第6話 腸詰殺人事件


 黄昏少女の君に出会ったのは、仲夏も過ぎようとする晩夏だった。


 炎天下の公園で君は項垂れ、片手には血痕で錆びた小さなカッターナイフを持っていた。


 少女の手の傍らには無数の空蝉。



「どうしたの? こんなところで」


 僕はまだ、十七歳だし、未成年者誘拐の疑いで逮捕されるという心配はない。


 同年代らしい少女に声を掛けただけ。



「腸詰事件って知っている?」


 前髪で世界を隠すような少女の出だした言葉はあまりにも不吉だった。


「腸詰殺人。七月にあった少女殺害事件だろう」


 腸詰殺人事件とは、今世紀最大の猟奇的な少年事件だった。


 


 十七歳の少年が希死念慮のある少女とSNSで知り合い、四人の少女をおびき寄せ、彼女たちと心中を図る振りをして、殺害、その腹を引き裂き、その腸の中に無数の空蝉を入れたという怪奇な事件だった。


 四月にあった少年少女の心中事件を打ち消すように、この少年事件はセンセーショナルに報道され、見るものを釘付けにした。


 


 多数のタナトスに支配された若者たちの話題をかっさらい、模倣し、同じように死を選ぶ者も次々と現れた。


 不可解だったのは、犯人の少年が四人を殺害した後、自首し、同じように死を選んだのだ。


 それも、列車に飛び込み、車輪の下で憤死、轢死した。


 


 その様子を動画で配信した彼は『死にたいなら彼岸へ逝け。善悪の彼岸』とハッシュタグを銘打って、壮絶な自死を遂げた。


 少年少女、そして、二十歳を超えても少年少女的な感性に呪縛される若年層、果ては壮年層までにシンパシーを与えた。


 多くのコメンテーター、論客たちは口々に命の尊さを諭し、眉をひそめ、大いに死に焦がれる若者の弱さをそれとなく、酷評した。


 


 彼ら、彼女らは希死念慮とは無縁な、勝ち組なのだった。


 だから、ああやって、非難できる、と黄昏少女は続けざまに主張した。


 


 若者の間では、空蝉を拾い、それをインスタグラムやツイッターに投稿し、死の外景を表示するのが専ら、流行っていた。


 日本中の公園に散乱した空蝉が姿を消し、ある文芸評論家が意味深長なコメントを言ったらしい。



「空蝉って、源氏物語にも出るって。あたし、それで空蝉、という言葉を覚えたもん」


 空蝉のように虚ろな少女の眼を僕はいっそのこと、ほじりたい、と悪い冗談を想う。


 


 嘘だよ、嘘つき空蝉少女、セブンティーン、と心の中で豪語する。


 源氏物語の上巻に登場する空蝉の君は十七歳で不審死を遂げた哀れな少女だった、光源氏が六条御息所の心を離れてから彼女は怪死したなんて。


「死にたいのは分かるけど、君には源氏物語も口に合うけど、江戸川乱歩も好きだろうよ」


 絶滅危惧種の文学少年として、僕は矜持をかけて言う。


「江戸川乱歩ってコナンのこと?」



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