♰Chapter 24:分断に次ぐ分断
“魔法テロ組織〔約定〕の本作戦における最終到達目標が確定。すなわち、第七区における一般人の大量虐殺と判明。現在〔幻影〕第三位階魔法使いが〔約定〕同級魔法使いの足止めを実行中。両名はこの鎮圧に向かってください”
この通達がおよそ十五分前。
伊波の陽動に対処して間もなく、本命の情報が伝達された。
〔幻影〕の”夜の幻想”作戦が達成されるためには本命を叩かなければならない。
それを完遂した暁にようやく一つのテロを防止したと言える。
――そして、オレたちは第五区での戦闘を経て第七区においてもっとも高い塔の直上に着地した。
第五区の〔幻影〕拠点である洋館地下二階にある陣型アーティファクトを用いて、作戦区域にもっとも近くもっとも敵性戦力に見つかりにくい場所に辿り着いたのだ。
――都心に屹立する六百メートル超の威容を誇る建造物。
満月が中空を支配するなかでそこは夜の頂と言ってもいい。
言うまでもなく安全柵などなく、足を踏み外せば身体強化を施した魔法使いでさえ即死が約束されている。
わずかに一歩前に踏み出すと、眼下には人の生活の灯が煌めいていた。
季節が春とはいえ上空の風は冬を錯覚するほどに冷たい。
見れば水瀬の頬や耳はほんのりと朱に染まっていた。
目元にも薄く赤味が差しているのは伊波の死に泣いたからだ。
夜景を背景にした彼女はたとえようのないくらいに儚げだ。
数年を共有した伊波との離別の影響も少なからずあるだろう。
それでも自身の命を守るため――任務を果たすためには切り替えなければならない。
その辺りはさすが魔法使いと言うべきか、戦い慣れているようで手元や足元に疎かさはない。
「そんなに見ないでよ。確かに今回のことはショックだったけど、こういうことがあるってことは私も知っていたから」
薄い微笑みで、消えない悲しみを上書きしようとしていることは誰が見ても明白だ。
だがオレには何をすることもできない。
空虚な言葉しかかけられないオレにできるはずもない。
伊波にはあの結末しかなく、オレには水瀬の損失を埋めることはできない。
「水瀬の力は頼りにしているが無理はしないようにな」
「ええ」
視線の先――およそ一キロほどのところに様々な色彩が散っている。
“――間もなく誘導ポイントEに目標が到達します”
右耳に装着した『EA』から先行していた諜報部隊の声が届く。
これ以降は時間稼ぎを担っていた魔法使いらは当該区域から撤退、オレと水瀬で〔約定〕を止めなくてはならない。
オレと水瀬は互いに見合い、頷く。
「行きましょう」
「ああ」
オレと水瀬は輝く夜の都心へと身を躍らせる。
すぐに身体強化に加えて風魔法を発動し、ビル伝いに戦闘区域に着地する。
「八神くん、あれを」
「ああ――
魔法使いの包囲を抜けてきた三台の輸送車両が車輪から火花を散らしながら突っ込んでくる。
それをオレが起動した長大な鉄針型アーティファクトが地面に屹立することで、強制的に制止させる。
「ハアッ!」
すかさず水瀬は大鎌を横薙ぎに振りぬく。
迷いなく放たれた遠隔斬撃がいとも簡単に全ての車両を両断し、同時に大爆発を引き起こした。
周囲には火の粉が舞い、焼け焦げた残骸が積み上がる。
「……終わった、の?」
数十秒が経過しても何の異変もない。
――今の攻撃で今回の作戦は終了?
そんなわけはない。
陽動に伊波を使い、諜報活動によってこちらの情報を用心深く集めていた〔約定〕だ。
水瀬が警戒しつつ残骸に近寄っていく。
あまりにも簡単すぎる。
何かがおかしい、そう直感した。
「待て! 迂闊に近づくな!」
「――ほう、勘のいい奴もいるものだ」
「っ!」
瞬時に地面が凍結し、水瀬の両足が氷に包まれる。
彼女は即座に大鎌で周囲の氷を削り取り無効化すると、オレのもとまで後退した。
すると季節外れの氷雪が集合し、一人の人間の姿を浮き上がらせる。
この人物には見覚えがある。
東雲が一時入院していた病院における医師であり、結月という少女の担当医師であり、つい先日目が合ったばかりの人物だったはずだ。
「貴方が〔約定〕の魔法使いね」
水瀬が問いではなく、分かり切った確認を行う。
相手は不快そうに顔をしかめながら言葉を向ける。
「人に名を聞くときには自分から名乗るものだろう。まあいい。私は〔約定〕の
氷鉋と名乗った魔法使いはオレたちを直視する。
どうやら名乗れと言いたいらしい。
今から殺し合いをするというのに礼儀も何も必要ないと思うが、水瀬に続きオレも名乗る。
「私は水瀬優香」
「八神零」
名乗り終えると氷鉋は水瀬に憎々しげな視線を向けたあと、オレにも鋭い視線を浴びせる。
「――[宵闇]の水瀬優香、貴様は私との因縁がある。そして、八神零。貴様とは妙な縁があったな。だがあの方いわく貴様を生け捕りにしろと厳命されている以上それも一つの終局を迎える。ゆえに八神は殺さないが[宵闇]は始末させてもらう」
氷鉋が音高く指を鳴らすとその背後――三台の輸送車両が炎熱に包まれたその残骸を押しのけて半透明かつ紫紺の騎士が出現した。
その数――三十騎あまり。
「本来私はこのような手法を好まないが、目的のためならば汚水さえもすすろう。――
氷鉋が命じるとそれを受諾した『心喰の夜魔』が一斉に都心の街並みへと歩を進め始めた。
人の歩く速度に比べて速く、子供ならばすぐに追いつかれ殺されてしまうだろう。
重大な危険因子であり、早急に対処しなければならない。
それは水瀬も理解していた。
「っ、時間がない! 八神くんは『心喰の夜魔』を制圧して! 私は氷鉋を下す!」
「だが――」
――お前はまだ伊波との戦闘での心傷が癒えていない。
加えて敵の固有魔法の全貌も分かっていない。
一方で氷鉋の表情に焦りは見えない。
恐らく伊波の漏らした固有魔法に関する情報が原因だ。
オレの思考を的確に読んだ水瀬は畳みかけるように信頼を預け、また信頼を迫る。
「私は大丈夫だから。貴方は正しい判断ができる人でしょう? 冷静に判断ができる人でしょう?」
「分かった。こっちは頼む」
水瀬は一瞬鈴の音のような笑みを零した。
「ええ、八神くんもね」
今は時間との勝負だ。
オレは首都高を駆けていく『心喰の夜魔』のもとへ急いだ。
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