異世界漂流譚 初日

碾貽 恆晟



 気付いたら、異世界にいた。


 在り来たりな一文であり、異世界モノが好きであればよく見るであろうフレーズ。


 しかし、実際に自分の身になってみると、笑い事ではない。


 天変地異より理不尽だ。


 異世界であるという理由はいくつか挙げられるが、数分前のことを思い出せば一瞬で立証できる。




 私は残業のせいで会社を出るのが遅くなり、急いでいた。


 家に帰るのが遅くなると不審人物などと出会わないかと不安があったのだ。


 駅につくと、あと数秒で電車が来るところだった。


 急いでホームへと続く階段を駆け上がり、電車に駆け込んだ


 そして、息をついて上を見上げれば紫色の空。


 青の恒星が空高く輝き、緑色の衛星が地平線から昇ってきていた。


 地面に視線を向ければ血のように赤黒い砂が広がり、周りには砂丘が広がっている。


 一瞬、惚けてしまった。


 次第に現状を理解していく。


 あ、ここ多分異世界だ、と。



 元の世界に未練があるわけではない。


 両親はとうに他界し、結婚もしていない。


 同じ職場の同僚とも交流が多いわけでもないし、同級生たちとは卒業してから一回も会っていない。


 三十路を過ぎてなお、結婚にも興味がわかず、焦りもなかった。


 だからだろうか、異世界に来たというのに現状を受け入れてしまった。


 しかし、砂漠のど真ん中というのはいただけない。


 どこか、オアシスでもないかとキョロキョロと辺りを見渡し、後ろを振り返った時、ソレと目があった。


 ただし、その目を持つ生物には目が2対、計4個あった。


「「……」」


 一人と一匹の間に気まずい沈黙が流れる。


 その間に私はその生物をよく観察する。


 目が2対あることを除けばその生物は元の世界でいたトカゲに似ている。


 ただし、少しサイズが大きいが。


 具体的に言うと人の顔ほど。


 ジーッ


 と、一人と一匹揃って睨めっこをする。


 なんて不毛なんだろうかと思い始めた頃、トカゲ(仮名)の方が根負けしたのか目を逸らした。


 グー


 と、体を伸ばしたかと思うと、背中から羽根が生えた。


 コウモリみたいな羽だと思った。


 決して現実逃避ではない。


 トカゲは私が目を丸くして呆然としている間に飛び上がった。


 ポッ


 と炎を吐いて紫色の空へと上がっていく。


 この時、私は異世界に来たということを実感した。


 そして、この世界が––––というか私の人生の理不尽さを生まれて初めて呪った。


 しかし、この世界は私にさらなる過酷な未来を強いてきたのだ。


 はじめに気付いたのは砂がサラサラと音をたてたからだ。


 私は何事かと思い足元を見つめた。


 次第に大きくなる砂の音。


 そして––––


 ザァァァァァァ


 砂が、否、何かが砂の下から地上に上がってくる。。


 不運なことに、その存在が出てきたのはちょうど私の真下。


 その存在が私を乗せてヌッと地上に姿を現わした。


 最初はその存在が何かわからなかった。


 東京ドームと同じぐらいの大きさのものを一部分見ただけで判断できるのはその道の専門家ぐらいだろう。


 けれど、私にもその存在が何かわかった。


 何故か?


 それの顔がとてもよく見覚えのあるものだったからだ。


 特徴的であるキュートな目と鼻腔、そして口。


 空を見上げるその顔はとてもよくみるものだ。


 即ち、亀。


 そう、私は巨大な、東京ドームほどある強大な亀の甲羅の上にいたのだ。


 トカゲが飛び、火を吐く世界だ、油断はしていなかった。


 だが、予想の斜め上を行ったのは確かだ。


 確かに、異世界で大きな姿をした亀なんて創作物でいっぱい知っている。


 けれど、小説で読むのと実際に見るのとでは大違いだ。


「ほえ〜」


 亀さん(仮名)の顔を見ながら気の抜けるような声をだす私。


 けれど、そんな私を置いて、亀さんはとんでもないことをしてくれた。


 亀さんの視線の先には空を飛んでいる何か。


 多分『龍なんじゃないかな〜?』と思うのだが……。


 それに向かって口を開いた亀さんは––––光線を吐き出してその龍を打ち落としてしまったのです。


 そう、打ち落としてしまった。


「……何してんの亀さん〜〜ッッ!!!!????」


 こう叫んでしまった私を責める人はいないと思う。


 何故って?


 続きを知ったらわかる。


 そう、集まってきてしまったのだ。


 何がって?


 龍に決まってるでしょ。


 そう、まるで畑に群がる飛蝗が如く、空を覆い尽くすほどの龍がこちらに向かってきたのだ。


 怖くて悲鳴すらあげられない私。


 今、私の顔を写真で撮ったら、題名が『絶望』とかにできると思う。


 だが、その龍たちも亀さんには敵わなかった。


 亀さんに群がろうとするも巨大な結界に阻まれ、口から出る光線に撃ち落とされていく龍たち。


 それはとても悲惨だった。


 ……どうしよう、夢に出てきたら。


 亀さんにとっては日常かもしれないが、その光景は私に恐怖を教え込ませてくれた。


 亀––––もうこんなやつ亀さんなんて呼ばない––––は群がった龍を全部倒したのに満足したのか、砂の中へと戻っていく。


 甲羅の上にいる私は、急いで甲羅の上から降りる。


 運動神経がゼロな私は砂の上に物の見事に足を突っ込み、とても痛かった。


 痛いで済んだのが奇跡だろうが……。


 そして、私が足を痛がっている間に亀は砂の下へと姿を消し、後には私が一人、取り残された。


「……もうこの世界、最悪」


 それが、私の正直な気持ちだった。


 

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