第7話 ベートーヴェンが変えた音楽

 俺の名前……以下略。

 どんどん、死ぬまでの扱いが簡素化されている……。


『えーと、今回はドイツの裕福な貴族になってもらいましょうか』


 気のせいか、女神の扱いも随分と雑なような気がする。

 とはいえ、女神も大勢の人間を転生させて忙しいのだろう、と好意的に解釈しておくこととする。



《転生の効果音》



 長い転生へのトンネルを抜ければ、そこはドイツだった。


 俺は地方の領主として転生した。俺の中の何かが「色々細かいところまで確認しておいた方がいいよ」とささやきかけてくるので、どの程度まで領地が管理されているのか、赤字はどれだけデカいのか。

 残念ながら、中世の王侯貴族は、戦争で略奪でもしてこない限り黒字はありえない。残念なことだ。

 そして、俺はとんでもない事実を目の当たりにすることになる。


「ほぼ、トントン……だと?」


 どうやら先代、先々代と音楽くらいしか趣味がなかったようだ。

 音楽も凝りまくればすさまじく金がいることになる。この作者の別作品にもそんな奴がいる。

 だが、俺が転生したテンセー家の楽団は同好会に毛が生えた程度のものだから、出費も微々たるものであった。

 ちょっとマシな建物、ちょっとマシな食事、ちょっとマシな領内、ちょっとマシな財政。

 華やかさは何もない。まるで昔のサッカー・ドイツ代表のような渋い、しかし中身のある生活がそこにあった。


 これは、まさに俺にこの地でスローライフを送れと言っているようなものではないだろうか?


 俺は狂喜した。



 一か月が過ぎた。

 朝、布団を干していると、広間が騒々しい。

「どうしたのだ?」

 俺が顔を出すと、楽団の連中が憤慨している。

「領主様、我々にあの若僧をぶっつぶす許可をください」

「何なんだ、藪から棒に」

 若僧をぶっ潰すとは穏やかではない。この、ちょっといいで満ち満ちている領内にあまり殺伐とした話題は持ち込みたくない。

「領主様もちょっと来てくださいよ」

 俺が事態を呑み込めていないことを悟ったのだろう、楽団の連中は俺の背中を押して、街の広場へと向かわせていった。


「音楽は革命されるべきである!」

 広場で叫んでいる男の顔に、俺は見覚えがあった。ぼさぼさの髪、くたびれた服装、やたらと険しい目つき。

 間違いない、あの男はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン!

 だが、楽団の連中はベートーヴェンに憎々し気な視線を送っていた。

 一体何なのだ?


「音楽とは一体何なのだ!? 貴族の求めに応じて一山いくらで売られる野菜のようなものなのか? 否! 断じて、否! 音楽とは、芸術だ!」

 おぉ、ベートーヴェンの後ろで効果音とともに何かが爆発するようなエフェクトが発生した気がする。


 しかし、ベートーヴェンの言うことは正しいように思えるが、何が問題なのだ?

「あいつはとんでもないですよ! 我々との包括契約を拒否して、今後は一曲ごとに作って売り出すとか言っているんです!」

「……それが何かまずいのか?」

「まずいですよ! そんなことをされたら、一回一回奴に報酬を払わないといけないんですよ!?」

 どういうことなのだ?

 俺には楽団の連中の言っていることが全く理解できなかった。



"女神の一言"

 ベートーヴェン以前、音楽家というものは職人でした。

 日々作り出される道具のように、音楽もまた大量に作るものという扱いでした。一作一作は単なる部品のような扱いです。

 ですので、古い時代の音楽家はものすごい数の作曲をしています。バッハは1000曲以上、モーツァルトも600曲以上。

 彼らの才能が多作にさせたというよりは必要に応じて作らなければ食えないのでそうせざるをえなかった側面がありました。


 そうした風潮に異論を唱えたのがベートーヴェンでした。彼は音楽は芸術であると考え、その一作一作に価値があると主張したのです。


 ですので、モーツァルトの時代には契約者の求めで何十曲でも作らせることができたのですが、ベートーヴェン以降はそうしたことが難しくなってきます。


 転生先で芸術の力で生きていく場合、才能が必要なのはもちろんです。

 しかし、才能があっても時期時代によっては、芸術として扱ってもらえない可能性があるという点も注意が必要です。

 革命家としての力も持っていないといけないかもしれませんね。

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