★6 お礼

 転校してきたクラスメイトの姉によって一気に押し寄せた情報の波。鎮めるのに少し時間がかかったが向こうの二人も落ち着いたようだ。冬島さんは自身の姉であるえりかさんの隣に座った。

「あ、そうだ。何か飲む?忘れてたよ」

 そう俺たちは入店してから三十分は経っているのにまだ注文すらしていなかった。

「とりあえず、君ブラック飲める?」

「飲めます」

唯誓いちかはどうする?ミルクティーにする?」

「バカにしないで。私だって飲めるもん!」

 冬島さん、家ではこんな感じなのだろうか。学校とは少し雰囲気が違う。違いすぎる。まだ、緊張しているのかな。

「マスター、ブラック3つで。それとショートケーキも3つ」

 マスターっぽい人が静かに頷いた。

「そういえば、君の名前まだ聞いてないね」

甘乃かんの新汰あらたくんだよ。おねぇちゃん。昨日教えたでしょ」

「え?なんで知って……」

「私、記憶力良いのよ。一度見たり聞いたりしたら覚えてるの。あ、でも完全記憶能力とかハイパーサイメシアとかじゃないよ。超昔の細かい事とかの日にちまではわからないし。だから、一番良いやつだと思う」

「「……」」

「しゃべりすぎた。ごめん」

 急にいっぱいしゃべりだす冬島さんに俺とえりかさんは唖然とした。それを見た冬島さんが謝るというなんか空気がしんどい。

「ブラックコーヒーとショートケーキになります。こちらは自由にお使いください」

 そう言って渡されたのは角砂糖やミルク、袋のシュガー、コーヒーフレッシュ。自由に調節できるなんて見栄を張った人にも優しいなこの店。とりあえず、一口。おいしい。すっきりとしていてあまり苦くない方のコーヒーだった。

「う、にがっ」

「やっぱりダメじゃん。見栄張ったね唯誓」

 やはり冬島さんは苦手らしい。あの言い方は無理な人が見栄を張ったときのセリフだし。俺は冬島さんに自由に使っていいと渡された砂糖類の入ったバゲットを冬島さんの近くに置く。

「ありがとう」

 それだけ言って角砂糖を1、2、3、4とどんどん沈めていく。同様にミルクもドバーともう溢れるんじゃないかというところまで入れた。もう色が白っぽい。

「「そうなるなら、最初から他のにすれば良いのに」」

 俺とえりかさんは同時に冬島さんに対して言った。すると、冬島さんは恥ずかしそうに頬を赤らめていた。



  ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



 喫茶店を出た三人はこれから冬島家へ向かうことになっている。

 遅れたお詫びに夕食を作ると冬島さんがえりかさんに提案したことだが、えりかさんが俺を誘ってさらにお礼しようということで半ば無理やり決定した。

「着いたよー」

 ここが冬島家。一軒家だった。白い壁に包まれ、紺の屋根の二階建てだ。駅から徒歩十五分ほどの場所にある。

「さあ、入って入って」

「お、お邪魔します」

「手洗ってうがいしたらここにアウター掛けてそこでくつろいでて」

「はい」

 早速冬島家のルールを説明され、準備を始めに行ってしまった。とりあえず、言う通りやることをやってからリビングのソファーの前のカーペットの上に腰を下ろした。しばらくそこでじっとしていたがそわそわしてきた。

「あれ?そこに座ったんだー」

「えりかさん」

 そこには昼間のスーツでバリバリのOLみたいな感じだったえりかさんが今はラフな格好をしてる。

「こっちに座ればいいのに。こっちくる?」

「いいですよ、別に。ここで」

「ダメ。お客さんが床に座っているのなんか変だから、ちゃんと座って」

 えりかさんからすごい圧をかけられている。確かに自分も相手に同じことをするなと思って折れることにした。椅子に座ろうかと周りを見渡したがダイニングの椅子かソファーに座ることしかできない。まだ、準備をしているときにダイニングの椅子に座るとせかしてるみたいでなんか嫌。となると、えりかさんの隣に座ることになる。えりかさんなんかこわい。

「いつまで突っ立っているのかな。新汰くん?」

「と、隣失礼します!」

 急に声を出したせいで思ったより大きなってしかも最後のす、裏返った…。

 チラッと見るとえりかさんは爆笑、冬島さんも笑いをこらえきれず身体が震えてる。もう、お礼とかどうでもいいから帰りたい。

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