19★寝ても覚めても
ジリリ……ジリリ……。
アラームの規則的なリズムが、和室に鳴り響く。
窓からは、あたたかい陽の光が差し、庭先ではスズメがさえずっている。
「うぅん………あと十秒………」
そんなのどかな風景をうっとうしいと感じてしまうのが、朝のぼくです。
スマホがピロンと一件のメールを受信。
こんな早い時間になんだろう、とホーム画面をスクロールする。
登録している白河堂のアカウントから、新商品のおしらせが来ていた。
新発売の商品は『プッシュークリーム』。
生地を手で押すと、連続で中のクリームが流れ続けるらしい。
クリームまみれになっちゃうけどいいのかな?
「ううん……そろそろ、起きるかぁ」
しばらく布団でゴロゴロ。
やる気をチャージして、ぼくはのそのそと寝床から起き上がる。
寝室(アパートだからそもそも部屋は一個しかないけど)を出て、テラスで軽く伸びをしていると、お隣さんである猫耳の女の子が洗濯物を持って部屋から出てきた。
アルバイトで遊園地のキャストをやっているからか、寝起きでも表情に華がある。
目がなかなか開かないぼくとは大ちがいだ。
「おはようございます……」
「あ、ヒフミくんおはよう。って、また死にそうな顔してる。朝が弱いのまだ続いてるんだね」
「ははは、そうなんですよぉ。早く起きれたらいいんですけど」
軽くえしゃくをして、一階へとつながる階段を降りる。
一階は全部大家さんの生活スペースになっているから、めちゃくちゃ広い。
この建物は、二階建てアパートの上半分と、民家の一部を縦にくっつけたような感じ。かなり変わってるよね。
このアパートのいいところは、朝食ありお風呂ありと、めちゃくちゃ充実していることだ。
朝起きてすぐ、ホカホカのごはんが食べられるなんて!
引っこし一日目は感極まっていたっけ。
ただ、現実はそう甘くない。
「ヒフミくん、もう少し早く起きれないの? ごはんまた冷めたわよ。こういうのはできたてが一番おいしいのに」
厨房で待っててくれた大家さんが、くちびるをとがらせた。
「す、すみません。あっためます」
「おみそ汁冷めてるわよぉ」
「すみません……」
ごはんを取りに行くまで、寝起きの遅いぼくは一時間はかかる。
なので、炊きたてつやつやのお米も氷のように固まり、スープは冷ます必要がないほど冷え切ってしまうのだ!
って、自信満々に言うことじゃないけど。
「あ、そういえばヒフミくん。あの件、私まだ説明されてないんだけど」
「あの件?」
電子レンジのボタンを操作しながら聞くと、大家さんはとたんになげく。
「人形の件! あれなんだったの? アリスちゃんは逃げるし、あんたの職場に直接電話するのもヤボかなーと思って。モヤモヤしてたのよぉ」
「あー………」
あぁ、まだ覚えてらっしゃいますか! すごい記憶力だ。
ぼくですら忘れかけていたのに。
あ、トラウマがよみがってきた。こわかったなあ、あれ。
市松人形のくだりを説明すると、さらにおどろかせちゃうかもしれないので、
「あはは、ちょっとした遊びっていうか」
とごまかしておく。
「そうなの? ふうん。次からは気をつけなさいね」
「は、はい。失礼しまぁす。いい一日を」
あごに手をあてる大家さんをしり目に、ぼくは電気の力によって復活したごはんをプレートに移すと、そそくさとその場を後にした。
□■□
「またシュドはサボり~? しょうがないなあ。千華ちゃん、そっちの紙のりづけしといて。ポストまで、たのむね」
「了解です~」
千華ちゃんが、茶色いふうとうを持って部屋を出て行く。
「ヒフミくんアリスちゃん、緊急依頼。犬が逃げたってさ。ソムニアのペットって、なんで一か所でじっとできないのかなぁ」
「さあ。ラジャーでーす」
ぼくは作業を止めて、出かける準備をする。えーっと、どこだベスト。
「やっちゃん、おつかい行ってきてくれる? ハチマキとカマボコとノリの佃煮ね」
「ハチマキ、なににいるんですか?」
「んー秘密」
夢彩ちゃんがいない仕事場は、ずいぶんと広くなったような気がする。
人にはオーラがあるんですよって、キャストのお姉さんは前に力説してくれた。
実際、七人が六人にもどる影響は大きい。
こうやってアリスとふたりきりで仕事をするのも、久しぶりだ。
先輩の指示で、夢幻屋を出て依頼人のとこへ足を進めていると、アリスがふいにぼくの頬をつついた。
プニプニ。
「え、ちょ、どうしたの」
「ポケーッとしてるから。なんだかんだうまいこと対応するあんたが、こんなに落ちこむのもめずらしいし」
う、おっしゃる通りです。
うまいこと対応してるのかどうかは、まあいいとして。
ここ最近、ぼくは仕事でもアパートでもボーッとしていることが多かった。
なにをするにしても動作がおそくなって、ミスもしょっちゅうで。
意味もないのに画用紙を広げてみたり、ゆがみの近くを散歩してみたり、管理センターの人に電話をかけてみたり。
会えないのはわかってるけど、からだは正直だった。
また会いたいという想いが、頭から離れないでいたのだ。
「いい子だったわね、あの子。夢彩といると楽しくて時間がすぐにすぎちゃって」
「うん」
「想像力が豊かで、純粋で。人間ってあんなふうにキラキラしてるんだって、わたしも感心して」
「うん……」
夢彩ちゃんは今、なにをしてるんだろう。昼間だから学校かな?
お母さんとは仲なおりできたのかな。友だちとはうまくやれてるのかな。
絵は、まだ描いてるんだろうか。どんな絵を描いているんだろう。
顔を上げると、アリスが坂道の頂上まで移動していた。
反対にぼくは、ふもと付近でつっ立ったまま。
「そろそろ切りかえなさいよ――! 足、進んでないじゃない。仕事しないの―?」
「ご、ごめん今行く。……わっ」
後ろからズボンをつかまれて、大きくよろける。
振り返ると、青い帽子の男の子がニヤリと笑って立っていた。
「やあ、ひぃちゃん。仕事? 僕もなんだ」
「ナトリ! ……あれ? 掃除屋、続けてるの?」
ナトリが来ているのは、掃除屋グループ・カナリアの制服だ。
水色のシャツに紺のズボン。右手にはバケツとモップ。
「うん。自分にできることを、がんばってみようかなって。まだ悩むことは多いけど、なんとかやってる。だからまたなにかあったら言ってよ。今度は、今度こそ、ちゃんと情報送るからさ……その、また遊びに行ってもいいかな」
ダメなんて、言うわけないじゃないか。
だってきみは、ぼくの親友だもん。
「もちろん。ゲームでもやろ。ゲームで始まりゲームで終わる。さいこーじゃない?」
「おー、やるかー? また誘ってね! またねひぃちゃん」
ナトリが回れ右をして駆けていく。
ぼくも右手を振り返した。
そっか。ナトリも前へ歩きはじめたんだ。
だったらぼくも、うつむいている場合じゃないよね。
自分にできることを精いっぱいやらなくちゃ。
顔を上げて、一歩一歩進んで行かなきゃ。
走ってアリスの横に並ぶ。
やる気スイッチがオンになったぼくに、アリスはちょっとびっくりしたみたい。
「切りかえろとは言ったけど、無理してやらなくてもいいのに」
「無理してないよぉ」
心外だなあ。ぼくは腕を組む。
アリスは世話焼きだなぁ。おかげで、少し—いや、すごく助かってる。
「行こう。依頼人との待ち合わせ場所は、ここから東に……」
「わたしにも見せて。道に迷いそう」
今回の依頼人は女の子。依頼内容は犬探し。
猫やらカラスやら、ソムニアの動物は活発だね。
自然がゆたかだから、感性が育ちやすいのかな?
横断歩道を渡り、遊園地前を通りすぎ、しらないビルのあいだをくぐり抜け。
数十分かけて、ぼくらは指定された場所―森林公園にたどりついた。
公園って名前のわりに遊具は見当たらない。一面草・草・木・そして草だ。
周囲をみまわす。
現地集合のはずだけど、相手はどこにいるんだろう。
「あちゃ、早くついちゃったね」
「ヒフミが先を急ぎすぎるからよ。場所は遠くないんだし、もっとゆっくり歩いてもよかったんじゃな」
「そっか。ってアリス? どこ見てんの?」
急に黙りこんで、一体どうしたんだろう。
アリスの視線の先をたどる。
公園の中央に、古びた木製のベンチがあった。その前にひとりの女の子がいた。
桃色のリュックを背負い、両手をブンブン振りながら、ピョンピョン跳ねてる。
「………まさか」
待って、あのリュックはもしや。
開いた口がふさがらなかった。
なんでここに。どうして。だってきみは。
「久しぶり、ひふみん、アリスちゃん‼」
「夢彩ちゃん⁉︎ え、ちょ、どうやって……」
夢彩ちゃんがふふんと胸を張る。
その場でくるっと一回転。
人差し指と中指に挟んだ金色の紙を、そうっとヒラヒラさせた。
「「ペ、ペア切符‼」」
「ピンポーン! 大正解っ!」
彼女が桑先輩と結んだ三つ目の約束。
あれにはなんと、続きがあったようで。
『条件はのみます。けど、わたしからも、ひとつだけいいですか。ソムニアにまた来れるように、夢幻屋の隣の穴はふさがないでほしいです。夢は忘れてしまうもの。でも、楽しい夢はずっと覚えているでしょ?』
――夢彩ちゃん悪い子だねぇ。んじゃ、共犯になろうかな。はい、ペア切符。
—―なにかあったらいつでもおいで。待ってるから。
「来た時は上手く嘘をついておくから、いつでも来てねって言われて。あ、ひょっとして信じちゃった? 桑さんの嘘」
桑せんぱぁぁぁぁい! あなたって人はぁぁ!
じゃあ、犬が逃げたっていう話は全部フェイクで、ぼくとアリスを公園にむかわせることが目的だったってわけ?
さすがリーダー。用意周到だ。
「なんだろう、この消化しきれない気持ちは」
「単純にリーダーと夢彩のタッグが強すぎるのよ。想像力と考察力のダブルコンビよ⁉ 無理じゃないこんなの」
「やった—―! サプライズ大成功っ! いえぇい! 桑さんナイスゥ」
「「うわああ、負けたぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
完敗だ。完全敗北だ。見事な手のひら返し。
そうだ。ソムニアの住民が、想像力で人間相手に勝てるわけないんだった。
そして夢幻屋のメンバーが、リーダーに勝てるわけないんだった……。
「あのあと、お母さんとはどうなったの?」
「警察に通報されてた。家に帰ったらママ、大泣きでさ。今後いっさい家出しないでって、三時間くらい怒られたよ。警察の人にも一時間お説教されたから、合計四時間」
うひゃ。四時間ぶっ通しで怒られるとか、ぼくは耐えられない。
まあ、それだけで済んでよかったね。お母さん、ゆるしてくれたんだ。
聞くところによると、お母さんもひどく反省していたようで、帰った日は二人で思いっきり泣いたらしい。
クラスメートの女の子とは仲直りをしたけれど、まだちょっとぎこちないようだ。
カンタンに傷はなおらないよね。
「でも、夢彩ちゃんはなんでここに来たの? 今日って平日でしょ?」
「見せたいものがあって。これだけは、どうしてもみんなに見てほしかったの」
夢彩ちゃんはリュックの中をまさぐって、ある一枚の紙を広げた。
そこには金色の字で、こうつづられている。
「見て! すごいの……! めちゃくちゃすごいことが起きたの!」
巴小学校 六年二組 花谷夢彩様
優秀賞
あなたは令和X年度、小学生絵画コンクールにおいて、優秀な成績をおさめましたのでこれを称します。
「賞、とっちゃった!!」
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