優希と佳菜子

 「ただいまでーす。あっ。かなこちゃん起きてる。おはよう。」

佳菜子はおはようとは言えなかったが、笑って聞いた。

「お姉ちゃんとゆうきくん、どこ行ってたの?」

「それは内緒だよね〜。ゆうきくん。」

「河原でしょ。かなこ知ってるもん。」

「あちゃ〜。ばれてたか。」

手を洗って、ソファーに座る。優希も佳菜子もついてくる。2人とも、お姉ちゃんが話すのをきらきらした瞳で見つめて待っている。それでお姉ちゃんも、いたずらを仕掛けた。

「ゆうきくんが、"かなこちゃんのこと好きだから"、河原で一緒に遊びたいって。」

優希はびっくりしてその場で跳ねた。勢いよく首を振っているが、やはり図星のようで、お姉ちゃんは笑った。佳菜子の方も、照れて笑っている。

「だからさ、一緒に遊んでよって、言ってたよ。かなこちゃん、どう?」

「いーいーよ!」

「ゆうきくん、嬉しいね。ありがとう。」

 そんなこんなしていると、3人目の小学生、愛翔が起きてきた。お姉ちゃんがいつものように言う。

「あいとくん、おはよう。」

数秒の沈黙。みんな、愛翔が話し出すのを待っている。でも、小1で、まだ来て2週間の愛翔には荷が重かった。下を向いてしまう。今にも泣き出しそうに。

「しんどかった?ごめんね。言いたいっていう気持ちは伝わるし、私はまだ、あいとくんのこと全部は知らないけど、みんなそうだったから…ごめん。お姉ちゃんも、うまく言葉にできない。」

 そこにいつも助けにきてくれるのがお兄さんだ。朝ごはんの準備を終えて、戻ってきていた。

「大丈夫。言いたいっていう気持ちが伝わるなら、今お姉ちゃんが言いたかったことも伝わってるよ。大丈夫。それにあいとくんも、いつもならうなずいて済ませるところを今日は言おうと頑張ったじゃん。」

お兄さんは、頑張ったことを偉いとは言わない。頑張ったことは頑張ったこと。頑張らなくてもいいんだよ。そういう気持ちがあるからだ。そして泣き出しそうな愛翔の胸に手を当てる。

「どきどきしてるなあ。しょうがないね。緊張したもんね。でも、みんなと遊んでるうちに、いろんなことが怖くなくなってくるから。そんな日が絶対来る。ここにいるみんながそうだったようにね。」

愛翔を見て、お兄さんはしっかりと言った。

「あいとくん。今日、河原に"ひみつのへや"を持って行って、僕とちょっと話そうか。」

ひみつのへやとは、一対一で話したいときに、話す部屋のドアに掛けてある看板のことをいう。子どもたちは、お兄さんやお姉ちゃんとの、ひみつのへやの時間が大好きだ。なので愛翔も、カチコチに固まった体をほぐしてうなずいた。

「いいなー。かなこも今度したいー。」

「おっけい!引き受けたよ!今日はできないけどね。」

「分かってるって。まーたこーんど。」

佳菜子が歌うように答えて、みんな笑った。

「ゆうきくんも、いつかしようね。」

優希は嬉しそうにうなずいた。お兄さんは、話せない子のフォローも欠かさない。そこにいるのは、話せないだけで喜怒哀楽や、自分の思いはちゃんと持った1人の人間なのだから。

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