第16話 朝靄

 グラムヴィント様のお世話をしていたから、私の朝はいつも早い。そのせいか、今日も早朝から起きている。




 薄い朝靄が覆う庭の一角。そこには、フリードさまの飛竜ブリュンが休んでいた。その飛竜の黒味の帯びた鱗の体を撫でると、少しだけ気怠そうに薄目を開く。フリードさまの飛竜は大人しく地面にお腹を預けて翼を休めているままだ。






「それにしても、街のほうは朝靄が強いのね……」




 最近は、少しずつ起床時間をこのお邸の動き出す時間に合わせていたけど、やはり早くに目が覚める時はある。朝食の時間も決まっているから、それまですることがなく、庭の散策でも……と思い歩いていたら、ブリュンが目に付いたのだった。




「それにしても、朝靄が増えてないかしら?」




 時々、早くに起床して窓の外を見ていた時もこんなにはなかったと思う。


 庭に広がる薄い朝靄を見ていると、ブリュンが頭を上げて起き上がった。




 「どうしたの?」と聞くと、後ろから不意に私の名前を呼ばれた。振り向くとフリードさまが歩いて来ていた。そのフリードさまにブリュンは寄り添うように側へと寄った。




「リューディア? どうしたんだ? こんなに朝早くから……」


「目が覚めてしまって……」




 そう聞きながら、フリードさまは頭を寄せたブリュンを撫でている。




「ブリュンもリューディアを気に入っているんだな」




 ブリュンを撫でながら、フリードさまがそう聞いている。




「リューディア。ブリュンは、あなたのことが気に入っているらしい。気難しい飛竜で俺以外に懐かなかったのだが……」


「そうなのですか? すごく嬉しいです」




 ブリュンが、私を気に入ってくれていることが嬉しくて少し笑みがこぼれると、口元を隠しながら少しだけ視線を動かしたフリードさま。




 顔を逸らしているフリードさまを見ると、騎士の服に着替えている。ハーフプレートまではつけてないけど、やはり騎士服も黒い。それが、フリードさまにすごく似合っている。




「お仕事ですか?」


「あぁ。朝食の時間に戻れるかわからないから、時間になれば先に食べていてくれ」


「お忙しいのですね……私も急いではいないので、少しだけ街まで行って来ます。朝食もその時にご一緒できたらいいのですが……」


「こんな朝早くから!?」




 驚いたように言うフリードさまに、何か変なことを言ったのだろうかと思う。




「はい。街がどのようなものかも見てみたいのです。お店もありますよね? お給料を先日いただいたので、街に行ってみようと思いまして……それに、他にも、気になることがあるのです」


「……リューディア。街に行ってもまだ店は開いてない時間だ」


「まぁ……まだ開いてないのですか……知りませんでした」




 店の開く時間もわからない世間知らずな発言に、フリードさまは驚いたまま私を凝視している。


 私は、幼い頃に竜聖女となり、ずっとグラムヴィント様の側にいて一度もウォルシュ伯爵家に帰らなかったのだから仕方ないと自分を納得させていた。


 でも、街を見たいのは、買い物目的だけではない。気になるこの朝靄だ。街の方角からずっと伸びているのだ。




「でも、この朝靄も気になるので、やっぱり街には行こうと思います」


「この朝靄は、先日から増えてきて現在調査中なんだが……発生源は、街の近くの森だ。だが、その森は朝靄どころか一日中霧が濃すぎて調査に難航しているんだ」


「では、森に行って来ます」


「何故だ? 何が気になるんだ?」




 少し悩む。でも、私を心配しているフリードさまには話した。




「かなり神経を研ぎ澄まさないとわかりませんが……少しだけ、竜の気配をこの朝靄から感じます。だから、もっと朝靄の濃い場所に行けばわかると思うのですが……」


「竜の気配がわかるのか?」


「……少しだけです。行ってみないと確信はないのですが……でも、もしかしたら呼んでいるのかもしれません」




 朝靄が増えていることは気になる。何かがあるのは間違いないのだ。




「森には、魔物もいるんだ。そのせいで騎士団が毎日の調査に出ているんだが……」


「そうですか……でも、魔物は大丈夫です。魔法は使えますし……」




 グラムヴィント様の魔物肉を自分で取りに行っていたから、魔物に遅れを取ることはない。危険だとは思っているようだがフリードさまは、それを知っているようで、「大丈夫だとは思うが……」と言いながら私を見る。




「では、俺と行こうか? どのみち俺も今から調査に行く予定だった」


「はい。よろしくお願いいたします」




 そうして、フリードさまに連れられて飛竜のブリュンで霧の深い森へと行った。
















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