第34話 帰還

 夕闇を背に飛び出して来たのは、ブリュンに乗ったフリードさまだった。そのフリードさまは、ブリュンを羽ばたかせてこの崩壊した二ノ城の上空を回るように飛ぶと、私に向かって下降して来た。




「……っフリードさま! フリードさま!!」




 真っ黒のマントを放り出して脇目も振らずに駆け寄った。血だらけの彼に抱きつくと、左手で私を受け入れる。




「目が覚めていたか……よかった……リューディア」


「ふ……っ……うぅ……」




 言葉にならずに、押し寄せる感情のままに泣きながらしがみついていた。


 血だらけで、鎧はすでには壊滅したのか身にまとってない。服は、身体に爪痕が残るほど裂けており、黒いシャツが血を隠していた。フリードさまの顔を見上げると、顔の右側にも爪痕が痛々しくあり、赤い血が流れ落ちる。でも、それは生きている証拠。生きているからこの鮮血のような血が流れるのだ。それよりも、驚いたのはその右眼だ。灰色だったフリードさまの眼が緋色のように赤く、瞳孔は竜のように縦長になっている。




「……フリードさま?」


「リューディア……これを……」




 右腕に抱え持っていたものを私によく見えるように出した。




「竜輝石……っぁ……」




 琥珀色の竜輝石。今までに見た中でも一番大きなものだった。何よりも美しく思えたこの竜輝石に、また言葉が詰まる。




 __グラムヴィント様の竜輝石。


 やはり、グラムヴィント様は死んだのだ。




 言葉が出ない私を、「リューディア……」と切ないように名を呼びながら、さらに力いっぱいに抱き寄せていた。


 グラムヴィント様の竜輝石を地面に置くと重い音がした。重圧なのがわかる。その穢れもない琥珀色の竜輝石に寄り掛かった。私がずっと誰よりも好きだったグラムヴィント様は物言わぬ竜輝石になったのだ。




「リューディア……グラムヴィント様は、誰よりもあなたの幸せを願っていた。この国よりもずっとリューディアを想っていたんだ。孤独なあなたを連れて行こうと考えるほどに……」




 ……じゃあ、グラムヴィント様の幸せは?


私はグラムヴィント様に救われていた。実の子と思われない伯爵家から私を連れだしてくれたのはグラムヴィント様だ。彼が私を竜聖女として召喚しなければ、あの家でずっといびられ続けていただろう。私を側に置いてくれたから、穏やかな日々があったのだ。




「ヴィルフリード……よく帰って来てくれた」




 竜輝石に寄り掛かったままの私と、側で支えているフリードさまに、エディク王子が近づきにくそうにやって来た。ウルリク様や騎士団たちもフリード様の帰還に安堵しているのがわかる。そのエディク王子に、フリードさまが跪いた。




「ヴィルフリード。ただ今帰還いたしました。黒緋竜グラムヴィント様は、寿命が迫っており、その状態で正気に戻ることは叶いませんでした。それにより、私が滅竜いたしました。これがグラムヴィント様の竜輝石です。竜機関で、適正にお守りすることを望みます」




 傷だらけで今にも倒れそうなフリードさまに、今度はエディク王子が頭を垂れるように跪く。




「よく国を救ってくれた。ヴィルフリード・オズニエル将軍に感謝と労いを……」




 エディク王子が、フリードさまを労う。立場が上のエディク王子が将軍であるフリードさまに頭を垂れるなんて異例のこと。それを大勢の騎士たちも見ていた。フリードさまに、これ以上ない敬意を示したのだ。




「グラムヴィント様……」




 番だったグラムヴィント様がいなくなり、死んでしまったと思ったフリードさまが帰って来てくれた。悲しみと安堵と……感情がすでに追い付いていなかった私はそのまま竜輝石を抱きしめたまま涙のあとを残して倒れた。




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る