。


「……あたしのことはもういいですから、早く登録を済ませましょう」


 キーファがそう言うので、僕とスフィーリアが離れる。 

 受付に向かって、僕の登録証作成を依頼した。別室で五分程度の面談があり、最低限の人柄を見られたら、あっさりと審査が通った。

 戦闘を必要とする依頼を受けるにはステータスの登録が必要らしいが、そのつもりはなかったので、名前、年齢、現住所を告げるだけで済んだ。

 各種注意事項を聞き、登録料として五千リルカを払ったら、登録証として木製の札を渡された。首にかけられるように紐もついていたので、特に捻りもなく首から提げて服の内側に入れておくことにする。

 用事も終わり、僕たちはギルドを後にする。そして、繁華街を見て回ろうということで、南区に向かうことになった。

 途中、並んで歩きつつ、スフィーリアに尋ねる。


「登録証が問題なく作れたのは良かったけど、何か仕事をこなした方がいいのかな?」

「必要ではありませんが、何度かこなしておくのはいいと思いますよ。依頼を達成したことがあるだけで、ギルド内での信頼に繋がります。

 ただ登録証を作っただけの人より当然覚えは良くなりますし、何かトラブルに巻き込まれたときにギルドから守ってもらいやすくもなります」

「なるほど。簡単な依頼なら受けてみたい気もするけど……今は絵を描く方が優先だね」


 薬草採取とか、簡単な依頼を試しに引き受けてみたい気持ちはある。僕も男の子なので、そういう冒険要素にわくわくする面はあるのだ。

 壁画が落ち着いたら、そういうことにも目を向けてみてもいいかな。

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