第3話 無能な『空っぽ聖女』 3


(わ、わたしが、帝国の皇帝陛下の花嫁……?)


 絶対に何かの間違いだと思ったものの、マリエルさんの様子を見る限り事実のようだった。


 そんなこと、一切聞いていない。とは言え、シルヴィア様なら何も教えてくれなくても不思議ではなかった。


(わたしが帝国の皇妃だなんて……絶対に無理に決まってる! ありえない、おかしすぎる)


 やけに護衛の数も多く、丁重に扱われているというのは感じていた。けれどそれは単に、わたしが貴重な聖女だと思われているからだと思っていたのだ。


(このままでは絶対に駄目だわ! 今からでも本当のことを話して、王国に戻らないと──)


 半ばパニックになり、どうしようどうしようと頭を抱えていた時だった。


「きゃあっ! い、痛い……」


 突然馬車が急停止し、身体が思い切り壁にぶつかるのと同時に、御者の悲鳴が聞こえてくる。


「な、なんだお前達は! うわああ!」


 それからすぐに剣と剣がぶつかる音や怒声が聞こえてきて、びくりと肩が跳ねた。


 間違いなく、ただの事故なんかではなさそうだった。明らかな緊急事態に、痛む身体が強張る。


「ティアナ様、大丈夫ですか!」

「は、はい。大丈夫です。それよりも、一体何が……」


 すぐにマリエルさんが支えてくれて、身体を起こす。


 そうして停車した窓の外へと視線を向けると、森の中から次々と大勢の武器を持った男達が現れ、護衛の騎士達に攻撃しているのが見えた。


(う、うそ……どうして……)


 再び頭の中が真っ白になり、襲われているのだと理解するのに時間を要した。


 帝国の騎士達もかなりの実力があるはずとはいえ、男達の中には魔法を使えるものもいるようで、圧倒的に相手の方が数も多いため、押されている。


「ティアナ様、こちらへ!」


 そんな中、馬車のドアが開き、ひとりの騎士が手を差し伸べてくる。どうやらわたしだけでも逃がそうとしてくれているようだった。


「わたしなんかのことより、みなさんが──」

「ぐあっ……!」


 けれどすぐに騎士は呻き声を上げ、馬車の入り口で倒れ込んでしまった。後ろから攻撃されたようで、地面には血溜まりが広がっていく。


「ひっ……」

「聖女様、見ーつけた。悪いがここで死んでもらうぜ」


 顔を上げれば大剣を手に、にやりと笑う見知らぬ男の姿があって、ぞくりと全身に鳥肌が立った。


「あ、あ……」


 わたしを庇おうとしたマリエルさんが、男によって殴り飛ばされる。恐怖で指先ひとつ動かせなくなったわたしは腕を掴まれ、馬車の外へと引きずり出された。


「ティアナ様っ!」


 周りの騎士達もわたしの元へと駆け寄ろうとするも、大勢の男達によってそれは阻まれる。その何十人という数に、何かがおかしいと違和感を覚えた。


「どうして、こんな……」

「お前を絶対にここで殺すよう、命令されてるんでね」


 やがて地面に転がされたわたしを見下ろした男は、そう言ってのける。


(わたしを殺すためだけに、こんなことを……?)


 こんな大人数で、それもこのタイミングでわたしを殺す理由など、いくら考えても分からない。


「それにしても、こんなに美人だとはなあ。死んだ後なら好きにしても許されるか」


 全身を舐めるような視線とおぞましい言葉に、激しい吐き気が込み上げてくる。首に冷たい剣先が当たり、はっきりと「死」を意識した。


 ──ずっとわたしには価値なんてなく、生きているのが辛いと感じることもあった。


 けれどいざとなると、どうしようもないくらい死にたくないと思ってしまう。


(きっと、この数日間がとても楽しかったせいだわ)


 たくさんの物に触れて、色々な人に出会い話をして、もっと外の世界を見てみたいと望んでしまったから。


 震える手で、首に食い込む剣先をきつく掴む。



「っわたしは、こんなところで死にたくない……!」



 そして生まれて初めて出した大声で叫んだ瞬間、頭を思い切り殴られたような痛みが走った。割れそうなほどの激痛に、目を開けていることすら叶わなくなる。


 直後、頭の中には見知らぬ記憶が流れ込んできた。

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