小話 ミュート芸のカイ

――Kai――

 地下道に通じる場所、空から列車が降って刺さった広場でどうしようか悩んでいた。


 これ、一番上までいかなきゃダメ……? 腕を伸ばして手を翳す。太陽が眩しい頂上の穴は、小指の先より小さい。周辺にエレベーターらしいものはなく、この異常に長い螺旋スロープを登っていくしかなさそうだ。


 ここの人は物凄く不便なところに住んでんだなぁ。


 カイが見上げた少し横に、先頭車両の窓から放り出され、見るも耐えない全身を・・・強く打った・・・・・遺体になった絶叫男がいた。


 うわ。嫌なもの見ちゃったな。……てか結局あいつブン殴れなかったわ。まぁ、それ以上のアレになっちゃったからもういいけど。


 で、どうすっかなぁ~……。


 ……ブーーーン…………。


 小さな羽音が、穴の上からやってきた。一機のドローンだった。


「あっ。おーいここ! おれここ!」


 手を振る。ドローンが急接近し、機体でカイの体当たりしてきた。後ろへ二三歩よろめく。


 このツンツン度合い。リィラに違いない。『またお前死にそうになりやがってさぁ』という声が聞こえてくるようだった。


「ってぇ……いやこれはしょうがないじゃんか。さすがに抗議するぞ抗議!」


 怒って見せる。するとドローンがちょっと身を引いた。しかしカイは、数呼吸のうちに笑顔に戻った。


「……と、これくらいにしといてさ。ちょっと聞いてほしいんだけど、もしかしたらファイマンを説得できるかもしんない! さっきさ、まぁ……色々あって、アイツの命を救ったら、救い返してくれたんだ!」


 返事がない。リアクション分かんねえからちょっとやりにくいな……。


「しかも、あいつ撃てるってタイミングで撃たなかった。すっげぇ……こう、なんて言うの? 心動かされたって感じでさ。ぜってえイケると思う」


 やはり返事がない。聞いてる? いや操作してるんだからその場にいるだろうし、聞いてるよな。


「後はこう、アイツの呪い的なの解いてやったらさ、上手いこといくんじゃねってさ。……な?」


 ……ひょっとして音声機能ない? それに気付いた瞬間、猛烈に顔が熱くなった。


 じゃあおれ、アレだ。カメラに向かって届きもしない声で、張り切ってたんだ。


 うわぁ。


「……なんでもない。行こう」


 オーバーにハンドサインをした。するとドローンが先導を始める。


 やっぱりだわ。後で絶対バカにされるやつじゃん。うわぁもう最悪……。せっかく生きて帰れるのに帰りたくなくなった。ここに永住まである。


「……はぁーあ……」


 思わずため息が漏れる。


 そういえば、やっぱり生き残ったわ~って感じしないな。なんか現実感なさすぎて、さっきまでのが夢だった感じがする。


「おれさ……なんでファイマンのこと助けたのか分かんねえんだよな。結果的に助けてよかったんだけどさ。見捨てて地面に叩きつけさせたらたぶん、戦いは終わって……」


 言いながら彼は、ニコの言葉を思い出す。ファイマンがどういう能力か説明するとき、列挙されたもののひとつに『あらゆる状況からでも着地できるほどの身のこなし』があったことを。


「……ねえか。だって、着地できるんだもんな。しかも、めっちゃ撃たれても死なないくらい回復するしさ。え? じゃあマジで助ける意味なかった? そんなぁ……」


 助けたからこそ、助けられた。だから無駄ではなかったものの、カイはなんだかすること全てうまくいかない気がしていた。


 それを振り払うように、カイは大きく息を吸った。


「あ~~~あ。やっぱおれって兵器向いてねえよな~。普通にモテる男がよかったぁ~!」


 思わず本音も漏れる。


「やっぱさ。こう、モテるからって色んな子としちゃう的なヤツじゃなくてさ、モテた上で一途に生きるって言うの? モテモテなんだけど誠実っ。憧れるわ~」


 かつてハーレムがどうこうと憧れていた男の、ランクアップなのかランクダウンなのかよく分からない憧れが地下道に響く。


「でだよ? こう、オークラーさん的な麗し系美人の子に尽くす。オークラーさんだったらもう……もう一生を奴隷として過ごすわ。家事全部やる。赤ちゃんの世話とかも全部。会社に赤ちゃん持ってくわ。育休くださーいっつって」


 カイの想像は加速していく。


「お付き合いすら恐れ多いけど、オークラーさんとチューしたいんだよなぁ~。でもやっぱりするならお付き合いの上で、心を通わせた真の愛のキッス的なね。超ロマンチックなレストランの帰りとか……」


 前から人が歩いてきた。カップルだ。


 え。嘘じゃん。地下道って人通らないんじゃないの。あ、さっきのグルグル住宅地の方ですか?


 さっきからおれの声めっちゃ響いてたんだけど……。


 めっちゃおれ見てクスクスしてらっしゃるんだけど…………。


 カイは廊下の壁に腕を擦りながら歩く。うつ向いたまま顔を上げられない。


 それもめっちゃ見られてんだけど………………。


 死にそう。こうなると知ってたら、さっきので死にたかったまである。


 なんでぇ……? なんで秒で天罰下るの……? ただの願望じゃんか……。


 ドローンがカイを向いてる。カイは言葉に詰まって、無理に口角を上げた。


「な……なんだろうね。あ、服じゃあん! 服めっちゃボロボロだったもん、それはさすがに笑うわ」


 涙目で、自分の服の破れた箇所を指差して見せた。リィラに声が届いてない分だけ、大袈裟に。


「わぁ~ボロボロ……変な勘違いじゃないわ~。地下道あっつ……。あつ、ボロボロなのに暑いわ。換気とかできないのかな~」


 上着を脱いで、シャツの首もとをパタパタと扇いだ。


 ドローンは先導に戻る。


 …………もう喋らないでおこう。


 結構な距離を歩き、ある梯子の前で止まった。ここだろう。カイは梯子を登って、蓋を開けた。


 外に出ると公道で、だけど人通りは全く無い。恐らく山道に出入りする道だろう。空はいつもの暗い昼だ。展開していたPpのドームはすっかり消えている。


 すぐ近くに一台のホバーが止まっていた。あれはT.A.S.だ。


「……! おーい!」


 やっべぇ何だこの安心感。最初はこのホバーから逃げてたのに、今もう実家くらい安心する。いや実家はちょっと……アレだな。ネカフェくらいだ。個室あるやつ。


 プシュッと扉が持ち上がる。中へ飛び込むと、待っていたのは47部隊。最高かよと、カイはガッツポーズをした。


「よっしゃっ。いやぁ~助かるっす。歩いて帰るのかと……」


 …………。


 …………オークラーさん……なんで顔めっちゃ染めてるんだ……? 恥ずかしさ極まって目も合わせてくれないって感じじゃん……?


 隊員を見る。呆れた顔のロックの顔。気を使って運転席から顔を出さないマッド。そして、笑顔でヒューッと口笛を吹くクレイ。


 カイは全てを、察した。


 そして外へ飛び出し、地面に倒れこむ。


「オオォァアァアアアァァアァ……!」

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