020 素材とオークション

 その日、朝の日課で『変態』ダンジョンのボスをハメ殺すと――。


「ユウト君、何ですかそれー!?」


「さぁ?」


 ――妙なアイテムがドロップした。

 ソフトボールで使う球のような大きさをした玉だ。

 水晶玉のような質感で、色は半透明の紺色。

 動画ガチ勢の俺だが、その玉は見たことがなかった。


「ボスから出たってことはお宝ですよね!?」


「そういうことになるだろう。売れば端金にはなるんじゃないか」


 ということで、換金所で査定してもらった。


「こちらの玉――〈雷霆石〉は50万円になります」


 換金所のお姉さんがいつもと変わらぬ表情で言う。


「雷霆石……?」


 頭上に疑問符を浮かべながら俺を見るカスミ。

 俺も分からなかったので、お姉さんに尋ねてみた。


「それって何?」


「雷霆石は〈合成〉の素材として使われるものです」


「合成?」


 お姉さんは「そこからか」と言いたげな顔で教えてくれた。


「合成とは、武器と素材を組み合わせて、武器にオプションを付けることです。日米の企業を中心に、近年では中国やロシアの企業も研究しています」


「そんなゲームみたいなことが可能なのかよ!」


「まだ研究段階で実用化には至っていませんが……。また、こちらの石は、過去の実験で[雷霆]オプションの付与に成功していることから、雷霆石と呼ばれています」


「なるほど」


「ユウト君、私、いまいちよく分かっていないのですが……」


 カスミがそーっと横から顔を覗かせる。


「例えば武器屋で売ってるノーマルソードがあるだろ?」


「はい」


「あれにこの雷霆石を合成すると、[雷霆]付きのノーマルソードになるってことだ」


 俺はちらりとお姉さんを一瞥する。

 認識に誤りはないよな、という確認の目だ。


 お姉さんは「その通りです」と肯定した。


「それってなんだかゲームみたいじゃないですか!」


「だから俺がそう言っただろ!」


「えへへ」と舌を出すカスミ。


「その合成って、俺たちも利用することができるの?」


「はい。ギルドの受付経由で、研究をしている各企業に合成を行ってもらうことができます。もちろん、研究に協力するわけですから、対象の企業からは幾ばくかの謝礼金が支払われます。といっても、その額は大して高くない上に、合成に失敗したら武器と素材の両方が壊れてしまうので、素材をそのまま売ることに比べると割に合いませんが」


「なるほど」


 合成すると謝礼金がもらえるというのはゲームと違う。

 ゲームの場合、合成するなら合成費用を支払うことになるのだ。

 謝礼金はありがたいが、それでも合成しようという気にはならなかった。

 売り捌いて金にするとしよう。


「詳しい説明ありがとう。ここでは売らないでおくよ」


「かしこまりました」


 お姉さんから雷霆石を返してもらう。


「売らないのですか!?」


 カスミが驚いた様子で俺を見る。


「私、ユウト君なら売ると思いました」


「俺のことを分かっているじゃないか。そのとおりさ、売るよ」


「えっ?」


「ここでは売らないってだけだ」


 俺は魔石の換金を済ませ、インフォーメーションに向かう。

 退屈そうにあくびを連発している受付嬢に話しかけた。


「この石、オークションに登録してもらえるかな?」


「かしこまりました」


 受付嬢は雷霆石を受け取り、PCをカタカタし始めた。

 俺はカスミを見て「こういうことさ」とニヤリ。


「オークションなんてあったんですね!」


「知らなかったのか」


 ギルドを仲介してオンラインで世界規模の競売を行うことが可能だ。

 価格はその国の通貨に自動換算されるので、海外の冒険者とも取り引きできる。

 出品期間に応じて手数料を取られるのが玉に瑕だ。

 ただ、ドロップアイテムの場合、オークションの方が高くなりがちである。


「それでは金好様、雷霆石の即決価格と販売期間を決めて下さい」


 受付嬢がタブレット端末を渡してくる。


「相場が分からないし、即決価格なしの販売期間マックスにしておくか」


 ということで、販売期間を上限の7日に設定した。

 出品手数料として1万円が徴収される。

 つまり、1万円以下で落札されたら赤字というわけだ。

 換金所の査定が50万だったので、気分的には50万以下でも赤字である。


「これでオーケーかな?」


 タブレット端末を返して尋ねる。

 受付嬢は「問題ありません」と営業スマイルで答えた。


「いくらになるか楽しみですねー!」とカスミ。


「51万以上であることを祈る」


 こうして雷霆石を捌き終わったわけだが――。


「カスミ、せっかくだしオークションで何か買っていくか?」


「いいですねー!」


 今度は買う側でオークションに参加してみる。


「私の武器を買いましょう!」


 カスミは思っていたよりも乗り気だ。


「それはかまわないけど、今の武器に不満でもあるのか?」


「そんなことありませんよ。ただ、ホールドはCTが1分もありますから。他にも武器があったら、ホールドがCTの間も役に立てるかなって」


「複数の武器を使いこなすわけか、ベテランぽいな」


「えへへっ」


 ゲームと違い、装備できる武器の数に制限はない。

 ベテランの冒険者は状況に応じて複数の武器を使い分ける。


「とりあえず何があるか確認しないとな」


 受付嬢から入札に使うタブレット端末を借りて、テーブル席に移動する。

 端末を確認すると、辞書かよと突っ込みたくなるほどに文字が並んでいた。

 出品されているアイテムのリストだ。


「こ、こんなにたくさんの中から探すんですか!? 私、目が回ってきましたよ」


「弱音を吐く必要はない。フィルタリングすればいいんだよ」


「フィルタリング?」


「カスミが欲しい武器はなんだ? 剣か?」


「いえ、今と同じ位置で戦いたいので……」


「なら杖だな。複数の武器を使うわけだから、杖の中でも短いワンド系がいいな」


 まずはワンド以外の商品をリストから消した。


「できれば今すぐ欲しいから落札間近のやつにしよう」


「賛成です!」


 ということで、落札まで2時間以上かかる商品も消す。


「これですっきりだ!」


 残った商品の数は30個ほど。

 これならしっかり吟味して選ぶことが可能だ。


「できればオプション付きがいいかも」


 そうカスミが言ったので、オプションのない武器も消す。

 すると残りの候補は3つになった。

 C級が2つとD級が1つだ。


「もはや三択だぞ!」


「おー!」


「オプションのせいもあるだろうが、どれも高いな」


「安くても350万円ですね……」


 一番安いのはD級の杖で350万。

 C級の杖はどちらも4桁万円を超えていた。


「C級以上はガチって認識だし、Dでいいだろ」


 俺たちは最強の冒険者など目指していない。

 だから稼いだお金を全力で武器に注ぎ込む気はなかった。

 カスミも「ですね」と同意する。


「だが、このD級の杖はえらく高いな」


 D級の杖は、オプションがなければ概ね10万前後で買える。

 オプションが付いていても100万から200万が大半だ。

 350万なんて値が付くのは[雷霆]レベルの当たりOPくらいなもの。

 ところがこの杖のOPは[バリスタ召喚]という謎のOPだった。


「バリスタってなんだ?」と首を傾げる俺。


「どこかで聞いた覚えが……あっ、分かりました!」


 カスミが手を叩く。


「古代の攻城兵器ですよ! 大きな弓!」


「ああ、巨大弩砲のことか」


「それです! あれがバリスタですよ!」


「なるほど、設置型の兵器を召喚できるから高いわけか」


 そう考えると納得できた。


「敵を釣ってバリスタで一網打尽って動画映えしそうじゃないですか?」


「たしかに」


「ですよね!? 決めました! 私、この杖を買います!」


 スペンバーグとの取り引きで1億を手に入れたこともあり、カスミは大して躊躇うこともなく350万円の武器に入札した。

 入札終了まで残り数分だ。


「こんな高い買い物をしたの、人生で初めてですよー!」


「この程度なら先行投資と思えばいいさ」


 話している内にタイムリミットが近づく。


「知ってるか? オークションってのは落札寸前で加熱して値段が跳ね上がるんだ。最終的には500万くらいまでいくかもな」


「ひぇぇぇぇぇぇぇ! そうなったら買えませんよー!」


 結局、その後の入札がないまま静かに終わった。

 落札寸前で云々などとドヤ顔で言った手前、恥ずかしくなった。


 落札が終わった瞬間、端末の上に杖が現れた。

 ホールドワンドと同じく片手サイズの小さな杖だ。


「いきなり杖が!?」と驚くカスミ。


「ゲート機能を応用した商品の即渡しだな。一般家庭に普及したら物流業界が死ぬと言われているぜ。ま、コストや安全性の問題で普及しないだろうがな」


 こうしてカスミは[バリスタ召喚]アローワンド(D)を手に入れた。


「やりましたよユウト君、新しい武器ですよ!」


「おう、やったな! 昼メシを食ったらその武器を試しにいこう!」


「はい!」


 とんでもない勘違いに気づかぬまま、俺たちはサイセリアに向かった。

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