マイン・ゲーム1

――Lila――

「……助かったぁ……」


 リィラは助手席にドッカリと背を打ち、目前で起きた爆発を、動画の十秒戻しのように何度も頭で思い返した。


 見るもえげつない威力の爆発だ。このホバーのフロントガラスもよく耐えてくれたものだと、不要な空気抵抗を減らすために設計されたこの車の流線型と、T.A.S.という準軍の特注強化ガラスであることを示す、窓を爪で引っ掻き上げたような傷の数々に感謝していた。手前の傷ばかり見て、その奥でカイが瀕死の男へPpを飲ませまくっているのに気付いていなかった。


 しかし、あの小さなラジコンで、いったいどうやってあんな威力を……。もしかしたら前時代に多用されたという火薬によるものかとよぎったが、それは違う。というのも、数少ない学校の授業の記憶:教科書の挿し絵や映像教材では、火薬の爆発は赤いのが普通だ。他にも、手榴弾による透明な爆発もあるが、それでもない。


 一方で今回の爆発は、始めにPp色の光があり、きらめき広がってがまたたくのと同時に、ソニックウェーブよる空間の歪みが如実に現れるもの――ラメ入りの衝撃波とでも言うべき、普通イメージされるPp爆発のものに違いないのだ。


 だがそれには、Ppをうまく反応させるチップが無ければならない。それを専用のグレネード容器に入れ、レバーをパチンとやって容器の真ん中へチップを押し込んで反応させるのが定石なのだ。しかし、そのチップの機能にも限界がある。例えばあのラジコンにくくりつけられる最大容量ボトルで多くのPpを確保したところで、あそこまでの威力は出せまい。よほど――それこそ、理論的な最大値を叩き出せるような技術でもない限り――――。


「……あ」


 考える中でリィラは、思わず座り直すような思い付きをする。


 未来の物とでも言うべき技術を持つ者は存在する。まさに、あのジャミング装置を作った人物がそうだ。それが、理論値に限りなく近い効率のチップを作り出したとすれば話が合う。


 突飛な発想だろうか。いいや、既にあり得ないほどの威力で爆発が起きている。


 まずは目前の現実。そこから話は始まる。


 リィラは迷わず通信ボタンを押す。


「ねぇ聞こえる?」


[こちらオークラー。どうした]


 すると、目前の隊員たちがこっちへ振り返る。そうして今さらリィラは、瀕死だった男に土下座しているカイの姿を認めた。


 アイツなにやってんの……?


「……んんっ。えっと、たぶんだけどさっき話してたボトル――DRFdesertSで作った爆弾だと思う。そっちに位置を同期したいから、ちょっと待ってて」


[分かった。だがこちらも位置を移動しなければならん。そちらにロックを残すので、移動しつつ作業をしてくれ]


「分かった」


 オークラーがロックへ指示するような動きをしているのを見ていると、彼が駆け足でやって来て、それを合図にしたようにカイたちも路地へと入っていった。


「よぉ。まずはこっから動くぞ」


「ん。ねぇカイさ、何やってたの?」


「車に人が入ってるとも気付かずに盾にしちまってな。危なかったが、Ppがぶ飲みして回復したから移動に着いてくくらいはできるだろう。心配すんな」


「ん」


 生返事をしつつ、リィラはエンジンを掛けて今に発進しようというロックの腕巻きサリペックガジェットを要求する。


 彼は少し躊躇ったが、「まぁリィラだしな」と頷きつつパチンと固定具を外してリィラへ渡し、アクセルを踏んだ。


「改造すんなよ?」


「しねーって。デザエスの仕様書。特性表探してんの。えっとー」


 こうした便利な機械は憧れるだけで持ってなかったリィラは、そうした情報を本で手に入れていた。しかしその端に書かれたホームページやそこからの仕様書ダウンロード方法を羨望の眼差しで通読していたために、道筋だけは知っていた。


 子どもの反応速度と、規格化されたような手順により、あっという間にそのページへたどり着く。


「ってかボトルの方探すんのか。どっちかっつったらラジコンの方じゃねえか?」


「ラジコンの方はおんなじの使ってるとは限らねーからだよ。大事なのは爆発の方だ。デザエスを買い占めたってことは、それが一番いい爆弾のレシピだったからじゃん?」


「へぇ~。頭いいなおい」


「ん」


「で、どうやんだ?」


「やり方はいっしょ。武器だったら検知の場が飛んできたら信号返すようになってんじゃん?」


「だな。戦時国際法ってやつだが、そりゃ武器での話だろ? 細けぇ位置までは分からない……ってか、そもそも今度はボトルだぜ。そんな機能はねぇんじゃねえのか」


 するとリィラは得意気な顔で隣のロックを見上げた。


「言ったろ? デザエスはアウトドア向きだ。外で使うなら失くすヤツもいる。そのために――座標を返す機能があんだ」


 そうしてアプリをさっと眺め、任務における土壇場のハッキング用ソースコードエディタを起動、サリペックからリアル端子を引き出し、ホバーのソケットへ差し込んだ。


 コード。コーディング……。言葉を浮かべて、ひどく緊張した。ガジェットの墓場から連れてきた〝友人たち〟の修理では、プログラミングの技術は身に付かない。知識としてのライブラリは大層なものだが、リィラにはブラインドタッチが難しい。


 ……やっぱ無理だ。よし、じゃあ……。


 そこでメッセンジャーアプリを起動、迷わずニコへ掛けた。


[おや? リィラ君か]


「DRFdesertSを検知するために車載の検知システムを書き換えたいんだけど。仕様書これね」


 ダウンロードしたファイルを送信すると、ニコはマジマジと見て「ほお」と声を漏らす。


[ボトルかい。いったいどうして検知なんて?]


「爆弾に使われたから。ってか急いでんの」


[なぁーるほど、即興爆発装置か。じゃ、統合開発環境を起動するのだ]


「なんて?」


[コードエディタだ]


「それはオッケー。もうソケットも差してる――」


 そのときドンと重い音が、ガラスの砕ける音や何かがぶつかる音などと混じって遠くから響いてきた。


「ちょ……ウソだろ!」


「待てよ。今のは方角がちげぇぜ」


「そ、そっか。暴発かな……はぁ」


[ふむ。大方は先に包囲していた警察へ爆弾を使用したのだろうね]


「くっそ。ボンボン爆発させんなよ。金がもったいなくねえのか?」


 これが任務慣れなのか、ふたりとも恐ろしいほど落ち着いていた。リィラはビクビクしていたのが馬鹿らしくなってしまい、むしろ一人で恥ずかしさに顔を熱くしていた。


[よし。ではコイツを放り込みたまえ]


 ポコンと二十行ほどのコードがやってくる。十呼吸分もない時間でとんでもないスピードだ。


「はっや。用意してたのかよ」


[書いたに決まってるだろう]


 内容としては、リィラがコーディングしなくて済むようホバー搭載の検知装置のプログラムを勝手に書き換えてしまうもので、アップロードするだけで事が済むだろう。だが……。


「……って、これじゃ検知ステータス変えただけじゃん。ダメ。きっちり場所を知りてえの」


 位置座標を返すと言っても、その精度はたかが知れている。路地一本以上ズレていることが命取りになるのだ。


[そうは言っても、ホバーは一台だよ。厳密な位置検知には最低三台のアンテナが要るだろうが、何台だって応援は時間がかかる]


「バーカ。アンテナならサリペックがあんだろ」


 ニコはキョトンとしたが、リィラに負けないほど得意気に笑って見せた。


[なーるほど。ホバーで信号をあぶり出し、サリペックで捉える。まさに猟だ]


「そーゆーのいいから」


[そーゆーのの間に書き上げたに決まってるだろう]


 ポコンと四十行のコードがやって来た。今度はサリペックがボトルからの信号をキャッチ、別のサリペックと合わせてデータを比較、計算して位置を割り出し、再分配するコードを極限まで簡素に書いたものだった。


「はっや!? どうやって書いた!?」


[ヴィムなら喋るより早い。さぁコンパイルしてアップしたまえよ]


「わ、分かった……」


 そうしてコンパイルを始め――――エラーが出た。


「エラー出たんだけど!? 変数の宣言抜けてんじゃん!」


[え、変数宣言? ぜんぶやったよ?]


「このフラグがダメだって」


[それはウソだよ。型だって合ってる。ブールだろう?]


「それは……あれそうじゃん」


[画面共有したまえ]


「う、うん……」


 言われた通り共有し、コードエディタを見せる。


[あれ~? 宣言してるのになんで~? な~ん~で~動かない~?]


「わ、わかんねぇよ。えっと」


 こういう状況になったとき、まずカイの笑顔が浮かぶが、そのままリストから消去される。こういう問題では無理そうだ。じゃあ誰に……。


「マッドだ」


 今まで黙ってたロックが急に口を開いた。


「え?」


「ウチのミスター・ハッカーだぜ。そういうのはな、アイツがやっつけてくれるんだ。聞いてみな」


「う、うん」


 メッセンジャーでマッドも呼び出し、三人の映話になる。


[あ、あれロックじゃなくてリィラちゃん……? え、えっとこっちは隠れられてるけれどそっちの方は大丈夫そうかな……?]


「えっと、共有してるの読んで。なんかエラー出んの」


 すると、考えるまでもなく「あー」と解答を掴んだときの声が出た。


[け、消してみて直前のあのコメント。こ、コンパイラが次の行をコメントアウトとして誤認しちゃう文字なんだよ]


「何それ! そんなのあんの? なんでコメントつけてんだよヘンタイ博士!」


[だって書いとかないと忘れるしせいぜい一秒以内零点数ミリで追加できるんだもん!]


 言われた通り、コメントだけ消してコンパイルを始めると、あっという間に警告ゼロの正常終了をした。


「できた! 天才!」


[よくやったマッド君。ご褒美に、ちゅっ]


 ニコの投げキスにたじたじのマッドへ、リィラが急に醒めた視線を送る。やはり、性の要素がちょっとでもあるとダメだった。


「はいこれ送るからインストール! しとけ!」


 コンパイルしたものを部隊全員へ送り、リィラもまたインストールした。どうやってこれだけのことを四十行でやってのけたのか気になるが、サリペックにエラーが出ていないあたり、本当にできてしまったらしい。天才と呼ばれるのは伊達じゃない。


 マップを起動する。そこには周辺地図と、自分や部隊メンバーの位置が示されている。マップ横のメッセンジャー画面で、マッドの画面にオークラーが移り込んできた。


[インストール完了。こちらは準備できている]


「よしっ。出てこいコラ!」


 そうして探査ボタンを押す。その瞬間、マップにいくつもの点が表示された。


 そのひとつは、カイたちのいる位置にあった。


[よし見え――――近いッ!]


 その叫びを最後に。


 マッドの画面が通話から退出した。


 それと爆発音が聞こえたのはほぼ同時だった。


「……え」


 リィラが声を漏らしても、画面には目を見開いたニコしかいなかった。


「……おいおいおいウソだろ! おい……おいカイ!」


「落ち着けリィラ」


 ロックがホバーのボタンのひとつを押し、呼び掛ける。


「こちらロック。応答せよ。こちらロック……」


「おい、なんでそんな冷静なんだよ!」


「……冷静な訳があるかっ!」


 大男の感情的に、低く響き渡る声が、リィラの怒りの牙を吹っ飛ばしてしまった。


「……それでも、訓練通りやんだよ。訓練が、俺たちの約束だ。……こちらロック。応答せよ……」


 リィラはただ、その車載無線だけをじっと見つめて、待っていた。神のいない世界で、祈ることさえできずに。


[……ラー。応答せよこちらオークラー]


 そして声が、帰ってきた。



――Kai――

[隊長、無事でしたか]


 無線から嬉しそうなロックの声と、明らかにホッとしたリィラのため息が響いてきて、危うく吹っ飛ばされるところだったと現実と感覚を失いかけたカイは思わず笑ってしまった。


 手作り故に細かく爆発のタイミングをコントロールできないのか、あるいは爆破スイッチのタイミングが早すぎたのか、爆弾は建物の影で爆発した。爆風が近かった上、建物の破片までもが襲ってきたが、幸運にも全員無事で済んだ。


 だが場所がバレているぞと、オークラーは移動を指示しつつ、ビル群の間を縫いつつの呼び掛けを続けていたのだった。


「どうにか全員無傷で済んだ。明らかにさっきより威力が弱いが、どうやらジャミング効果が含まれるらしい。種類が違う可能性がある。それが……あと二十発近くあるのか」


[それもやべーけど、まだ位置誤差があるわ。アンテナが固まりすぎなんだ。誰か……そうだカイ!]


「え、おれぇ?」


 リィラの名指しに、訳のわからない返事を返してしまう。ガジェットの専門的なことはできない。何を任されるんだろう。


[それ、サリペック持って別行動!]


「サリペックはぁ……」


[その腕に巻くやつ!]


「おっけ! それだけならよゆーだぜ。いっすかオークラーさん」


 すると彼女が留め具をパチンと外し、カイへ寄越した。


「思ったよりも早い実戦だが、いいか、なにより倒されないことだ。戦況は生きている者にしか動かせんからな。少なくとも逃げて負けることはない」


「任してください!」


 右腕にはめ、留め具が見つからないとちょっと手間取り、前後逆だと気付いてはめ直し、今度はパチンと留められた。それを目前にして、老刑事が口をへの字に曲げている。


「ガキかお前は。行く前から心配にさせるなよ」


「だ、大丈夫っす。行ってきまぁす!」


 マッスルにアンカーブレードを起動、ビルの上に撃ち込んでそのまま掛け上がるようにビル上へ飛び出す。ともあれまずは距離を取る。マップには数値による高度の表示もあるので、上へ離れても受信精度は十分に上げられるはずだ。


 そうして屋上へまたブレードを刺して素早く着地。それから床に開いたブレードの穴を見て、あちゃあと頭を掻く。


 ……ごめんだけど、緊急事態ってことで。すんません……。


 カイは口に出さず持ち主に謝りながら、また隣のビルへ、また隣へとジャンプとブレードで自由に動き回る。大通りひとつ越えてから、画面を確認してみる。マップの表示は分かるが、それに誤差がどれだけ含まれてるかは分からなかった。


 すると、着信を知らせる通知がポップする。それに画面アリで応答すると、リィラたちの映話に参加した。


「リィラ、どう?」


[うん。めっちゃいい。だって、さっきまで点が建物ん中にいたじゃん? 今ぜんぶ道を移動してんの分かるよ]


「いいね。じゃあこれから、どうする?」


[だって、マッド]


 リィラが聞くなり、オークラーの声がマッドの画面の外で響いた。


[どこに立てこもっているかはハッキリしているのですか]


[ああ。大通り突き当たりのビルだ。あのラジコンの信号が出ているのもそこでな。そのマップを見せろ]


 すると渋い顔が覗き、マップの一点にマーカーが現れる。老刑事がそれを、忌々しげに睨んでいた。


[あんなもんを使ってくる上、見晴らしが良い。周辺の路地は当然、見張ってるだろうな。どう近付いたもんか……]


[そこはカイに任せましょう]


[あのガキみたいなヤツだけに全部やらせるわけだ。てめえで考えるってことを、アレに任せる気か?]


 そのやり取りは、カイの耳には入らなかった。いつかやったゲームのことを思い出して、マップ上の点たちの動きが気になってしまった。


 移動できる爆弾を持っているなら、見つかることを踏まえて自分から一定距離の範囲を保つはずだ。近すぎれば巻き添えを食らうが、遠くにやり過ぎると戻すのが間に合わなくなってしまう。


 つまりこの大量の赤い点たちは、人間の戦略的思考そのものであり、物理的な驚異でありながら情報的な有利でもあるのだ。時間を掛けるまでもなく、カイには二十前後の情報が二つの点を指差しているのが見えた。ひとつは刑事が置いたマーカーの位置、視界が開けた大通りの突き当たり。そして、もうひとつは。


「あの、いいっすか。ここも怪しくないっすか?」


 オークラーたちの路地を曲がりに曲がってたどり着く先、裏路地の一角をタップし、マーカーを置く。


「爆弾たちなんすけど、なんかそこも守ってる気がするっていうか」


 するとまた老刑事が顔を覗かせ、オークラーもじっと観察した。声をあげたのはオークラーの方だった。


[……確かにそう見えるな。いい眼だ]


「あざっす」


[アジトに閉じ込められた者たちへの応援が控えてるのだろうな。表から突入したところへ、後ろから撃つ算段だろう]


「じゃあ、手分けで?」


[ああ。表通りは頼む。こちらは路地を攻めて、増援を断つ]


 彼女がそのまま横へ向くと、シワだらけの顔へ文字通り面と向かった。


[おい。本気でヒーローの言いなりか?]


[ただカイの、信じるべき能力を信じているだけです。正面からの突破に必要なのは、磨き抜かれた基本か、常識が通用しない強さですから]


[小娘が見下すなよ。決めるのは俺だ。路地の方へ行くぞ]


 とっとと行こうとする彼を、カイが情けない顔で止める。


「あ、あの、ちなみに人ってどうなんすか。民間人っていうか」


[一ブロックまるごと避難済みだ。人質もないとは聞いている]


「あ、ありがとうございます……」


 巻き添えを気にしなくていいのであれば、まだ気は楽だ。


[それじゃあカイ。見つからんようにこっちは通話を切る。健闘を]


 そうしてオークラーたちが退出するのを認め、カイは大通りへと向かった。


 ビルとビルの間の大通り中空を飛ぶ――なんて赤いスーツのヒーローみたいなことはせず、対象である少し背の低く幅広なビルの死角になるよう移動していく。


 爆弾が下を移動するなら、上から攻める。常識が通用しないというのはこういうことだ。


 そうしてたどり着いたのは、丁字の大通り角のビルの屋上だった。そこから見下ろすと、やや遠くでかなり小さく動く点が見える。マップを確認すると、見た目にはカイのすぐ近くを爆弾が往来しているが、見えないように通りすぎていく。


 それに、対象のビルには赤い点が一つもない。自爆する気など毛頭ないということだ。あの威力なら、むしろそれが怖くて最初から全てのラジコンを出払わせた可能性すらある。


 ……自爆するかもって考えるなら、もう表から入っちまえば爆弾は来ないか。それならそれで、どう突入するかだな。


 慎重にって考えるなら……。


 うーん…………。まぁいっか。いつも通りで。


 カイはマッスルとプロトリィとクーラー、そしてブレードとシールドを起動し、フル装備でビルを飛び出す。そのまま屋上へブレードを撃ち込んで飛び付き、タンと着地した。屋上含め九階の高さでも、怖いものは怖い。直に下を見ないよう、屋上の真ん中で真下を見てみる。


 プロトリィによってPpを保持するあらゆるガジェットや配線、その流れまでもが可視化され、むしろ見えにくい。見えないよりは情報は多いが……。


 ともあれすぐ下には誰もいない。そのまま屋上の鍵のかかった扉を、ドアノブ横の隙間へ無理やりブレードを刺して解錠し、突入した。


 そのまま階段を一階、また一階と降りていくが、一向に人の気配がない。表の騒動のうちに逃げたのだろうか。


 ……もしかして、陽動作戦ってやつ? 不意に襲う嫌な予感に、カイは報告しようとマップを見たが、プロトリィの視界ではただの赤く光る板だった。


 プロトリィを切る。


 ちょうど、全ての赤点がカイのビルへ向かい始めたところだった。


 誰もいないのに、なぜガジェットたちにPpが供給されているのか。ハリウッド映画で何度も見たパターンじゃないか。信号を中継してそこにいるように見せかけるだなんて。


 ――――罠だ。


 通話のリィラが何か叫ぶ顔をしているのを横目に、カイは目の前の窓から全力で飛び出し、とにかく一番高いビルへブレードを撃ち出し、ロープを巻く。緩んだ分が巻き戻って――――。


 地面の方角が光った。不味い。間に合う気がしない。カイはシールドを下へ向け、できる限りぎゅっと縮こまって盾の影へ身を納めた。


 それとほぼ同時に、バッファでスローにしてもなお強すぎる衝撃を左腕に受け、シールドの裏へ身体を打ち付けながら空へと飛ばされ、刺しておいたロープに引っ張られ右腕が千切れるのではないかと思えるほど急に加速度が変わった。


 地上では、瓦礫が舞っていた。百や二百ではない。その丁字路にあった建物全てが粉砕し、それが嵐のようにあらゆる方へ飛び交って、衝撃波がいまだに周囲の窓なんかを破壊しながら広がっていく。


 五分の一のスローですら目まぐるしいほど、地上の景色が塗り変わっていく。


 ブレードを刺したビルが、大外刈でも食らったかのように根本から回転しながら倒壊していくところだと気付き、カイはロープを引き直す。


 斜めの屋上へ着地し、そのまま上空へ向いた壁側へ飛び出してその側面を駆け降りる。バランスが取れないほどの急勾配が、ゆっくりと緩やかな坂へと変貌していく。むしろ周囲の景色の方が回っているような光景に、平衡感覚を失いそうになりながらも走り続けた。


 そうして平坦になり、そうしてわずかな上り坂となったとき、ビルの割れた壁面から飛び出し、地上すれすれで地面へスタンバーストを撃って勢いを殺して、やっと瓦礫の硬いクッションへと落下した。


 そうして、一呼吸――体感で五回――の後、やっとバッファを切ってサリペックを見た。ジャミング効果とやらのせいで、回線切断の表示のまま画面が沈黙して語ることはなかった。


 立ち上がり、周囲を見て、カイは光景の変貌に愕然と口を開く。


 とにかく、瓦礫の広場だった。さっきカイがいた丁字路の場所がさっぱり分からず、瓦礫の中心だからあの辺だろうかと検討をつけるしかなかった。


 マップを見る。まだ爆弾はいくつかあるらしい。またやられたら、次はどうなるんだ……。


 オークラーたちは、無事だろうか。


[――カイっ。カイ大丈夫っ!?]


 やっとサリペックから声が響く。リィラの泣きそうな顔に、ひどく安心してまた笑いが出てしまった。一度の任務に二回も死にかけるとは、やはり最終兵器にはほど遠い。


 いや、最終兵器だからこそ、二回も死なずに済んだのか。


[なにニヤけてんだバカ!]


「ごめんごめん。リィラの顔見たら安心しちゃった。無事だよ」


[ったく。こっちもヤバかったんだぞ。周りのガラスが一気に割れてさっ。ホバーがめっちゃ傾いてひっくり返るかと思ったんだからな!]


「おれなんか倒れてる最中のビルの壁走っちゃったもんね」


 それより、とカイはロックを呼ぶ。想像よりずっと早く解決してしまったので、図らずも手が空いた。


「ロックさん。そっち行った方が良さそうっすか? それかオークラーさんの応援とか」


[いや、戻れ。犯人を追い詰めすぎるのはやべぇんだよ」


「え、そうなんすか? でも降参とかしそうな気も……」


「そっちならいいが、そうじゃねえときがヤバい。とっておきの罠が失敗したと知れたら奴ら、お前のために自爆でもするかもしれねえだろ? こっちの命は一つなんだから、一回だってヤバい状況になっちゃいけねぇって隊長に口酸っぱく言われてんだよ」


 そのセリフを言っているオークラーを想像するのはあまりにも容易かった。いかにも言いそうだ。


 犯人を刺激し過ぎたら、彼女まで危なくなるかもしれないと思えば、ソワソワはするが、抵抗なくその指示に従えた。


「隊長たちから連絡があるまで、お前がやられたと思わせておけばいいさ]


「そっすね。うっす!」


 そうしてカイは、リィラたちの座標へとカラカラコロコロと足元を鳴らしながら急ぐ。


 ……これ、ニュースとかで何て言われるんだろ…………。

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