第30話 最後の竜聖女

 ハンスは、この地震に異常を感じ、すぐに街の人たちを避難させようと、主に男性の使用人を連れて行ってしまった。




「キュゥ……!?」


「大丈夫……あなたはここにいて。ブリュンの小屋で隠れているのよ」




 怯えているような白き竜を優しく撫でる。こんな状態になればフリードさまもきっとすぐに帰ってくる。グラムヴィント様の怒りはこの国ぐらい崩壊させられるのだから。




 すぐに城へと行こうと邸の外門に向かっていると、何頭もの飛竜が向かって来ていた。その飛竜に乗った竜騎士たちが、空から私の名前を叫び始めた。




「リューディア様! リューディア様はおられるか!?」




 竜騎士たちが私を呼びに来た。間違いない。グラムヴィント様が私を呼んでいるんだ。




「ここです! 私はここにいます!!」


「どうかお助けください! グラムヴィント様が暴れています! 籠の檻も……!!」


「……グラムヴィント様が壊したのですね」


「……破壊されました。ずっとリューディア様の名前を叫びながら暴れ狂っているのです」




 あの優しいグラムヴィント様が怒るなんてよほどのことだ。それに、私を呼ぶなんてやはり私はグラムヴィント様の最後の竜聖女のままなのだ。




 ……もう戻って来られないかもしれない。でも、フリードさまがいるこの国を崩壊はさせられない。フリードさまが思い浮かぶ。そして、瞑った目を開いた。




「……行きます。すぐに連れて行ってください」




 そう決意して、私を呼びに来た竜騎士たちとグラムヴィント様の籠の檻へと向かった。







 グラムヴィント様の籠の檻に着くと、二ノ城はほとんど崩壊している。グラムヴィント様の咆哮と地震のせいだろうか。


 壊滅状態の二ノ城に、グラムヴィント様がここから動けていないのは、騎士たちのおかげだ。




 籠の檻の外では、グラムヴィント様がこの場からいなくならないように、何十人もの人間たちが魔法でグラムヴィント様を抑えている。彼らが抑えているからグラムヴィント様は、ここから出られずに、まだ国を破壊してないのだ。




「レイラ!! 一体グラムヴィント様に何をしたんだ!? 兄上まで何故ここにいるんだ!! 私は、グラムヴィント様の籠の檻に入る許可は出してなかったはずだぞ!!」


「知らない!! 知らないわ!!」


「知らないわけがないだろう!! ……っ自白剤を持って来い!! これでは埒が明かん!! 一番強力な物だ!!」




 異様な光景だった。あの清浄で穏やかだったグラムヴィント様の籠の檻は、穢れにおかされていて、大勢の騎士たちがグラムヴィント様を魔法の鎖で抑え、その他の騎士たちは、剣や槍……それぞれの武器を持ち彼と戦っている。目の前にはエディク王子がレイラお義姉様とラウル様を叱責している。エディク王子は今までに見たことが無いほどの怒りだ。




「エディク王子! リューディア様をお連れしました!!」




私を連れて来た騎士が言う。




「エディク王子。一体何事ですか!? グラムヴィント様に何をなさったのです!?」




 エディク王子が、「来てくれたか……っ」とほんの少しの安堵を見せた。




「少し席を外していた間に、グラムヴィント様が暴れ出したのだ。すぐに来たのだが……籠の檻にいたのはこの二人で……」


「……っリューディアのせいよ!! あんたのせいで……っ!!」




 私は、なにもしていない。それなのに、お義姉様は私を見るなり喚きだした。




 グラムヴィント様を見ると、鱗の一ヶ所に剣が刺さっている。




「あの剣は……?」


「ラウル様が、レイラ様をお助けしようと剣を出したと言ってますけど……」


「……違うわ。グラムヴィント様は、なにもしてないのに暴れるような無法者じゃないわ」




 ラウル様に視線を移すと、ビクリと身体全体が揺れた。彼は、グラムヴィント様に傷つけられたのか、服はボロボロで腕の爪跡から血を流している。




「……まさか……冬眠中のグラムヴィント様に剣を刺したのですか?」


「……っ鱗一枚をいただこうとしただけよ! 決して傷つけるつもりなんかなかったわ!! そうでもしないとお金がないのよ!!」




「……お金……?」




 そのために、大事なグラムヴィント様に剣を向けるなんて……。




 静かな怒りが身体を走った。グラムヴィント様は、私の大事な方なのだ。彼を傷つけるなんて……ましてや鱗を盗ろうとするなんて竜の逆鱗に触れる行為そのもの。




「……許せない!! よくもグラムヴィント様に……っ!!」




 その瞬間、レイラお義姉様の周りに一斉に魔法で鎖を出現させ、レイラお義姉様を捕縛した。鎖で身体中を巻かれて、お義姉様は地面に叩きつけられる。その様子に、「ヒッ……」と恐怖したラウル様はおぼつかない足で逃げようとした。




「逃がしません……っ」




 ラウル様を捕らえようとした騎士たちよりも早く鎖でラウル様もグルグル巻きにする。


 使った魔法は竜の鎖。竜を捕らえるものだから、人間なんかに切れるわけもない。




「痛い……っ!? イヤァーーっ!! 離してーー!? エディク王子! 助けて……っ」


「離せ! 私は……っ王子だぞ……!? ギャアッーー!?」




 鎖で締め上げられて、痛みに耐えられない二人は喚くように叫んでいる。




 グラムヴィント様は幼い頃から私の側にいてくれた唯一の方。そのグラムヴィント様を荒狂う竜にしてしまうなんて、私には許せるものではなかった。


 エディク王子たちが、私の名前を叫びながら二人を殺そうとしている私を止めようとしているけど、私にはその声すら響かない。




『リューディア……』


「……グラムヴィント様」




 私を止めたのは、大勢の騎士たちに魔法で抑えられているグラムヴィント様だった。


 その彼の前に、一人で近づいた。あれほどグラムヴィント様を抑え、戦っていた騎士たちまでもが静寂になる。誰も近づけなかったグラムヴィント様に私だけが近づいていることに、周りは息を飲んでいた。




『リューディア……一緒に行こう。穢れのない私の最後の竜聖女……』




 不思議と返事はできなかった。それでも、私はグラムヴィント様と行くしかないのだと思う。そういう風に生きてきたから……。そのまま、グラムヴィント様の側に寄ると私を大きな爪のある手で持ち上げた。こんな荒ぶっているのに、私には周りの恐怖の表情と違いグラムヴィント様が怖くなかった。




 空を見上げると、竜騎士たちがグラムヴィント様を抑えようと周りを囲んでいる、でも、フリードさまはいない。




「リューディア! 行ってはいけない! もうすぐでヴィルフリードも到着する!! それまで待つんだ!!」


「エディク王子……お聞きになったでしょう。私がグラムヴィント様の最後の竜聖女なのです。私は……グラムヴィント様と最後まで一緒にいるつもりだったのです」




 グラムヴィント様が咆哮を上げると、彼を抑えていた魔法の鎖が一斉に千切れた。そして、竜の大きな足で地面を叩きつけると、建物が崩れるほどの振動が響き渡る。


 大地の力が強いグラムヴィント様は、私を抱きかかえたまま浮いたかと思えば、一気に地面へと潜り込んだ。


 彼は最後に大地に帰りたいのだ。
















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