第7話

 老人が去っていくと、店内に残された三人は顔を見合わせた。安心と興奮の中間くらいの表情で言葉を交わしていく。

 「ちょっとフジタくん?!さっきの対応!」

 店長は驚きが勝っているようだ。

 「え?問題ありました?」

 若者は、首を傾げている。

 「ないでしょ!ですよね?!ありがとう!」

 わたしは安堵の後の妙なそわそわが止まらない。それと同時に、なにか寂しさを感じてもいた。

 「そっすか。」

 「助かったーありがとう。ありがとう!」

 「それにしても叫んだら喉乾きましたね…。」

 三人は店長のおごりでサイダーを飲み始めた。口の中が冷たくなり、頬の熱さが際立った。やはり今日は少し飲みすぎたかもしれない。

 若者が半分ほどサイダーを飲んだところで、つぶやきだした。

 「先週、その、うちのじいちゃんが死んじゃって。」

 店長とわたしの喉がピッと止まる。

 「なんか意識してるわけじゃないんですけど。」

 わたしの祖父はとっくの昔に亡くなっていた。祖父が亡くなる、という生々しい感覚はもう手元にはなかった。横を見ると、店長はゆっくりとうなずいていた。

 「フジタくん、先週の休みは有給じゃなくて普通に働いておいたことにしてあげるから。有給は大事に使おうぜ。」

 この人実は結構気を遣える方なんだな、と思いながらわたしは一連の流れを回想していた。出ていく前、あのおじいさんは一体何を思ったのだろうか。フジタくんは小声であざーす、と返事を返した。

 もう一口サイダーを飲んで、それから一言二言感謝を述べてコンビニを出ていった。


 飲んだ後にドライブするのが習慣になっていた。今日に限ったことではなかった。こういう風に車に乗るときは水を飲めるだけ飲んで、歯を磨いて、シャワーを浴び服を着替えた。いつも身なりをきれいにしてから車に乗り込んだ。後部座席のシートには薬箱がおいてあり、小さなマウスウォッシュが入っていた。これを切らすわけにはいかないので、自宅から月極の駐車場までの途中にあるコンビニで毎回残りの量を思い出して買い足していた。

 エンジンを掛けて、好きな曲を流し、深呼吸をして三回ほど口内をすすぐ。ハンドル横のレバーを長めに倒して、フロントガラスをよく洗浄する。エンジンが温まったころに、深呼吸をして車の窓を開けて、目を瞑って数字を数える。窓が閉まる。右と左を確認する。車は大抵いない。けれども必ず誰か、なにかいないかを確認をする。そして、発進する。今日こそはなにか起こってしまうだろうか。

 ――どこかで気まぐれな警察官の職質にあうだろうか。

 心臓がゴクッ、と大げさに一度音を立てた。夜があらぬ方向に加速していく。



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